【デュアルスクール】プチ移住感覚で地方と都市の学校を行き来できる新たな学びの制度。体験者ママが語る子どもの第2の居場所とは

ワーケーションやリモートワークなど、大人の働く場所の自由度が増している昨今。子どもだって、いろいろな環境に身を置いて学ぶ機会があってもいいのでは? そんな想いをかたちにしたのが「デュアルスクール」という仕組みです。

複数の学校に通える「デュアルスクール」とは?

「デュアルスクール」とは、地方と都市の2つの学校を行き来して、両方の学校で教育を受けられる新しい学校のかたちです。文部科学省の「区域外就学制度」と、各教育委員会の裁量による「体験入学」を活用した仕組みで、今住んでいる地域に住民票を置いたまま、地方(または都市部)の学校へ通うことができます。

現在、徳島県全域と山形県の高畠町で受け入れを行っています。今回、徳島県那賀町で2週間のデュアルスクールを体験した大阪府在住の小6の女の子のママ、ゆうこさんにインタビューしました。

大阪府在住のゆうこさんファミリーが徳島県で体験

ゆうこさんとすみれちゃん
ゆうこさん(左)と娘のすみれちゃん(右)

ゆうこさんファミリーは大阪府在住の3人家族。20236月のデュアルスクール体験当時、娘のすみれちゃんは小6でした。ゆうこさん自身は、フリーランスでイラストの仕事などをしていますが、デュアルスクールの期間は仕事はお休み。リモートワークが可能だったパパも同行して、家族3人で徳島県での暮らしを体験しました。

「もともとは海外のサマースクールなどを検討していたんです。でも、コロナでキャンセルになってしまって…。国内でおもしろいところはないかなと“短期留学”などのキーワードで探していたら、徳島県でのデュアルスクールがヒットしました」(ゆうこさん)

「違う世界を見て、目線を変えてほしかった」

ちょうどその頃、娘のすみれちゃんは、高学年特有の人間関係やコロナ禍ゆえのおしゃべり禁止といった制約に戸惑うことがあり、親からもどこか息苦しそうに見えたそうです。それもあってか、デュアルスクールを提案すると「いいよ」と二つ返事でOKしました。

「学校を休ませてもいいかなと思ったんですが、違う世界に身をおくことで、目線を変えたり、抜け道を探したり、物事の見方が広がればもっといいんじゃないかなと思ったんですよね」(ゆうこさん)

問い合わせをしたのは、小5の秋。その年度の募集は終わっていたので、新年度の枠に応募し、小66月に体験が実現。準備にはしっかり時間をかけることができたそうです。

「徳島県の中には海沿いの学校もあれば、山の中の学校もあり、規模もさまざま。事前にいろいろ確認しながら、子どもと一緒に納得できる学校選びができました。現実的に話が進むと、娘も『どんな場所なのか』『ちゃんと受け入れてもらえるか』『勉強が遅れないか』など心配もあったようですが、小さな不安は一つずつ解消していきました。実際通うことになる小学校の先生とZoomで話す場を設けてもらえたのも、娘の安心につながったようです」(ゆうこさん)

濃密な2週間を満喫!3日目から「帰りたくない」

滞在中に利用した滞在施設からの風景。天気のいい日は椅子を外に出して夕陽を見ていたそう

すみれちゃんが徳島県那賀町で通った相生小学校は1学年12人。大阪府の小学校は1学年70人弱だったというから規模はだいぶ違います。校舎は地元の杉材を使った2階建て。那賀町は花の栽培が盛んで、校内には花があふれていたそうです。

「初日は歓迎会をしてくれました。前もって子どもたちが『すみれちゃんが来たら、何をしようか』と考えてくれていたそうです。最初からたくさん話しかけてくれて、娘もすぐになじんでいました」(ゆうこさん)

滞在期間には通常の授業に加えて、花農家さんが学校へ届けてくれた花を生けたり、地元の人に郷土料理を習ったりと、地域ならではの体験も。校外学習では、「那賀町山のおもちゃ美術館」の木育教室やダムでのカヌー体験もしました。身近な場所で多様な体験ができるのも、自然豊かな那賀町ならではです。

「娘は相当楽しかったようで、3日目くらいから『帰りたくない』といっていましたね。さきほどもお話したように、娘は人間関係に悩んでいた時期で。何気ない発言を『自慢?』と斜めに見られてしまったり、クラスメイト同士で陰口を言い合ってギスギスしていたり。組織の人数が多くなるほど、よくあることだと思うんですけど、那賀町ではそれがなくて。

何かいえば『すごい』と素直に褒めたり喜んだりしてくれる。まっすぐな反応に娘は癒やされていましたね。『言葉通りに受け取って反応してくれるのがうれしいし、だからこそ自分もちゃんと考えて発言しようと思える』といっていました。先生と子どもたちの距離が近いのもよかったです」(ゆうこさん)

ゆっくり流れる時間の中で、地域との温かな交流も

初日、地域の方がすみれちゃんの到着を歓迎

学校だけでなく、地域との交流も思い出深いものになりました。

「事前に回覧板などで私たち家族がくることを周知してくれていたようです。すっと距離を縮めて話しかけてくれたのが、うれしかったですね。私たちを歓迎して、竹を使った流しそうめんやバーベキューもしてくれて、とても楽しかったです。

とにかくみなさん親切で、玄関先にキャベツがそっと置かれていることも。キャベツは2週間で4玉もいただいてしまったんですよ」(ゆうこさん)

他にも、じゃがいものおすそわけやお花農家でたくさんのお花をもらうこともあったとか。ゆうこさんは数々の親切に驚き、半ば恐縮しつつも、地域の人たちのやさしさや郷土愛を強く感じたそうです。

竹を使った流しそうめん

デュアルスクール中、ゆうこさんファミリーは古民家に滞在していました。宿泊場所は、寝具や調理器具のある施設を紹介してもらえます。

「毎朝、きれいな朝日がのぼるのをゆっくり眺めました。そんなこと大阪ではしなかったですよ。時間がゆっくり流れているのを親子で感じられましたね」(ゆうこさん)

食事は基本的に自炊。近所には肉や魚を買える小さなスーパーがあり、週末には2030分車を走らせて野菜が豊富なJA直売所へも足を伸ばすことも。時々、温泉施設の食堂で外食も楽しんだそうです。

「車があったので暮らす上で不便はなかったですね。少し驚いたのは、虫が多かったのと、古民家のつくりの問題で、一度家を出ないとお風呂に行けなかったことくらいです(笑)」(ゆうこさん)

観光や地域の方との触れ合いは、親にとっても貴重な体験に

子どもが学校に行っている間、観光ができるのは貴重な時間

ゆうこさんにとっても初めての徳島県だったので、平日は観光を満喫。すみれちゃんが学校に行っているあいだ、藍染め体験をしたり、神社を訪ねたりしました。

ちなみにパパは当初、とくに乗り気でも後ろ向きでもない中立のスタンスでしたが、リモートワークに十分なインターネット環境が整っていることが決め手になり、同行することに。

「古民家2階をワークスペースにしていたのですが、窓からゆず畑を見ながら仕事ができる環境を気に入っていました。地域の人たちとの関わりもうれしかったみたいですね。夫はどちらかというと無口なのですが、町の人がどんどん話しかけてくれて、すごく楽しかったようです。実は滞在中に一度東京に出張に行ったのですが、その後、大阪経由でわざわざ徳島まで戻ってきたんですよ」(ゆうこさん)

「自分は自分でいい」子どもに確固たる軸ができた

2週間の滞在は楽しくも、あっというま。ゆうこさんは自宅へ戻る前、すみれちゃんが「帰りたくない」と泣くんじゃないかという不安もあったそうです。でも帰りの車中には、「こんな人たちもいるんだなってことがわかった」と笑顔で話すすみれちゃんがいました。

デュアルスクールの直前、なんとなく学校に行きたくないと思っていたすみれちゃん。友だちとの関わりの中で、「自分が悪いのかな」「私が変われば、変わるのかな」などと思ったこともあったようです。でも「自分は自分のままでいい」ということを肌で実感しました。

たとえば、友だちに勉強を教えようと思っても、これまでは「上から目線と思われるかな?」と気にして、できないことがありました。でも那賀町では「うわー、ありがとう!」「すげえ」などのリアクションが返ってきます。先生も「教えてくれたから助かったよ」と感謝してくれました。

同じことをしても、うまくいく場所と、いかない場所がある。それを体験して、自分は自分のままでいいんだ、ということが腑に落ちたのでしょう。娘の中に確固たる軸のようなものできて、強くなれた気がします」(ゆうこさん)

家族にとっての心のよりどころや第2のふるさとに

春休みに、那賀町内の乗馬クラブで乗馬を楽しんだすみれちゃん

ゆうこさんファミリーにとって、いまや那賀町は、心のよりどころや第2のふるさとのような場所になっているそう。春休みには、さっそく母娘で遊びに行ったそうです。

「温泉宿に泊まったんですけど、みなさんの顔を見て、自然を見たら、もう懐かしくて。娘は『また夏休みに来るね』と勝手に約束していました。仕事で行けない夫は残念がっていたので、夏は一緒に行きたいです」(ゆうこさん)

いつか田舎に住んでみたいという思いもあるというゆうこさん。

「移住となるとすぐに実現するのは難しいけれど、デュアルスクールは考える一歩になるし、リアルな暮らしを体験するいい機会にもなりましたね。

それから今回のデュアルスクールは、本当に多くの方のサポートがあってできたこと。この機会をつくってくれている人たちの想いを大切にしたいですね。娘も、たくさんの人に協力してもらったことを理解していて、大阪の先生にも感謝の気持ちが生まれたようです」(ゆうこさん)

デュアルスクールを子どもたちの選択肢の一つに

自治体と協力してデュアルスクールを事業として運営している株式会社あわえの広報担当の清水さんはデュアルスクールの意義を次のように話します。

株式会社あわえ 清水さん

「今は東京など都市部への一極集中です。もし、都会しか知らない子どもが政治家になれば、都市部を優先した施策が多くなってしまうでしょう。都市部と地方の両方を知る子どもが増えれば、社会は変わると思うんです。デュアルスクールのような体験を通じて、複数の視点や価値観を持つ子どもたちが増えたらいいなと思っています」(清水さん)

デュアルスクールを体験する動機は「子どもに自然体験をさせてあげたい」「学校に対する悩みを、環境を変えることで解消したい」など人それぞれ。一方で、受け入れは地域の子どもたちにとってもメリットがあると話すのは、デュアルスクールのコーディネート業務を担当している中野さんです。

株式会社あわえの中野さん(右)とすみれちゃん(左)

「今回すみれちゃんが行った小学校は私の母校でもあるのですが、保育園から中学校卒業までほぼ同じメンバーで過ごします。物心がついてから、新しい友だちをつくる経験をしたことのない子も少なくありません。だから新しい人との関わりがうれしいし、いい経験にもなりますね」(中野さん)

地方の子どもたちの中には、都会に憧れ、「地方より都会が上」という価値観を持つ子もいます。でもデュアルスクールで都会からきた子が、「木の校舎がとてもきれいだね」「学校の近くでカヌーができるのいいな」など思わず地域の魅力を口にすると、それが子どもたちの自信にもつながります。

「デュアルスクールは、旅行ではなく、日常を非日常環境で過ごす体験なので、日常との比較がしやすく、多様な価値観を形成しやすいのも特徴です。子どもの変化を目の当たりにして、みなさん『来てよかった』といってくださいますね。親にとっても見知らぬ土地での暮らしはチャレンジであり、物事の見方を広げてくれます。家族みんなのいい経験になるので、本当におすすめです」(清水さん)

子どもたちの学びの選択肢が広がるように

体験するとリピーターになったり、ゆうこさんファミリーのように地域に足を運んで関係を継続したりする人が多いそう。ただ、現状、年間に受け入れられる子どもの数は限度があり、季節によっては倍率が10倍前後になることも。「なぜ、デュアルスクールを体験したいのか」という目的意識を持つことで、チャンスも体験から得るものも増えそうです。

デュアルスクールは現在、徳島県では2週間、山形県高畠町では1週間の期間で実施しています。もっと短期の要望などもあるそうで、今後はより柔軟な期間設定や地域拡大、逆に地方から都会へのデュアルスクールなど、さまざまな選択肢を増やしていきたいとのこと。新しい学びのかたちは、もっと当たり前になっていきそうです。

デュアルスクールについて詳しくはこちら≫

 

構成/HugKum編集部 取材・文/古屋江美子

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