「はて」は、どんな時に使う?
NHK朝の連続ドラマ、『虎に翼』が好評のようです。実は私もハマっているひとりです。主人公の猪爪寅子(いのつめともこ)は日本初の女性弁護士で、後に裁判官となる女性です。その寅子が時折口にする語が「はて?」です。人の話を聞いて戸惑ったり、思案したりするときにふと口をついて出てくるようです。
この「はて」は感動詞で、『日本国語大辞典』では、「事の成り行きを怪しむ時、戸惑ったり思案したりする時などに発することば」と説明されています。意味もですが使い方も特に問題はないと思います。「はてどうしたものか」「はて不思議な」などと使います。
ただ、実際にはどうでしょう。「はて」と口に出して言うことって、ふだんはあまりない気がします。私もほとんど使いません。でもだからといって、脚本がおかしいと言いたいわけではありません。めったに使わない語だからこそ、印象に残るのではないかと思うのです。
寅子が「はて?」と言うたびに、彼女が直面したり相手が述べたりした事柄が、何か適切ではないものだという予感をさせます。納得がいかない寅子と一緒に、それが何かをドラマを見る側にも考えさせる効果があるように感じられます。実にいい語を見つけたなと思うのです。
江戸時代後期には使われていた「はて」
この「はて」ですが、今でこそ日常語として使う語ではないかもしれませんが、けっこう古くから使われていました。『日本国語大辞典』で引用されている使用例で最も古いものは狂言の台本で、狂言役者の大蔵虎寛(おおくらとらひろ)(1758~1805年)が筆録した『真奪(しんばい)』という曲名からのものです。
「ハテ、今から縄をなふて間に合ふ物か」
というものです。記録されたのは江戸時代後期ですが、記録が残っていないだけでもっと前から使われていた語と思われます。
「はて」が「はてな」へ変化
ところで、「はて」は江戸時代中期に別の形に変化しました。「はてな」です。この語も今でも使うことがあります。「はて」にさらに、あやしみいぶかる気持を添えた語です。「はてな」の方はいつ頃どこで生まれたのかわかっています。江戸吉原にあった丁子屋(ちょうじや)という遊女屋だったのです。安永(あんえい)・天明(てんめい)期(1772~89年)に丁子屋で流行り広まったという記録が残っています。
「はてな」の方が、あやしみいぶかる気持ちが強い語ですが、ドラマの方は「はて」にしてよかったと思っています。「はてな」よりも「はて」の方が、理性的に思考しようというきっかけになる語のような気がするからです。あくまでも語から感じる印象であまり根拠はありませんが。
記事監修
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。