温泉で歯が溶ける? お風呂を控えるのは口内がこんなとき! 温泉・お風呂と「歯」の関係性【医師が解説】

秋の行楽シーズンを迎え、家族で温泉旅行に行く機会がある人もいるでしょう。また、お風呂は毎日欠かせない日常習慣として、私たちの生活に根付いています。ところが、口の中の状態によっては入浴しないほうがいい日があるのをご存じですか?  今回は、温泉やお風呂と歯や口の関係性について論じます。

執筆/島谷浩幸(歯科医・歯学博士・野菜ソムリエ)

温泉やお風呂の体への健康効果

火山が多く温泉が全国各地に存在する日本では、古くから「湯治」のように温泉地に長期間滞在して特定の病気の療養を行うなど、温泉と健康の関わりは広く知られてきました。

温泉やお風呂の入浴での人体への影響は、温水に浸かることによる物理的作用と、含まれる成分による化学的作用に大別されます。

物理的作用は温泉だけでなく、水道水を沸かしたお湯でも同様の作用がありますが、化学的作用は多彩なイオン成分などを含む温泉(あるいは入浴剤入りお風呂)に特有なものだと言えるでしょう。

・物理的作用

温かいお湯に浸かると体が温められ、血行が良くなることによって栄養素の運搬や老廃物の排出が促進されて、新陳代謝が高まります。

また、温熱効果で筋肉や関節周囲にある靭帯(じんたい)がほぐされて緊張が和らぎ、肩こりや腰痛などが改善することがあります。

さらに、水中での浮力が働いて体が軽くなり、体を支える筋肉が地球の重力から開放されてリラックス感を感じるほか、水の深い部分の水圧が下半身を強く圧迫して、たまった血液や体液を心臓に押し戻し、血流を改善してむくみを解消する効果もあります。

・化学的作用

水道水も温泉と同様、ナトリウムやカルシウムなどのミネラル成分を含みますが、特に温泉には各種イオン類など多彩な成分が含まれています(ヨウ素イオンを含む「含よう素泉」、放射性成分ラドンを含む「ラジウム温泉」など)。

具体的な効能としては、ナトリウムを多く含む温泉では、入浴後も皮膚からの水分の蒸発を防ぎ、保温効果を発揮します。

また、含まれる水素イオン濃度の違いにより酸性やアルカリ性といったpH値があり、酸性泉では強い殺菌効果が、アルカリ性泉では皮膚表面の古い角質を除去して皮膚の代謝を高める効果などが期待できます。

口内がこんな日は入浴しないほうがいい

上記のように温泉やお風呂には様々な効能がありますが、歯や歯ぐきなど口の中の状態次第で症状が強まったり悪化したりすることがありますので、いくつか挙げてみましょう。

・歯髄炎

虫歯が進行して虫歯菌が歯の内部にある歯髄(いわゆる歯の神経、図1)を刺激すると歯髄に炎症が起き、血液が集まってきます。

図1. 歯髄腔(黒い部分)

この「歯髄充血」により歯の内圧が高まりますが、歯髄は硬い歯の組織で囲まれているため圧が逃げることができず、痛みとして感じやすくなります。その結果、ズキズキと脈打つような激しい拍動痛になることがあります。

入浴で体が温まると血圧が上昇するため、拍動痛がさらに起きやすいので要注意です。

・歯肉炎(歯周炎)

歯と歯ぐきの境界部にある歯周ポケットで歯周病菌が増殖して化膿したような場合、ポケットの内圧が高まります。

特に乳歯から永久歯への生えかわりが盛んな6~12歳頃は歯ぐきが不安定で、炎症が起きやすい時期でもあります。(関連記事はこちら≪)

入浴は血液の循環を促進しますから、化膿した病巣の炎症が強まり、痛みが助長されることがありますので気を付けましょう。

・根尖性歯周炎

2のように歯根の先端に膿瘍がある場合、歯と同様に周りが硬い骨で囲まれています。入浴で炎症が強まって内圧が上がり、激しい疼痛(とうつう)を伴うことがあります。

図2. 根尖性歯周炎

これらの強い痛みに対しては、鎮痛薬に加えて抗菌薬の服用が必要な時もあります。また、痛みがある部分の皮膚の上から保冷材等で冷やすことも痛みを和らげるのに効果的です。

・抜歯、歯肉切開など出血を伴う処置後

抜歯などで出血すると止血を確認して処置は終わりますが、その後自宅で入浴して血の巡りがよくなると再び出血するリスクが上がります。

抜歯後の注意点として歯科医院で説明があると思いますが、処置をした日は湯船に浸からずにシャワーで体を流すようにしたほうが安全です。

温泉で歯が溶ける!?

温泉には入浴だけでなく飲むという利用法もあり、文字通り「飲泉」と呼ばれます。古くは日本書紀に持統天皇の御代に飲泉で多くの病者を治療したという記述もあり、日本では歴史的に古くから行われてきました。

しかし、温泉のpHが特に強い酸性の場合、酸で歯が溶けるリスクがあることが指摘されています。特に乳歯や幼若永久歯(生えたばかりの永久歯)は酸に弱いので、要注意です。(関連記事はこちら≪)

一般的に酸性の温泉は塩酸、硫酸などの成分を含み、火山地帯の温泉で見られます。そのため欧州をはじめとした海外では酸性の温泉は少なく、日本独特の泉質です。

日本では、三大名湯の一つである群馬県の草津温泉や北海道・川湯温泉、秋田県・玉川温泉などが強酸性泉として知られています。

歯が酸で溶けだすpH値(臨界pH)は約5.4ですが、強酸性泉ではpH値が12に及ぶ所もあります。飲泉する場合は脱衣所などに記載されている温泉成分の掲示板を確認するなど、事前のチェックが大切です。

飲泉する際に気を付けたいのは、希釈して薄めて飲む、あるいは飲んだ後に水やお茶でブクブクうがいするなど、酸が直接的に歯に作用しないようにすることです。

このように温泉やお風呂は物理的・化学的作用の両方で口の中に悪影響を及ぼす可能性がありますが、健康的な歯を守る歯磨きでは活用したい場所でもありますので、その理由を挙げてみましょう。

お風呂での歯磨きのメリット

リラックスして丁寧に磨ける

歯の汚れをしっかり落とすためには、じっくり時間をかけて歯磨きすることが大切ですが、お風呂では湯船に浸かりながら十分な時間で「ながら磨き」ができます。

2015年に878人を対象として実施されたアンケート調査によると、歯磨きをする場所として洗面台が最も多く、お風呂の割合は決して高くはありません(図3)。

図3. 歯磨きをする場所

洗面台の前で十分に歯磨きするのはしんどいですが、風呂場であれば湯船で座って浸かりながら、のんびりと長時間1本1本丁寧に磨くことができるので効果的です。

口の中の汚れが落ちやすい

湯船で体が温まると血行が促進されて新陳代謝がアップし、質の良いサラサラとした唾液が分泌されるようになります。

その結果、歯垢を洗い流す自浄作用が高まって歯ぐきが緩み、歯垢を落としやすくなります。

歯磨剤が不要で経済的

歯磨剤を使うと口が泡だらけになり、すぐにうがいをしたくなって、じっくり磨けないことがあります。湯船での「ながら磨き」では歯磨剤を使わないため、うがい回数も減らすことができるので、じっくり磨くことができます。

*   *   *

以上より、温泉やお風呂をうまく活用しながら、健康的な口の中を保つようにしましょう。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。X(旧Twitter)も更新中。HugKumでの過去の執筆記事はこちら≪

参考資料:
・早坂信哉:温泉と健康.日本AEM学会誌28(3):196-201,2020.
・日本温泉協会ホームページ:温泉名人,2024.
・ライオン×オウチーノ共同調査:「オーラルケア」に関するアンケート調査,2015.

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