きまりが一切ない、校内どこで過ごしてもOKな中学校
――草潤(そうじゅん)中学校が設立された経緯を教えてください。
鷲見校長:廃校になった小学校の跡地利用のために、いろいろと策を練っていた時期に、教育機会確保法という法律が制定されたんです。これにより、従来の「学校に行かなければならない」という枠組みを大きく変え、様々な方法で子どもたちに学びを届けることが可能になりました。その法律の後押しもあり、「不登校特例校(当時の名称。現在は学びの多様化学校)」として草潤中学校の設立が決まり、3年ほどの準備期間を経て令和3年に開校しました。今、4年目の半分くらいが過ぎたところですね。
――現在の在籍者はどれくらいですか?
鷲見校長: 1年生12名、2年生16名、3年生18名です。新入生だけでなく、新2、3年生になる時タイミングでの入学も可能です。
――学校にはどんな特徴がありますか?
鷲見校長:安全に関わること以外ではきまりが一切ないんです。とにかく自由です。校則もないし、制服もありません。決まっている行事はほとんどなく、出るか出ないかも自分で決められます。学校にいる間、子どもたちは自分の教室だけでなく、校内の好きな場所で過ごすことができますし、担任も子どもが選ぶことになっていて、年度の途中で変更することも可能です。
また、始業時間は9:30からと一般の学校より遅めになっています。起立性調節障害の子でも通いやすく、近所の学校に通う子と顔を合わせにくいということも考慮しています。
――担任の先生も子どもが選べるんですね。
鷲見校長:個別担任という形ですね。以前は全ての教員の中から選んでいましたが、なるべく多くの教員と話す機会を作りたいという思いもあり、今は学年ごとに複数の教員の中から選んでもらうようになりました。草潤中学校は、施設内に発達障がいの子どもが通う「通級指導教室」や、市内の不登校の中学生が自由に通うことのできる「草潤サポート」、岐阜市の事業である「オンラインフリースペース事業(メタバース)」を施設内で行っていることもあり、生徒数に対して多くの教員がいるのも特徴です。(現在は25名)
授業はすべてオンライン配信!休憩も自分のペースで
――授業はどんなふうに行われているのでしょうか?
鷲見校長:中学校の年間授業時間数は1015時間ですがが、草潤中学校は特例校として770時間で設定しています。毎日午前2時間、午後2時間ですね。基礎的な内容が中心にはなりますが、中学校の授業内容は全て教えています。
――オンラインで授業を受けることもできるのですか?
鷲見校長:授業はすべてオンラインで配信しています。クラスで授業を受けることもできますが、タブレット端末を使って校内の個別ブースや別の教室、自宅で学ぶこともできます。授業内容が難しければ別の教室で他の教員と一緒に自分にあった勉強を進めることもできますし、疲れたと感じたら図書室などで休憩することもできます。多様な学び方が同時進行しているということが、大きな特徴ですね。
――子どもたちは学校内のいろいろな場所にいるんですね
鷲見校長:そうなんです。子どもたちは先生に許可を取ったり、「図書室へ行きます」などと知らせたりすることなく、自分で決めた場所で過ごすことができます。ですから安全上の配慮として「イマここボード」というホワイトボードに自分のいる場所を表示しています。これを見ながら、教員は巡回して声かけや確認をしますが、話しかけられたくない子は名前の横に小さな印がつけられているので、その場合は教員は話しかけずに確認するだけです。
入学したばかりの時期は、教室にいなきゃいけないという意識の強い子が多いですが、だんだん自分の居場所を見つけられるようになってくるんですよ。
「イマここボード」のとなりには、1〜3年生までの時間割と学習内容が書いてあります。これは前日の夕方には必ずアップするようにしていて、子どもたちはこれを見ながら、明日は何時間目に出るのか、休むのかということを考えます。授業はどれに出席してもよいので、3年生が1年生の授業に出てもいいですし、その逆もOKです。
「これくらいでやめておこう」「まだいけそう」が自分で調整できる子に
――ここまで自由だと、はじめは子どもたちも戸惑うのではないでしょうか。
鷲見校長:そうですね。うちはいろいろなことが自由ですが、自由っていうのは、自分で決めなきゃいけないことだらけなんですよね。「今日は学校に行こうかな」「何着て行こうかな」から始まって、どの授業にどこで出るとか、誰と過ごすとか、お弁当をどこで食べるとか、本当に小さな選択をし続けるというのがうちのスタンスなんですね。これをきちんと保証してあげることが、子どもたちを元気にしているのだと思っています。
――この学校で子どもたちに身につけてほしいことはありますか?
鷲見校長:大きくは2つあって、1つは自己調整力をつけることですね。頑張りすぎてしまう子も多いんです。ですから、「『家でチャージすれば明日ある程度は頑張れる』ぐらいのエネルギーを残して帰ってね」と伝えています。そういうことを繰り返していると、「これくらいでやめておこうかな」とか「まだ今日はいけそうだな」とか、自分でコントロールできるようになるんです。そういう力は本当に必要だと思っています。
もう1つは、ソーシャルスキルです。教室に友達がいたら「一緒にご飯食べよう」って言える子になってほしいし、みんなで話し合って何かを決めるような経験もさせてあげたいと思っています。
もともと遠慮がちな子も多くて、皆の前で自分の意見を言うというのはとてもハードルが高いのですが、それも少しずつできるようになっていると感じます。先日は来年度に向けて学校説明会を開催したのですが、何人の生徒たちが学校の中を案内をしたり、参加者からの質問に答えたりと活躍してくれました。
――先生たちは子どもたちのことをよく見てらっしゃいますね。
鷲見校長:私たち教員は、本当にいろんなことを話して、話して…色々なことを共有しています。開校してから貫かれているのは、子どもが帰りたいと言ったら絶対そこでOKを出すなど、子どもの思いに対してきちんとそれを受け止めようということです。
ただ、「この子は、今少しだけ背中を押したら挑戦できる」っていうこともあるんですよね。そこの見極めはすごく難しいし、子どもとの信頼関係があってこそできること。教員同士でもすごくよく話し合っていますね。
後編では、草潤中学校のユニークな授業や、校内の施設を紹介しています
草潤中学校とは
平成28年度末に閉校した徹明小学校の校舎を利用し、令和3年4月に岐阜市立草潤中学校として開校。中部地方で初となる公立の学びの多様化学校(旧:不登校特例校)です。
コンセプトは「学校らしくない学校」。生徒が学校の仕組みに合わせるのではなく、学校が一人一人の生徒に合わせることを目指し、「ありのままの君を受け入れる新たな形」というキャッチフレーズを掲げている。
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取材・文/平丸真梨子 写真/五十嵐美弥 構成/HugKum編集部