「ネタ」「ドヤ」「ショバ」「ガサ」。これみんな「倒語」です
このコラムはいつも担当の編集者と、今度はどんな「ネタ」で書こうかとあれこれ相談しながら書いています。そのようなわけで今回は相談の結果、「ネタ」という語自体について書こうということになりました。
「ネタ」は文章などの材料や、取り上げる話題という意味です。「たね(種)」を逆さに読んだ語だということはみなさんもご存じでしょう。このような語を「倒語」といいます。「倒語」とは、「倒」の字からもわかるように、語の音節の順序を逆にしてつくられた語のことです。

「ネタ」のほかにも、たとえば「ドヤ」「シャバ」「ガサ」などがそうです。「ザギン」「マイウー」「シースー」などというのもあります。それぞれどういう意味かおわかりですか。
「ドヤ」は「やど(宿)」、「ショバ」は「ばしょ(場所)」、「ガサ」は「さがす(探す)」をひっくり返した語です。「ザギン」は「ぎんざ(銀座)」、「マイウー」は「うまい」、「シースー」は」「すし(鮨)」からです。
意味を強めたい、仲間内だけで通じる隠語にしたいときに生まれた「倒語」
なぜこのような語が生まれたのかというと、その語の意味を強めるためだったり、仲間意識を強めるために仲間内だけで通じる隠語にしたりするためです。そのため、倒語は古くから仲間意識の強い芝居仲間や、一部の業界などでよく使われました。「ネタ」も江戸時代から使われていたようです。
倒語から生まれた語の中にはちょっと意外といいますか、おもしろい変遷を経た語もあります。いい機会ですからご紹介しましょう。
「グレる」の語源は、はまぐり!

「高校時代の一時期にグレていた」などというときの「グレる」です。これは二枚貝のハマグリから生まれた語なんです。と言っても、別にハマグリが不良になったわけではありません。ハマグリという語が、ことば遊び的に変えられて、それが「グレる」という不良者になるという意味の語になったのです。
「グレる」という語が使われるようになったのは江戸時代からですが、次のような変遷がありました。
江戸時代の初め頃に、「はまぐり(蛤)」の「はま」と「ぐり」を逆にした「ぐりはま」という語が使われるようになります。これも倒語の一種で、物事の手順、結果が食い違うことや意味をなさなくなることといった意味で使われました。
なぜ「ぐりはま」がそのような意味になったのかといいますと、たとえば大槻文彦編の『大言海』(1932~35)という辞書では、「ハマグリの殻は、逆にすれば合わないところから」だろうと推測しています。ハマグリを使った「貝合(かいあわせ)」「貝覆(かいおおい)」と呼ばれる、別々にした貝殻を合わせる遊びがあったから生まれた語なのかもしれません。
さらにこの「ぐりはま」が変化して「ぐれはま」になったことから「ぐれ」という語が生まれます。そしてこの「ぐれ」が動詞化して「ぐれる」になったのです。これも江戸時代のことです。
ちなみに、盛り場などをうろついて、ゆすり・たかりや暴力などを振るう不良仲間を「愚連隊」といいますが、「愚連」は当て字で、「ぐれん」は「ぐれる」からだろうと考えられています。
こちらの記事もおすすめ
監修

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。
