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貧困による教育格差の現実、そしてキッズドアの「学習支援」
――キッズドアの学習支援には、どのような子どもたちが通っているのでしょうか。
渡辺 由美子さん(以下、渡辺さん) :小学生から高校生までを対象に学習支援を行っており、2024年度には2,112人もの子どもたちが通っていました。特に多いのは中学生から高校生です。
中学生までは義務教育のため自治体とのつながりがありますが、高校生になると、一気に支援の網からこぼれ落ちてしまう子が少なくありません。さらに高校は、成績が伴わなければすぐに留年や中退につながるリスクもあるため、進級はもちろん、その後の大学進学に向けては、本来より多くのサポートが必要だと考えています。

<提供:認定NPO法人キッズドア>
渡辺さん:さらに、将来の職業や収入を考えても、高校を卒業できるかどうかは大きな分かれ道です。たとえば、中卒資格で工事現場の作業員などの仕事に就くことはできても、その後、ステップアップして現場監督になるには「高校卒業」が条件とされるなどのケースも多いのです。だからこそ、教育・学習支援が「子どもの将来を大きく左右する」と考えています。
キッズドアの学習支援は、毎日通える場所もあれば、週に数回だけ開いている場所もあります。勉強を学ぶだけではなく、子どもの居場所としての役割や、進学に向けてのイベント開催なども担っています。

<提供:認定NPO法人キッズドア>
――進学に関する情報格差もあるのでしょうか。
渡辺さん:はい。子どもが大学進学を考えていても、保護者自身が受験や奨学金の知識を持っていないケースも多いんです。そこで、私たちは「高3の夏までにこれくらい費用が必要」「こんな奨学金制度がある」といった教育資金セミナーを親子向けに開催し、理解を深めてもらうための活動も行っています。
キッズドアの「オンライン支援」で広がる学びの可能性
――コロナ禍をきっかけにオンライン支援も始まったそうですね。
渡辺さん:オンライン支援は、2022年からスタートしました。全国には対面支援の居場所に通えない子どももたくさんいます。そこで、オンラインなら、自宅からでも支援を受けられるので裾野が広がりました。
――オンラインでは、どのように子どもたちと関わるのでしょうか。
渡辺さん:パソコンを通じて月2回「セッション」といわれる面談をして、学習状況を確認しながら勉強のサポートを行っています。LINEで「この問題がわからない」と質問できる仕組みもありますし、外部講師を招いた記憶術セミナーやキャリアトークなどのイベントも実施しています。
ただ、今も定員はいっぱいで…。全国に、支援を必要とする子どもがまだまだ多いと感じています。
夢をあきらめない力――キッズドアが後押しし続ける劇団四季への道
――印象的だった子どものエピソードはありますか?
渡辺さん:もともと学習支援に通っていた中学生で、「劇団四季の衣装部で働きたい」という夢を持っていた子がいました。「子どもの夢を応援しよう!」という取り組みの一環で、スタッフが何とか調整をして、劇団四季の衣装部の見学につなげることができたんです。
仕事現場を見て、スタッフの方と直接お話をしたことで、本人の中でも「絶対にここで働きたい!」という思いが一層強くなったようでした。
――その後、どんな道を歩まれたのですか?
渡辺さん:高校を卒業後、専門学校へ進学し、在学中には劇団四季でインターンにも参加しました。そのとき、以前お世話になったスタッフの方に再会し、「あのとき見学に来てくれた子だよね」と声をかけてもらったそうです。

数年後、当時お世話になったスタッフに再会して…<画像はイメージ>
――うれしい再会ですね。
渡辺さん:びっくりしました。奇跡のような再会ですよね。ただ、その後に受けた新卒採用では、残念ながら希望はかないませんでした。でも、そのとき劇団スタッフの方から、「好きなことをいっぱいしてから、中途で戻っておいで」「若いうちにいろんな世界を見ておいで」と、あたたかい言葉をかけてもらったそうなんです。
その言葉に背中を押されて、現在、劇団四季ではアルバイトをしながら、アイドル衣装の縫製やデザインなどの仕事に挑戦しています。
ーー夢への道のりが続いているのですね。
渡辺さん:そうなんです。「子どものころにキッズドアで経験したことが、今の仕事にもつながっている」と話してくれました。さらに経験を積んで、即戦力として活躍できる「劇団四季のチーフ」になれるくらいになってから、あらためて中途採用に挑戦したいそうです。
子どもが夢に近づく後押しをすることで、本当に人生を変える可能性があるのだと、あらためて実感しています。
「子どもの夢や希望の応援団」としてあり続ける

<提供:認定NPO法人キッズドア>
――キッズドアで子どもたちとかかわるうえで、大切にされている考え方はありますか。
渡辺さん:私たちは「子どもの応援団でありたい」という想いを大切にしています。子どもたちの持つ夢や希望を、全力で応援したいんです。
たとえば「将来、医療系の道に進みたい」と言っていても、実際には学力的には厳しい状況の子もいます。それでも「無理だからあきらめなさい」とは言いません。必要な勉強量や現実をしっかり伝えつつ、「じゃあどうやって近づけるか」を一緒に考える。それが、子どもの進む道を一緒に走る、応援団の役割だと感じています。
――学習支援に通っている子どもたちが、勉強以外にも何か経験できるような取り組みもされているのでしょうか。
渡辺さん:できるだけ多くの経験を届けるために、体験活動などのイベントも行っています。特に、夏休みなどの長期休暇は、収入や家庭状況の差による体験格差が顕著にあらわれる時期です。「友達と話せるような思い出がない」「絵日記に描ける体験がない」という子どももいるのです。

写真は、N響ほっとコンサート開催の様子 <提供:認定NPO法人キッズドア>
渡辺さん:今年の夏は、茨城県の千波湖(せんばこ)へ出かけるイベントも実施しました。初めて大型バスに乗ったり、湖で生き物に触れたりした子もいて、たくさんの笑顔が見られましたね。
幼少期の体験格差は、心の成長にも大きく影響します。だからこそ、子どもたちが普段の生活では得られない体験を通して、学びや成長の幅を広げるきっかけをつくっていきたいと考えています。
社会全体で子どもを支えるために

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
渡辺さん:社会では気づかぬうちに貧困が広がっています。見た目ではわからなくても、実は身のまわりにも、食べることにも困っている子どもたちがいるかもしれません。
そして、病気や災害など、予期せぬ出来事は、誰にでも起こり得ます。いつ自分や家族が経済的に厳しい立場になるかは誰にもわからないのです。だからこそ、社会全体で協力して「自分だけで抱え込まず、誰かと手を取り合う」ことが大切なんだと思います。
キッズドアとして、どのような子どもたちも幸せになれるように支援を続けていくとともに、社会全体で子どもたちの夢に一緒に寄り添い、支える人が増えていってほしいと願っています。
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お話を伺ったのは
認定NPO法人キッズドア理事長。千葉県千葉市出身。千葉大学を卒業後、大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。配偶者の仕事により1年間のイギリス滞在を体験した後、2007年に任意団体キッズドアを設立(2009年にNPO法人化)。「日本のすべての子どもが夢と希望を持てる社会へ」をビジョンに掲げ、小学生から高校生世代の貧困家庭の子どもたちを対象とした無償の学習会の開催やキャリア支援などの活動を、東京とその近郊、宮城、神戸などで展開している。内閣府「子供の貧困対策に関する有識者会議」構成員など国の有識者会議等の委員も務める。
構成・文/牧野 未衣菜