「幼少期からのスポーツ」に警鐘! 成長期の大事な時期〝スパート〟とは――関西学院大学教授・溝畑潤先生に聞く、子どもの発育と運動の関係【スポーツ方法学】

膝を痛めた子ども

「子どもの習いごと、何歳から始めるのがいいの?」保護者のあいだでよく話題になるこのテーマ。とくにスポーツは「早く始めるほど有利」「小さいうちにたくさん練習した方が上手になる」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
しかし、“早ければ早いほど良い”とは限らないと話すのは、子どもの発育発達と運動の関係について研究を続けてきた、関西学院大学人間福祉学部・溝畑潤先生。
発育発達とスポーツの関係を研究してきた専門家の視点から、「体が育つリズムを尊重することの大切さ」について伺いました。

子どもの成長には「個性」がある

早熟型・平均型・晩熟型、それぞれのペースを尊重して

(以下、溝畑先生談話)子どもの発育発達は「早熟型」「平均型」「晩熟型」と、大きく3つのタイプに分けられます。これは、身長や体の発達が、いつ、どれくらいのスピードで起こるかという違いを表しています。

早熟型の子は周りより早く体が成長し、晩熟型の子はゆっくりと育ちます。この差は意外と大きく、最大で6年ほどの違いが出ることもあります。

成長タイプごとのスパート時期を、1年間の身長の伸びで比較。兵庫教育大学名誉教授の三野耕先生が作成した日本の男子の身長発育基準チャートより(溝畑先生ご提供)

私(=溝畑先生)は長くラグビー選手の育成にも関わってきましたが、高校時代に活躍していた選手が大学で伸び悩む一方で、高校時代は控え選手だったのに、その後大学と社会人で活躍し、日本代表にまでなった――そんな例を何度も見てきました。

こうした差の背景には、科学的に見た「成長の個性」が関係しています。早く体が仕上がった子が早くに目立つ一方、晩熟型の子は長い目で見たときにぐっと伸びてくる。成長には、その子自身のタイミングがあるのです。

思春期に訪れる成長のピーク「スパート期」

身長がぐんと伸びるこの時期こそ、注意が必要

体の発達具合を知る、もっともわかりやすい指標は身長です。思春期を迎える頃、身長が急に伸び始める時期があります。これを「スパート期」と呼びます。

スパート期は、1年間で10cm以上伸びることもある重要な成長のピーク。骨や筋肉が急速に発達しますが、同時にとても繊細な時期でもあります。

この時期に無理なトレーニングをおこなうと、骨や関節に負担をかけケガの原因になることも。さらには身長の伸びが止まってしまうなど、成長を妨げるおそれさえあるのです。

またスパート期には栄養状態や睡眠時間、さらには精神状態も体の成長に大きく影響を及ぼすため、心身両面でのケアが必要となります。

「比べないこと」がいちばんのサポート

かけっこ

保護者の方のなかには「同じ年の子がすごく速く走れる」「うちの子はまだ細くて…」とお悩みの方もいるかと思います。お子さん自身も、周りの子と比較して「レギュラーになれない」「なかなか活躍できない」と落ち込むこともあるでしょう。

でも、それは単に成長タイプの違いかもしれません。見た目は同じ小学生でも、体の中では6歳と12歳ほどの差がある場合もあります。そう考えると、比べることに意味がないと感じられるのではないでしょうか。

私自身も晩熟型でしたが、幼い頃からスパートを終えるまでの間、体調の影響で運動を制限されていました。結果的に適切なタイミングで運動を始めることができ、運動能力や身長を伸ばすことができたと考えています。親子ともに焦る時期はありましたが、成長してからはラグビー選手として活躍することもできました。

ぜひ「成長の個性」を理解し、周囲と比べるよりも「今、うちの子はどんな段階にいるのか」を見てあげ、子どもそれぞれのペースを尊重しながら、のびのびと過ごせる環境を整えてあげてもらえたらと思います。

お子さんに対しても「周りと比べなくて大丈夫。今はまだ成長途中だから、心配いらないよ」「体が十分に成長してきたから、そろそろ筋トレを始めようか」などとサポートしてあげてください。そうすれば子どもたち自身も、自分の状態を理解して運動に取り組めるようになるはずです。

わが子のスパート期を知るには?

では、スパート期をどう見極めればよいのでしょうか。おすすめは、子どもの身長を1週間ごとに記録し、グラフにしてみる方法です。身長の伸びが一時的にゆるやかになったあと、急に伸びる時期が1〜2か月続いたら、それがスパート開始のサイン。

スパート開始時期は、早熟型の女の子で8〜9歳頃、男の子で9〜10歳頃なので、それくらいの年齢が近づいたら記録を取り始めると良いでしょう。

スパート期に、本記事冒頭に掲載したように、1年間の身長の伸びを記録した曲線が三角形を描くように伸びていれば、健全な成長をしている証拠。数字で見ると、「今は伸びている最中だから焦らなくていい」と落ち着いて見守れるようになります。

身長を測る

成長期に適した運動とは?

スパート期を過ぎた子と、これから迎える子では、同じ練習でも体への影響がまったく違います。年齢が同じだからといって、同じ運動内容が合うとは限らないのです。

ここで、スパート前・スパート中・スパート後で適した運動を紹介しましょう。

スパート前は神経系の発達が著しい時期なので、体の動きを覚えるのに適しています。ピアノや楽器の演奏、縄跳び、一輪車、竹馬、けん玉など、手先の器用さ・巧緻性の能力を高める活動をするのがおすすめです。

スパート中は骨が急成長するため、無理な負荷は禁物。適度な運動と十分な睡眠、バランスの良い食事を心がけましょう。

スパート後は体が出来上がってきますので、本格的なトレーニングも可能になります。小学校高学年から中学生くらいになれば、筋力トレーニングも適度に取り入れられるようになるでしょう。

成長の早期化と、「遊べない」時代の子どもたち

「体を使う時間」が減ることで起こる変化

近年は栄養状態の向上などで、スパート期が全体的に早まっています。昔は13歳前後が平均でしたが、今は10歳前後に。

一方で、外で思い切り遊ぶ機会は確実に減っています。ボール遊びができる公園が少なくなり、車の通りも増え、自由に走り回れる場所が少なくなりました。大人も子どものケガのリスクを過度に心配するあまり、先回りして安全すぎる環境を整えてしまう傾向があります。

またスマホやタブレットの普及で、現代の子どもたちは“目と指だけ”で過ごす時間が増えています。情報を受け取る力は高まる一方で、自分の体を使って感じる力が弱くなってしまっているのではないでしょうか。

最近の研究では、視覚が子どものバランス感覚に大きく影響していることがわかってきました。スマートフォンを長時間見続けることで、目の疲労が体のバランス能力にも影響を及ぼすのです。

子どもとスマホの関係

「体を使う時間」を取り戻す

本来、子どもは体を通して世界を学ぶ存在です。転んだり、ぶつかったり、失敗したりしながら、体の使い方を覚えていきます。

危ないことを完全に避けるよりも、安全を見守りながら「やってみよう」「次はこうしてみたら?」と声をかけることで、子どもは自分で考える力と自信を育てます。便利な時代だからこそ、日常の中で「体を感じる時間」を意識的に持つ必要があると感じます。

幼少期の子どもとの関わり方

体を動かす習慣が、生涯の健康を支える

「じゃあ何をすればいいの?」と思う方も多いでしょう。特別なトレーニングは必要ありません。親子で散歩や軽いジョギングをしたり、キャッチボールをしたり――保護者が積極的に子どもと触れ合うだけで十分です。

運動に限らず、一緒に食事を作ったり、ブロック遊びをしたりするのも良いでしょう。いろいろなことに興味を持ち、遊びに挑戦しながら一つひとつの動作を丁寧におこなうことで、脳や心身の発達が促されます。それが、一生涯を通じての心と体の健康の土台になります。

また、親が一緒に関わることで、子どものちょっとした変化に気づけるようになります。「疲れやすいな」「背が伸びたな」など、日常の中での観察が次のサポートにつながるのです。

親子で散歩

「見守る勇気」が、子どもを強くする

成長のスピードは一人ひとり違います。焦らず、比べず、子どものペースを信じて見守ることこそが、いちばんのサポートです。

運動が得意な子も、苦手な子も、それぞれに伸びる時期があります。そして、その時期を逃さず見守ることができるのは、親だけです。忙しい毎日の中でも、どうか子どもと一緒に何かをする、隣で見守る、そんな時間を少しでも増やしてみていただけたらと思います。
(以上、溝畑先生の談話)

取材を終えて

筆者もついわが子の成長の速さや得意・不得意に目がいきがちですが、「今のペースを大切にする」ことこそが子どもにとってのいちばんの支えになる、というお話が印象に残りました。

溝畑先生のお話を伺いながら、親としての役割を見つめ直す時間になりました。

溝畑先生の著書はこちら

溝畑 潤 株式会社みらい 900円(税込)

元ラグビー選手で、ニュージーランドやイギリスの公認レフリー資格を取得、現地でラグビーの指導経験豊富な著者が、子どもの個性を発達に応じて伸ばすためのノウハウをまとめた一冊。ジュニア・ユース世代の子どもが、正しい運動・スポーツ指導のもとで、身体的発育発達を育むことができるよう、科学的な知見から指導方法についてアプローチしています。

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お話を伺ったのは

溝畑 潤(みぞはた・じゅん)先生 関西学院大学 人間福祉学部 教授

関西学院大学 人間福祉学部 教授。博士(環境人間学)。専門は発育発達学、スポーツ方法学、スポーツコーチング学。特に子どもの身体的成熟度と体力・運動能力の関係を研究している。元ラグビー選手・公認レフリーとしても活躍し、成長に合わせた運動指導の普及に力を入れている。著書に『ジュニア・ユース世代のトレーニング指導法』(みらい、2024年)『English for Human Welfare Studies』(共著、朝日出版社、2016年)など。

取材・文/竹島千遥

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