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「自分を輝かせる」ボイストレーニング教室を運営して人気に
――Kazuyoさんは離婚されて関西から東京に来て、ボイストレーニングの教室を立ちあげたのですね。そこから5年ほどで軌道に乗せて、全国そして韓国も含めて200人もの生徒さんを抱えるようになったのはさすがです。どのような教室ですか?
Kazuyoさん:昔はボイストレーニングを受ける人といったら、アーティストになりたい人、というイメージでした。でも昔と今とでは「アーティストになる」状況が変わってきました。以前は芸能事務所に入ってその力を借りてデビューするのが王道でしたが、所属事務所があってもなかなか売れず、公に出るチャンスも少ないうちに消えていく人も多かったですよね。
今はSNSが普及してきて、SNSを媒体にしてセルフプロデュースして歌い、フォロワーをたくさん集めたらライブができます。また。SNSでフォロワー数が多いシンガーを見て事務所がオファーするような時代でもあります。つまり、SNS上でどういうアーティスト像をアピールすればいいかがとても重要なんです。
うちの教室では、声の出し方や歌い方のテクニックだけでなく、セルフプロデュースの仕方もお伝えしています。アマチュア、プロ関係なく、自分らしさを輝かせるということですね。私は離婚して一人になって、ゼロから始めた教室運営で自分も輝きたいと思っていたからよけい、「ひとりひとりが輝く」を大事にしたいと思っています。
子どもを連れて結婚する気はなし。でも彼がきっぱりと「結婚しよう」と…

――そんな教室を始めたのが2000年。1年半後には今のパートナー・ヒロシさんと出会い、再婚したのはどんな経緯でしょうか。
Kazuyoさん:32歳のとき、沖縄で知り合いました。それぞれが仕事の出張で、何人かと出かけていたのですが。食事をしているときにむこうから声をかけられました。
離婚してまだ1年半とか2年の頃。もう結婚はこりごりでした。ヒロシは独身でしたが、私は子どもがいて、子どもを預けて出張に来ているのですから、ますます「その気」にはなれなかったです。あと、申し訳ないけれど、見た目、ヒロシはタイプではなくて(笑)。
「大丈夫です」ってにこやかに断ったのですが、「SNSを交換して」と言われて。断りにくいような雰囲気になってしまって、仕方なく交換したら、すかさず「ご飯いつ行きますか?」と。
これはちゃんと言わなくてはと思って、子どもがいること、結婚したくないことを伝えました。「子どもがいなくてバツもない人もたくさんいるんだから、そういう人と結婚したほうが幸せになれる」って、何回も話したんです。でも、そのうちに子どもを授かりました。今の四男です。
おなかがどんどん大きくなって、妊娠うつみたいになって。「ひとりで産む、結婚はしない」と言っていたけれど、とにかくヒロシが「ゼッタイ結婚する」と。また結婚に失敗するのがこわくて、「別居婚でもいいですか?」って言ってみたけれど、「一緒に住む」と言い続けてくれて、今住んでいるこの家を勝手に借りてきました。それで籍を入れることになったんです。
暮らしてみると、彼は私たちを裏切らなかった。いい人でよかったです。

ステップファミリー、Kazuyoとだったら大丈夫と思えた
ヒロシさんのコメント❶
僕はKazuyoのひとつ下です。25歳のときに不動産事業を始めて、20代はとにかく事業が安定するまでは仕事にがむしゃらでした。彼女と出会ったときはちょうど仕事も落ち着いてきて、そろそろ結婚したいな、と思っていた時期だったんです。もともとたくましい女性が好きで(笑)、彼女は女手ひとつで教室を立ちあげてすごいなと思っていました。お互い事業を展開する「同志」になれるだろうと思っていました。息子が3人いるのか、と思ったけれど、人をこれだけ好きになることもなかなかなくて。子どもができたこともあり、結婚しようと強く思いました。
子どもたちもまだ小さくて、長男の良もまだ1年生でした。父親がいない状態で寂しかったのか、「ヒロシくん、ヒロシくん」って甘えてきて。「父親としてのヒロシくん」に期待してくれているのが分かりました。こんなに慕ってくれるなら、僕が支えないといけない。いろいろと困難はあるだろうとは思いましたが、「Kazuyoとだったら僕がみんなの父親になれる、大丈夫だろう」と思わせてくれたんですよね。
もうワンオペはしない。彼が上手でなくても家事も育児もシェアする
――実際に一緒に住んでみてどうでしたか?
Kazuyoさん:前回の結婚での反省はいっぱいあって、その中のひとつに「自分ひとりで育児を背負いすぎた」のがありました。前夫は自営業で忙しかったから、平日も休みの日もラクにしてあげたいと思って、オムツも替えてもらわなかったんです。ワンオペでがんばりすぎて、初めて寝返りを打ったとか立ったとかいうのも、一緒に喜ぶチャンスを作れなかったんです。もっと子どもに関わってもらえばよかった。
だから、ヒロシにはゼッタイに育児をやってもらおうと思いました。自分で全部できても、あえてやってもらう。慣れなくてうまくできなくてもいい。だから四男が生まれても私は母のところに帰省せず、生まれたところからふたりでやっていくと決めたんです。
そして、私の仕事も尊重してもらう。ひと部屋は録音や録画のためにもらいましたし、出張があるときは家事や子どもたちの世話を任せる。もちろん、ヒロシも自分の仕事を思い切りやって、お互い縛り付けることなく上を目指していこうって話し合いました。
実家の父母や近所の人、いろんな人たちに育児を手伝ってもらう

――四男の侑くんが生まれて、すぐに5番目の梨乃ちゃんが生まれ、7人家族になったんですね、ますます育児が忙しいですが、お互いに忙しいとき、お子さんたちの世話は?
Kazuyoさん:下の2人を出産するときは、関西に住む実母が来てくれました。また、実父が東京に住んでいて、小さい頃から子どもたちをよくみてもらっていました。保育園児はすぐに熱を出しますよね。でも私もヒロシも仕事を休めないときは、父や父の仲間の女性たちがみてくれました。一番下の梨乃は川崎病になったのですが、ずっと看病してもらってありがたかったです。
ご近所さんにもお世話になっていますし、一緒に仕事をしているスタッフも何かと関わってくれています。うちの子たちはいろんな人たちに育てられています。前の結婚のときは孤独な育児でしたけれど、今はまったく孤独じゃないです。
家族全員、平等を心がけて同じルールで動く。でも赤ちゃんは別?
ヒロシさんのコメント❷
みんな同じルールで動こうって徹底しています。上4人は男の子ですから、分け隔てなく一緒に育てているつもりです。Kazuyoと結婚するとき、うちの両親は少し驚いていましたが、母には「子どもは全員平等に」としっかり言い置かれました。もちろん自分もそのつもりで育てています。長男の良がもうちょっと成長したら、全員のまとめ役になるのかしれません。
ただ、一番下の梨乃は唯一の女の子で、DNAどうこうより、かわいくてつい甘やかしてしまいます。これはちょっと許してほしいなぁ(笑)。もっとも息子たちもみんな、梨乃をかわいがっていますけれどね。
子どもたちが「歌いたい」と曲をリクエストしてデュエット

――Kazuyoさんは長男の良くんや次男の蕉くんともInstagramで歌っている動画を上げています。お子さんたちが歌いたいと言って?
Kazuyoさん:最初、私だけが歌っている動画を上げていたんです。でも、撮影してくれているカメラマンさんが、「5人子どもがいるんだし、それを強みにして発信したほうがいいんじゃない?」と言ってくれて。子どもたちの歌える歌を探して動画にしていたのですが、それがとても好評で、ありがたいことにフォロワーの方々が増えています。最近は、長男と次男は自分が歌いたい歌をリクエストしてきます。
ふたりには歌のレッスンはしていないんです。劇団に入っている子などはいろいろ教えられて、みんな同じ歌い方をするんですよね。でも、心にグッとくる歌というのは、技術ではどうにもならないんです。今の純粋な歌い方がレッスンすることによって変わってしまわないように、できるだけ何も言わずに音だけ合っていればいいよ、と言っています。
ひとりひとりが輝く家族になりたい!
――父親の違う子どもたちが一緒に住む今の暮らし、これからどのように紡いでいきたいですか?
Kazuyoさん:家族って、きれいごとばかりじゃない。悩みもいっぱいあります。ガミガミ怒ってしまうこともあります。子育ての難しさを時に感じ、悩みながら、子どもが自分らしく成長できるよう私たち夫婦も勉強していかないとと思っています。そんな子育ての中でも、一緒に歌うシーンでは、お互いが穏やかになり、心がしっかりと通じ合える。歌が家族をつないでくれます。子どもだけでなく、夫や母、兄ともときどき一緒に歌っています。
また、家族の絆づくりばかり気にしすぎるのもどうかな、と思っています。それより、みんながやりたいことをできる家族がいいかなと思っています。家族とも向き合うけれど、自分にもそれぞれがちゃんと向き合って、全員が自分らしく生きていってほしい。読者のみなさんも、母親であることや妻であることは大事にしながらも、自分のやりたいことはあきらめず、一人一人が輝く家族を目指してもいいんじゃないかな、と思っています。
私もボイストレーナーを続けながら、一度はあきらめたシンガーとしてもう一度がんばってみようかなと思っています。家族の応援が力になりますね。
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お話を聞いたのは
1990年生まれ。宝塚歌劇団男役の母の影響を受け、10歳から歌を習い始める。海外での経験を生かしゴスペルやバンド活動を通してアーティストとして活動するが、20歳で休止し、専業主婦に。3人の子どもを育て10年後に起業しボーカルスクール業に力を入れる。2020年9月に本格的に独立し、現在は東京・関西・沖縄・韓国を中心に活躍している。レッスン以外にアーティストプロデュースや楽曲提供、仮歌・コーラスなどの仕事も精力的に行なっている。東京で再婚し、2児をもうけ、現在10歳の良くん、8歳の蕉くん、6歳の光くん、2歳の侑くん、1歳の梨乃ちゃん、5人の子どもと夫の7人家族で暮らす。Instagramは2026年2月現在で12.7万フォロワー。シンガーとして4月19日にライブも(すべてソールドアウト)。10月にも同様のライブを実施予定。
取材・文/三輪泉 写真(取材分)/杉原賢紀(小学館)
