・杉浦あきえ:モンテッソーリ教師

・夫:同じ年で多趣味
・長女:9歳(2016年生まれ)、何かを考えたり言葉にしたりすることが大好き
・次女:4歳(2021年生まれ)、天真爛漫でおしゃべりが止まらない
初めての「小さな社会」に向かう朝
まだピカピカの電動自転車。
当時1歳10か月の長女を前に乗せて、ちょこんと座る小さな背中を感じながら、春のやわらかな風の中を走る。
少しだけひんやりした空気と、どこか浮き足だつような朝。あの日の景色は、今も不思議とくっきりと思い出せる。
自転車を止めて、ヘルメットを外す。
保育園の荷物を持って、小さな小さな手をぎゅっと握る。春の風に触れたその手は、少しだけ冷たかった。
そのまま、保育園の中へ入っていく。
教室に送り届けて、ばいばいとして離れようとする。
最初の数日は、娘はほとんど気づいていなかった。
「いってきます」も「いってらっしゃい」も、まだどこか曖昧なまま。
でも、1日、2日、3日、4日と過ぎていく中で、「これは毎日続くものなんだ」と気づいたのだろう。別れ際に、泣くようになった。

たくさんぎゅっと抱きしめて、先生に託して、教室を出る。背中越しに聞こえてくる、鳴り響くような泣き声。親として初めての分離は、胸を引き裂かれるような感覚だった。
不思議なことに、離れても、わが子の泣き声は、ちゃんと分かる。
「ああ、まだ泣いてる」
そう思いながら、足を前に進めるしかないあの時間。日中も、何をしているかなと、どこかそわそわしていた。
初めての「小さな社会」への一歩
それは、子どもが「自分の世界」を少しずつ広げていく時間。大人の手の中から、ほんの少し外へ出て、自分の足で社会に触れ始める時間だったのだと思う。
お迎えの時間。
教室の扉に、ぴたーっと顔をくっつけて、今か今かと待っている娘の姿が見える。私を見つけた瞬間、本当にぴょんぴょんと跳び跳ねて喜ぶ。あの全身で表現する再会の喜びは、何度経験しても尊い。
帰り道、まだつたない言葉で、今日の出来事を一生懸命に話してくれる。私はケラケラ笑いながら、「そうだったんだ」「楽しかったね」と返す。
でも、こちらが返事をする頃には、本人はもう次の何かに夢中になっている。子どもは、こうして今この瞬間を生きながら、出合った世界を自分の中に取り込んでいくのだろう。
気づけば、「第二の家」に
そんな彩りのある日々を重ねる中で、気がつけば、保育園は娘にとって「第二の家」のような場所になっていた。あのときピカピカだった電動自転車も、雨の日も、風の日も、暑い日も走り続け、少しずつ時間をまとった風合いに変わっていった。
卒園して、小学生になった今では、どこか「実家」のような存在にすら感じているように見える。乳幼児期の子育てを伴走してくれた保育園に、親として、どれだけ助けられてきたのだろう。
初めて、「小さな社会」に入っていくということ。胸が引き裂かれて、後ろ髪をぐっと引かれるようだったあの時間は、渦中にいると、ずっと続くように感じていた。
けれど、過ぎてみて分かる。
「初めての分離」は、あの一度だけだった。
「初めて」は、いつも一度しかない。
だからきっと、あの胸の痛みごと、あの時間は、静かに大切な記憶として残り続けていくのだと思う。
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HugKumで人気を博した連載「あきえの子育てROOM」をもとに、大幅に加筆修正を加えた1冊。「泣き」「ぐずぐず」/「やってほしくないこと」/「ワガママ」「イヤイヤ」/「食」/「しつけ」「将来」/「パートナー」と大きく6つのパートにわけて、“イラッ”“モヤッ”を解決するためのメッセージを届けています。
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プロフィール
国際モンテッソーリ教師(AMI)
幼稚園教諭、保育士、小学校教諭。二児の母。
幼い頃から夢見た保育職に期待が溢れる思いとは裏腹に、現実は「大人主導」の環境で、行事に追われる日々。そのような教育現場に「もっと一人ひとりを尊重し、『個』を大切にする教育が必要なのではないか」とショックと疑問を感じる。その後、自身の出産を機に「日本の教育は本当にこのままでよいのか」というさらなる強い疑問を感じ、退職してモンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ教師となる。「子育てのためにモンテッソーリ教育を学べるオンラインスクール Montessori Parents」創設、オンラインコミュニティ”Park”主宰。著書に『モンテッソーリ教育が教えてくれた「信じる」子育て』(すばる舎)、『モンテッソーリ流 声かけ変換ワークブック』(宝島社)、『子育ての「引き算」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『子育ての“イラッ”“モヤッ”を手放す本』(小学館)。
Instagram @montessori_akie
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イラスト/カラシソエル
