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4人兄弟の2番目、弟とは双子。ふたり同時に中学受験をした
――よしださんは東京都渋谷区で生まれ育ったのですね。
よしださん はい。公立の小学校に通っていましたが、土地柄もあって周囲は早くから塾に通って中高一貫校を受験するような家が多かったです。うちの両親は学歴こそ高くありませんが、父はソフトウェア開発の会社を経営し、私が幼い頃から家族をしっかり支えてくれていました。だから、周囲と同じようにうちも小さい頃から習い事はたいていのことはやっていて、小学校3年生からはSAPIXに通っていました。
男兄弟4人、みんな勉強は苦手ですが、親の意向や環境要因もあって私立の中学校を目指しました。
――巣鴨中学校に合格と聞きました。東京では名門の進学校です。勉強が苦手どころか、合格は快挙です。
よしださん 実は僕には双子の弟がいて、4人の中では双子は多少勉強できたほうなんです。ふたりともSAPIXの入塾テストでそこそこよかったんですよ。弟のほうがちょっと成績が上でしたが、それほど差がなかったので、いいライバル関係、みたいな感じで伸びていったんだと思います。親も僕らには期待していて、忙しい中、塾の送り迎えとかもしてくれていましたね。
開成や海城を目指して、ふたりで同じ学校を7~8校受けました。開成と海城は受からず、ふたりとも巣鴨に落ち着きました。
ちなみに兄は私立中学校を受けていくつか合格したのですが、意に沿わなくて公立の中学へ。一番下の弟は、比較的入りやすいことで知られる私立中学校に進学しました。
SAPIXではクラスは真ん中あたり。希学園への転塾へ
――塾での学習は順調だったのですか?
よしださん SAPIXには最初は週2くらいで通塾していて、出された宿題は真面目にやっていました。ただ、クラスは中~下位クラスを行ったり来たりで、上位クラスにはなかなか入れませんでした。僕は国語が苦手で、試験時間内に文章が読み終わらないほどできなくて。偏差値は50を上回ったことはありませんでした。でも算数だけはたまによい点が取れたりしていて、やる気も出ました。SAPIX以外にも算数だけを教えてもらえる個人塾などにも通い、習い事も並行でやっていて忙しかったです。
SAPIXのクラス分けで言うと、開成に合格しようと思ったら、「α」のクラスに入らないと、でしょうけれど、だいたい僕はEとかFなんです。こんな成績ではうまくいかない、塾が合っていないのではないかと母が言い出して、双子の弟といっしょに小5から希学園に転塾しました。
希学園にも同じ小学校の子がたくさん来ていました。もう5年生だったので、学校が終わったらそのまま塾へ直行する日々が続きました。このくらいの時期からは、習い事はすべて辞めて塾だけに専念するようになりました。

――希学園に移ってからは、順調に成績は伸びていったんですか?
よしださん 塾を変えても、開成、海城は受かるような成績じゃなかったですね。でも、志望校を下げるとかは考えず出願しました。
――受からない、と思いながら開成や海城を受けたのはなぜですか?
よしださん 「偏差値が高いところがカッコイイ」という気持ちがありました。特に開成は、当時夢中で見ていた高校生クイズで優勝もしていて、すごく憧れました。開成は2月1日しか受けられないので受けて、巣鴨を2日に受験し、3日どこにしようかと思ったときに、海城かな、と。
どこも、大学の合格実績がいいですよね。中学よりも、大学受験がいちばん大事なので、それを根拠にしていました。巣鴨は第3志望だし受かるかも、という気持ちはありました。入学の偏差値以上に出口がよいというか、いい大学に合格実績が多いのがポイントでした。
また、僕は『ヒカルの碁』のアニメが好きで、自分でも囲碁をやっていたので、開成や巣鴨は囲碁の部活があるのも、志望の決め手になりました。
中学受験が終わったらゲームざんまい。赤点の常連に
――巣鴨中学校での入学後の学校生活はいかがでしたか?
よしださん 入ってみたらテンションが上がって、弟といっしょに毎日楽しく登校して、家に帰れば、ゲームばかりしていました。中学受験をしていた頃は、親から「ゲーム禁止」と言われていましたが、中学に入ったら親も安心したのか、急に変わって、時間制限はされたものの、基本的に「やっていいよ」ってなったんです。
もともと我が家の兄弟4人はゲームが好きで、特に僕と双子の弟はハマるタチでした。中学で解禁されたら、毎日ゲームをやりたくてたまらなくて。時間制限なんてされても、それを超えて夢中になっていました。4人いるので、母親が「ゲームやりすぎ」なんて言っても、こっちが優勢なんです。夜更かしして睡眠時間を削ってまでやっていました。
とはいえ、中学時代は成績が落ち気味ではあったものの、勉強とゲームをなんとか両立できていたんです。中1中2の担任の先生は、「成績は取れるような実力はあるんだから、もうちょっと真面目にやったらかなりイケると思うよ?」とやさしく言ってくれていたんです。それならちょっとがんばってみようと、得意だった数学と英語はがんばっていました。
クラスもどんどん落ちていって…
よしださん 巣鴨中学校は6クラスなんですが、中3は1クラスだけ数学の得意な子を集めたクラスになるんです。僕は数学で学年4番になり、中3の3学期はその数学クラスに余裕で入ることができました。英語もAクラスになりました。でも、ゲームにどうしても時間を割くようになり……。
もともと僕は「定期テストは実力じゃない」と思うほうでした。実力を発揮するのは模試だから、模試の点数を気にしていて、定期テストはサボりがちでした。だけど、クラス分けは定期テストが主体です。当たり前ですが、定期テストの勉強をしなければ、クラスは落ちていきます。中3で生まれて初めて赤点を取り学校も嫌いになってしまい、徐々に勉強からも距離を置くようになっていきました。巣鴨は学期ごとにクラスが変わるのですが、中3の2学期はクラスも落ちてしまいました。

よしださん それで、三者面談も頻繁に受けるようになりました。でも、危機感のようなものはなく、「帰ったらゲームをしよう」とそればかりに意識が向くほどのめり込んでいました。定期テストは全教科ノー勉で受けることも何回もありましたね。さすがに親も怒るようになり、親との仲も悪化。
今振り返ると、中学受験で娯楽を禁止されてた反動で、反抗期のような時期を迎えてたんじゃないかと思います。
双子の弟はゲームにハマって昼夜逆転、高1で巣鴨を退学
――一緒に入学した双子の弟さんは?
よしださん 弟は僕以上にゲームにハマって昼夜逆転し、不登校のようになりました。自分から学校に行く気がなくなり、高1の3学期に退学になりました。
ちょっと焦りましたね。学校というところは、試験に合格して入学したら、その実力を自然にキープできるものだと思っていました。自分も親も、弟がまさか退学になるとは思ってもいませんでした。
――よしださんは高校は卒業されたんですよね?
よしださん いえ、高3の夏休みに自主的に退学しています。成績が悪かったのと夏休みにゲームばかりしてて、宿題をまったくやってなくて。それを先生に言うことに抵抗があり「よし、やめるか」と思い切って決断しました。
――高3の夏休み……。あと少しで卒業なのに、もったいないと思いませんでした?
よしださん 高卒認定試験に受かれば大学受験はできるので、特に損をしたという感情はありません。でもたしかに今思えばなんとか卒業まで粘ることができたかもしれないのでちょっとだけ後悔もあります。
でもどこか楽観視していて、勉強を始めたらなんとかなるんじゃないかと思っていました。親も「やれば早慶くらい受かるんじゃない?」って。巣鴨は、英語は学校でかなりやってくれたので学校でやっていた勉強の復習を中心に、数学は問題集をすみずみまでやればいいと。
高校卒業までに必要な単位をほとんど取得済みだったので、高卒認定試験は1科目だけ受けて合格しました。
――ゲームにハマり、高2の夏に名門進学校を自主退学し、「早慶くらいなら受かるでしょう、あわよくば東大も」と思っていた吉田さん。その後、思わぬ展開に苦慮します。後半では大学受験について伺います。
後編では8浪から慶應合格までの道のりを伺いました
お話を聞いたのは
1998年、東京都港区生まれ。小3から中学受験の準備をはじめ、開成、海城などを目指し、巣鴨中学校に合格。在学中にゲームに夢中になり、高3夏に自主退学。東大を目指して勉強を続けるも、ゲームとの両立が難しく、4浪目あたりから東工大や京大などに進路を変更。4浪目で信州大学に入学するが、仮面浪人をし、受験を続けて8浪目に慶應義塾大学薬学部に合格、現在2年生。休学して文系受験をする計画もある。
note: よしだ(慶應多浪)
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YouTube:@taro-e6s1l
この記事を書いたのは
インタビューを中心に教育、子育て、医療、介護、食などのテーマで WEB・雑誌・書籍などの記事を執筆。お話を伺う方にたくさんの学びをいただいています。社会福祉士、法定成年後見人、中学校・高等学校教諭一種免許状、生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)