小学6年生で起業し、現在は16歳社長のレウォンさん。難しい元素を遊びに変えた「元素カルタ」など、身近な「なぜ?」から新しいものを作ってきた【前編】

難しいイメージの「元素」を、遊びながら楽しく学べる本格科学学習カルタ「元素カルタ」。そんなユニークなカルタを小学4年生で生み出し、商品化したのが、現在16歳のレウォンさんです。小学6年生のとき、母のポラムさんとともに株式会社polarewonを設立しました。

その豊かな発想力と行動力は、どのように育まれてきたのでしょうか。そしてポラムさんは、息子の「好き」や身近な疑問に、どう向き合ってきたのでしょう。【前編】では、幼少期から起業に至るまでの親子の歩みを伺いました。

幼い頃から、自分で考えて作ることが大好きだった

――レウォンさんは、幼い頃はどのようなお子さんでしたか?

ポラムさん:みんなと一緒に遊ぶより、一人で木の実や石を集めたり、自分なりの遊びを見つけたりする子でした。本や工作も大好きでしたね。

レウォンさん:木登りも大好きで、よく公園の木に登っていました。ところが、あるときその木が切られてしまって。とても悲しくて、そのできごとを絵と文章にして、絵本を作ったこともあります。思いついたことを、自分で形にするのが楽しかったんです。今思うと、本と工作の融合ですね。

――工作を好きになったきっかけはありますか?

ポラムさん:保育園の頃、何か習い事をさせようと思ったんです。お兄ちゃんが習っていたピアノを勧めてもやりたがらないし、野球やサッカーにも興味を示さない。でも、図書館で見つけたアートクラブには「行きたい」と言いました。平日の昼間だったので、保育園を休んで月に2回通うことにしました。

レウォンさん:ピアノに関しては、兄があまり楽しそうに通っていなかったのを見ていたので、「僕はやめておこう」と思っていました(笑)。

小さい頃からものづくりが好きだったレウォンさん

――アートクラブでは、どんなことをしていたんですか?

レウォンさん:毎回テーマがあって、先生の説明を聞きながら作り始めるのですが、途中でどんどん横道にそれてしまう…なんてこともありました。でも先生は、それを直すようには言わず、「面白いものができたね」と言ってくれました。見本と違ってもいいんだと思えて、工夫することがもっと楽しくなりました。

ポラムさん:帰りに100円ショップで材料を探し、家でもう一度作ることもしばしば。棚も壁も、作品でいっぱいになっていました。

――レウォンさんの工作やものづくりで、驚いたことはありますか?

ポラムさん:工作のつもりではなかったのですが、靴を買いに行ったときのことが印象に残っています。かっこいい色やデザインのスニーカーがたくさん並んでいるのに、レウォンが選んだのは真っ白な一足。「これ、自分で塗っていい?」と言うんです。

レウォンさん:家にあったマーカーやアクリル絵の具を使って、自分の好きな靴を作ろうと思ったんです。

ポラムさん:「は??」と思いましたが、心の奥底では面白そうだな、と思って「失敗しても代わりの靴は買わないよ」と約束して購入しました。で、結局「ここはなんで塗る?」と一緒になって考えるうちに、私もテンションが上がってきて(笑)。完成したときは、二人ですごく盛り上がったのを覚えています。

スニーカーに色をつけている様子(写真左)

レウォンさん:ただ、乾いたら絵の具がパキパキになって、あまり長くは持ちませんでした(笑)。それでも、自分で考えたものを形にするのは、やっぱり楽しかったです。

世界は元素でできているって本当? 遊びから生まれた「元素カルタ」

――工作が好きだったレウォンさんが、元素に興味を持ったきっかけは?

レウォンさん:もともと石も好きで、鉄鉱石を見て「面白いな」と思ったりしていました。科学系の本もよく読んでいて、ある本で見つけたのが「世界の全ては元素でできている」という言葉です。最初は、「そんなわけないでしょ!」と思いました。自分まで元素でできているなんて、信じられなくて。

ところが、調べてみると、鉛筆もダイヤモンドも同じ炭素からできている。身近なものが何の元素でできているのかを知るうちに、どんどん面白くなっていきました。

ポラムさん:いつも何かに興味を持つと、図書館で関連する本をまとめて借りていました。元素の図鑑は写真もきれいですし、石が好きなレウォンには、眺めているだけでも楽しかったのだと思います。

――そこから、どのように「元素カルタ」が生まれたのでしょうか?

レウォンさん:調べたことをまとめたくて、100円ショップで名刺サイズのカードを買い、元素が何に使われているのかを書き始めました。なぜか、文章は5・7・5にしていたんです。

ポラムさん:それを見て、私が何気なく「カルタみたいだね」と言ったんです。そうしたら、今度は絵札も作り始めて。

レウォンさん:最初は、自分たちで遊べればそれでよかったのですが、「これ、売っていたらほしい」と言ってくれる人が出てきて。そこで初めて、「商品にできるのかな」と考えるようになりました。

元素カルタ

――手作りのカルタを商品にするのは、簡単ではなかったのでは?

ポラムさん:まず、デザイナーにも印刷会社にも知り合いがいません。インターネットで探して連絡し、断られたら、また次へ。札が全部で300枚もあるので、「うちでは難しい」と言われることも少なくありませんでした。

レウォンさん:クラウドファンディングという言葉も、そのとき初めて知りました。ページの作り方も値段の決め方もわからず、走りながら一つずつ考えていった感じです。当時を振り返ると、とにかくグルグル回り続けていて、まるで洗濯機の中にいるようでした(笑)。

ポラムさん:それでも、「自分も使いたいから手伝いたい」と言ってくださるデザイナーさんや、「ほかでは難しいだろうから、うちでやる」と引き受けてくださる印刷会社さんに出会えました。そうやって多くの方の力を借りながら、クラウドファンディングで商品化までたどり着いたんです。

――商品にするうえで、レウォンさんが譲れなかったことはありますか?

レウォンさん:元素の性質が似たグループを、同じ色で覚えられるようにしたことです。「もっとカラフルにしたほうが楽しい」と提案されたこともありました。でも、色分けにはきちんと理由がある。そこは変えたくありませんでした。

「すごいカルタ」を作るなら、元素の専門家や一流のデザイナーにお願いすればいい。でも僕たちが作りたかったのは、自分たちらしいカルタだったんです。

「ノートを書き直しなさい」。学校で感じた違和感と、親子が考えた学びの形

――ここまでお話を伺うと、自分がいいと思うものやこだわりを大切にする姿勢が、幼い頃から一貫しているように感じます。学校の勉強でも、自分なりに工夫していたことはありましたか?

レウォンさん:先生が黒板に書いたことをそのまま写すだけではなく、話を聞きながら、自分が理解したことを図や文章でまとめていました。

例えば、授業で習った計算を「本当にそうなるのかな」と、もっと大きな桁まで試してみる。立方体の展開図なら、ほかの形はないのか考えてみる。気になったことを自分で確かめて、ノートに書くのが楽しかったんです。

ポラムさん:持ち帰ったノートを見せてもらうのが、私も楽しみでした。イラストが入っていたり、授業で習ったことから、自分なりに考えたことが書かれていたり。今見返しても面白いんですよ。

当時のノート

――習ったことをそのまま写すのではなく、自分なりに確かめながらノートにしていたのですね。

レウォンさん:小学3年生までは、自分なりにまとめたノートを先生も認めてくれていました。でも4年生で先生が替わり、「板書どおりに書き直しなさい」と言われてしまって。

授業を聞かずに落書きをしていたわけではありません。自分なりに考えて書いたのに、どうして書き直さなければいけないんだろうと…。

授業中に手を挙げて意見を言っても、教科書に書かれている答えとは違うからか、取り上げてもらえないこともありました。「自分で考えてまとめたり発言をしたりすることが、どうしていけないんだろう?」そういうことが重なって、学校へ行くことに違和感を持つようになったんです。

――レウォンさんが「学校へ行きたくない」と言ったとき、ポラムさんはどう受け止めましたか?

ポラムさん:最初は、何とか学校へ戻さなければと思いました。「学校へ行きたくないって、どういうこと?」という感じです。私自身、学校は行くのが当たり前だと思っていましたから。

でも、なぜ行きたくないのかを聞いていくと、「確かに…」と思うことがいくつもあったんです。学校は何のために行く場所なのか。学ぶとはどういうことなのか。一緒に、改めてそこから考え始めました。

――学校へ通わなくなってからは、どのように学んでいたのでしょう?

レウォンさん:教科書に沿って毎日勉強するだけではなく、算数検定を受けたり、気になったことを本で調べたりしていました。元素について調べて、情報を短い言葉にまとめ、絵札にする。元素カルタを作ることも、僕にとっては学びでした。

ポラムさん:無理に学校へ戻すのではなく、「だったら、どうする?」と二人で考えました。年齢相応の知識を身につけられればいいのではないか。そう考えて、本や教科書、参考書を読んだり、算数検定を受けたりしました。年齢相応の級から始めて、少しずつ先へ進んでいったんです。

元素カルタの制作も、理科だけではありません。文章をまとめることも、絵を描くことも、カードの比率を考えることも必要です。教科書に沿った勉強とは違っても、そこから学べることはある。レウォンに合う方法を、二人で考えながら試していきました。

「漢字ドリルが大嫌い」から生まれた、楽しく学べる「漢字mission」

――自分に合う学び方を考える中で、制作したものはほかにもありますか?

レウォンさん:僕は昔から、漢字ドリルが大嫌いだったんです。同じ文字を何度も反復練習するだけの学び方に、あまり意味を感じられなくて…。それなら、もっと楽しく学べる方法はないかと考えました。

そこで作ったのが「漢字mission」です。9マスの真ん中に漢字を書き、その意味や音読み、訓読み、熟語、例文などを自分で調べて、周りに書き込んでいく。途中で気になったことや、面白いと思った知識があれば、それも自由に加えます。

例えば「土」という漢字なら、土下座という言葉を見つけて、それについて調べてみたり、「土」の特殊な読み方を深掘ったり。ひとつの漢字から、興味がどんどん広がっていく。それが面白かったんです。

漢字mission

ポラムさん:同じ漢字を選んでも、どこに興味を持つかは人によって違います。100人が取り組めば、100通りのものができる。お互いに発表すれば、自分では調べていない知識まで知ることができます。

同じ字を何度も書かなくても、調べていくうちに、結果的には繰り返し書いている。しかも、ただ覚えるのではなく、漢字から知識を増やしたり、人とコミュニケーションを取ったりできる。そこが、漢字missionの面白いところだと思っています。

「なんで上履きは白いの?」身近な疑問が、新しい挑戦と起業につながった

――漢字missionのほかにも、身近な疑問から始まった活動はありますか?

レウォンさん:「UWABAKIプロジェクト」です。学校から毎週持ち帰って洗っても、なかなか真っ白にならない。「そもそも、どうして上履きは白いんだろう」と思い、調べ始めました。

昔は下駄箱がなく、外履きと区別するために、外ではあまり使わない白が選ばれたそうです。でも、今は学校に下駄箱があります。形も素材も昔からほとんど変わっていないし、通気性もいいとは言えません。白くて汚れが落ちにくい上履きを、今の時代に合った、心地よい履物に変えられないか、そう考えました。

――実際に、企業へ提案したのですか?

ポラムさん:上履きへの疑問や作りたいものを手紙にまとめ、ある企業へ持って行きました。すると、その場で興味を持っていただき、後日、本社でプレゼンテーションをすることになったんです。

レウォンさん:最終的に商品化には至りませんでしたが、企画に関わる方々と話すことができました。その後は、ほかの企業にも相談していきました。

「元素カルタ」や「漢字mission」は紙がベースなので、自分たちで試作品を作れます。でも、上履きはそうはいきません。どうしても企業の協力が必要でした。

プレゼンテーションの様子

――企業と話を進める中で、難しいと感じたことはありましたか?

レウォンさん:子ども個人と企業が一緒に商品を作る難しさは感じました。最初は「ぜひ一緒にやろう」と言ってくださった方が、僕一人で会いに行くと態度が変わったこともあります。「なぜ、どこの誰かもわからない小学生のやりたいことを応援しなければいけないのか」と言われてしまって。

断られるなら仕方がない。でも、期待したあとに全く違う対応をされたことがショックで、泣きながら帰ったこともありました。

ポラムさん:私は、きっといい話ができるだろうと思って待っていたんです。だから、そんなレウォンを見て、「何があったの?」と驚きました。

それでも、ここまで取り組んできた「UWABAKIプロジェクト」を諦められなくて…。周囲に相談する中でいただいたのが、小学生個人との契約は企業にとって難しくても、会社という形にして役員もいれば、契約を進めやすくなるのではないか、という助言でした。

――起業したいという夢が、最初からあったわけではないのですね。

レウォンさん:社長になりたかったわけではなく、「UWABAKIプロジェクト」を進めるために会社が必要なら、作ってみよう。それだけでした。それで2022年、小学6年生で株式会社polarewonを設立したんです。

――会社を設立したあと、「UWABAKIプロジェクト」はどうなったのでしょうか?

ポラムさん:靴メーカーに相談したところでプロジェクトの難しさを改めて実感しました。レウォン自身が上履きを履かなくなり、自分事ではなくなったこともあるかもしれません(笑)。

レウォンさん:ただ、完全に終わったわけではありません。何かきっかけがあれば、また動き出すかもしれない。今はひとまず置いてある、という感じですね。

ポラムさん:今、レウォンは普段草履を履いているのですが、これもUWABAKIプロジェクトの延長線上にあって、何かにつなげられないかな? とひそかにたくらみ中です。

レウォンさん:会社を作ったからといって、全てが順調に進んだわけではありませんでした。その後活動を続ける中で、実は中学2年生の頃に、僕と母にとってつらいできごとが重なって、二人とも大きく立ち止まることになってしまいます。

――身近な課題を解決するために次々とアイデアを生み出していき、小学生にして社長になったレウォンさん。【後編】では、つらい時期に母と二人で東京を離れる決断をした理由や、そこから再び歩きだすまでの日々、現在の仕事と学びについて伺います。

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お話を伺ったのは

レウォン 株式会社polarewon CEO

2010年2月25日生まれ。小学4年生で「元素カルタ」を考案・開発し、クラウドファンディングを経て商品化。小学5年生で「漢字mission」を生み出し、「スタートアップJr.アワード2020」小学生部門大賞、「プレゼンテーションアワード2021」グランプリを受賞した。2022年2月、小学6年生で株式会社polarewonを設立。現在は通信制高校で学びながら、企業や団体のプレゼンテーション・動画制作、講演、研修などを行う。

お話を伺ったのは

ポラム 株式会社polarewon COO(チーフおしゃべりオフィサー)

レウォンさんの母。息子との対話を重ねながら、母親としてだけでなく、一人の人間、ビジネスパートナーとして株式会社polarewonの活動に携わる。親子でプレゼンテーションや動画制作、講演、イベントなどに取り組むほか、自身も親子関係や教育、学びをテーマに講演を行っている。

この記事を書いたのは

篠原亜由美 ライター

法学部卒業後、通信教育などを手がける教育業界の企業に勤務し、その後ライターとして、女性誌や複数のWeb媒体で、暮らしや子育てを中心としたライフスタイル分野で取材・執筆を行っている。2児の母で、子どもはすでに成人しており、中学受験や大学受験を経験。実体験をもとに、同世代の女性に寄り添えるような記事を心がけている。

写真提供/polarewon

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