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息子に知的障がいがあるとわかって以降、他の人から子どものことを聞かれたとき、うまく答えられなくなりました。職場などで、周りの人たちが子どもの楽しいエピソードを話しているのが聞こえてくると、なぜか苦しくなった覚えがあります。
保育園に子どもを迎えに行くと、他の子どもたちは友だち同士で楽しく遊んでいる中で、言葉が話せない息子だけが先生と遊んでいました。その光景を目にするたび、まるで私たち親子だけが社会から取り残されたような失望感を抱いていました。
そんなとき、障がいのある子どもを育てる辛さについて、思わずこぼしてしまったことがあります。それを聞いた、すでに大きくなった子どもがいる年配の女性から「普通の子どもを育てるのも大変なんだから、そんなに変わらないよ」と言われて、怒りで震えたこともありました。
他の親子が経験しない苦労を、私たち親子だけが背負うことになった。そして、その苦労をわかってくれる人はいない。そう考えるようになってからは、常に孤独を感じるようになりました。しかし、このような経験は、障がいのある子どもを育てる親にとって、珍しくないのかもしれません。
子育てを通じて孤独を感じていた理由。それは「他の親子よりも生活しづらいということへの劣等感や怒り」そして「マイノリティゆえの、理解のされにくさ」であったように思います。
その孤独感から、当時は息子のことを人に話すのに、まるで自分の汚点をさらすような恥ずかしさを感じていました。そのことで、大切に思っている息子に対して申し訳ない気持ちが積み重なり、これらを全て払拭するために「子育ての孤独感」と折り合いをつけていくことを決心しました。
子育ての孤独感と折り合いをつけることで気づいた誤った認識

最初に始めたのは、息子について人に話すことでした。私が息子を大切に思っているのであれば、相手の反応を気にせず、自分たちの立場を理解してもらおうとする姿勢を貫いた方がいいと考えたからです。
中には腫れものに触れるような反応をする人もいましたが、その結果、子育てに協力してくれる人が少しずつ現れるようになりました。息子と一緒にお風呂に入ってくれる後輩や、キャンプに連れ出してくれる先輩などもいて、その人たちは、子育て生活における精神的な支えになってくれました。
また、私が仕事で関わる高齢者の中には「実は私の子どももそうなのよ」と話し始める人もいて驚きました。すでに障がいのある子どもが中年を過ぎていた高齢者からは「子どもの将来のことを考えると不安になるでしょう。だから、あんまり考えん方がいいんよ」と優しい言葉をかけられました。その人は、ご主人を亡くされ、1人で施設に暮らしていました。
その中で気づいたのは、私が「障がいのある子どもの子育ての苦労だけが理解されにくい」という、誤った認識をしていたことでした。
他人の苦労というのは、自分の苦労よりも、理解や想像がしにくいものです。同じ障がいがある子どもを育てている人であっても、重度の身体障害がある子どもを育てる人と、知的な遅れがないASDの子どもを育てる人では、互いの苦労を理解するのに、労力や時間がかかるでしょう。
子育ての苦労に対する共感を過度に期待しすぎない方が、コミュニケーションの機会が増え、それだけ協力してくれる人が増えます。また、期待を裏切られて失望することもなくなるので、気分が楽になることに気がつきました。
「他の家庭と比較すること」が自分にもたらしたもの

次に行ったことは「他の家庭と比較しない」という誓いを立てることです。
障がいのある子どもを育てる辛さには、実質的な負担が大きいことが挙げられますが、その負担を障がいのない子どもの親と無意識に比較し、自ら辛さを増していたことに気がついたからです。
そして、息子のことを色々な人と話しているうちに、改めて世の中には自分よりも苦労している人がいることに気がつきました。
自分よりも楽に生活している人と比べると辛い気持ちになり、逆に自分よりも苦労している人と比べると、少し楽な気持ちになる。
「生活のしづらさに対する感覚は、比較対象によって変わる曖昧さがある。そのような曖昧なものに、子育てに対する気持ちが左右されたままで良いのだろうか?」と考えるようになりました。
自分たち親子の今ある生活は、何よりも尊い。このことを忘れないために、意識して他の家庭と比較しないということを心がけるようになりました。そうして、親子で幸せになるための次の小さなステップを探すことだけを考え、子育てがゆっくりと前に進むことで「子育ての孤独感」から少しずつ解放されるようになりました。
それでもなくならない孤独感。和らげるために、私が手放したこと
こうして、子育ての孤独感に囚われることは少なくなりましたが、その後も息子が大人になるまでの間に、私たち親子の生活のしづらさが周囲に伝わらない、と感じる場面はありました。
ある支援員からは「子どもに起こっている課題には、親の問題がと言われたことがあります。就労に向けて動いていた時期には、事業所に見学に来た息子を一目見ただけで「あの子は無理です」と学校経由で知らされたこともあれば、障がい者就労施設でのインターン実習で容赦なく徹底的にダメ出しされた挙句、不合格の烙印を押されたこともありました。
そうした経験を経て、なんとか息子の就労にこぎつけた今言えることがあります。障がいのある子どもの生きづらさや、子育てのしづらさを周囲に理解してもらえない場面は確かにありますが、その一つひとつに反応しすぎるとエネルギーを無駄に使ってしまうということです。
人に理解してもらいたいという過度な期待は手放し、「わかる人だけわかってくれたらありがたい」と思えるくらい力を抜いたほうが孤独を感じずに済みますし、人間関係を広げるうえでもちょうど良いように思います。
そうした態度が、同じ苦労をしている人との出会いや、本当に頼れる支援者との巡り合いにつながり、孤独を和らげるきっかけになったような気がします。
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記事執筆
医療の分野で20年以上のキャリアを持つ作業療法士。広汎性発達遅滞がある子どもを成人まで育てた2児の父。著書『障がいのある子どもを育てながらどう生きる? 親の生き方を考えるための具体的な52の提案』(WAVE出版) はAmazon売れ筋ランキング 【学習障害】で1位 (2025.6.6)。