教育と訳される“education”エデュケーションの語源は“educe”エデュース。「能力や可能性を引き出す」という本来の意味を知る福沢諭吉はeducatisionを「教育」ではなく「発育」とすべきと主張したそう。教える側ではなく学ぶ側が主役の「発育」はこれからの教育のコンセプトにもなっています。この連載では、そんな最先端の教育事情を紹介していきます。
子どもの目がキラキラ輝く教室に潜入!「好き」を見つけるための興味開発型の学びとは?
東京都三鷹市にある『探究学舎』は、従来の学力や技術を伸ばすことを目的とした"能力"開発型ではなく、「やってみたい!」「もっと知りたい!」を刺激する"興味"開発を目的とした教室です。子どもが"好きなこと"を見つけるために探究心に火をつける興味開発型の授業は、これからの教育のスタンダードになるかもしれません。
取材時に行われていたのは小学校高学年の「冒険編」という授業。大航海時代のスペインやポルトガルが、なぜ危険な海の道を目指し、どのようにアフリカやアメリカ大陸を発見したかという壮大なテーマを、オリジナルのスライドを使って紹介していきます。子どもたちは、授業というよりトークショーを聞いているような印象で「すごい!」「僕ならこうする!」とストーリーに引き込まれていきます。
探究学舎代表・宝槻泰伸さんは、この驚きや感動が、子どもが「好き」を見つけるヒントになるといいます。
大人でもいい映画やライブを見た後のような充実感を覚えるこの授業には、どんな仕掛けがあるのか、伺いました。
探究学舎の興味開発ポイント
いわゆる学習塾とはまったく異なる探究学舎の授業風景。どのような興味開発ポイントが盛り込まれているのでしょうか?
教科別でなくテーマ別
授業は、国語、算数などの教科別ではなく、「冒険編」「戦国英雄編」「宇宙編」といったテーマ別に行うことで、子どもたちの興味を引きつけています。普遍的なテーマには驚きや感動がつまっていることを再発見できます。
ストーリーを語る
講師は教材となるオリジナルスライドを、まるで壮大な映画のストーリーテラーのように紹介。途中、子どもたちは疑問や思いついたことを自由に発言して、物語の流れの中で見識を深めていきます。
ゲーム感覚で学ぶ
今回の「冒険編」では、スライドを使った講習以外に、授業内容に関わる問題に早押しで答えるクイズを採用。優勝チームを発表して称賛するなど、子どもの積極的な参加を促すポイントが多く盛り込まれています。
五感をフルに使って
「イギリスはなぜスペインの無敵艦隊に勝利できたのか?」を、各国が使用した船や大砲の種類が描かれたカードを組み合わせて検証。元素の授業では本物の元素に触れるなど、手を動かし体感して五感を鍛えます。
探究学舎・宝槻先生、子どもの「好き」はどうしたら見つけられますか?
子どもたちが心底楽しそうに自発的に授業に没頭する、興味開発型の教室「探究学舎」。学力や成績アップを目的にした塾ではないにもかかわらず、体験授業はすぐに満席。春・夏・冬休みに開催される2日間の特別授業「探究スペシャル」には、北海道や沖縄、さらには海外からも親子が集まるそうです。
——探究学舎の特徴である「興味開発型」の授業とは?
「英会話や水泳、プログラミングといった技術やスキルを身につけるための教育を能力開発型とすると、『知りたい!』『やってみたい!』という気持ちをつくり出し、〝好き〟を見つけるきっかけをつくるのが興味開発型です」
——どうして興味開発が必要なのでしょうか?
「私は、講演会などで保護者に対して、自分の子どもにどんな大人になってほしいかを尋ねています。そうすると、『いい大学に入っていい会社に就職してほしい』という意見ではなく、『好きなことをやってほしい』という声を多く聞きます。好きなことを仕事にできるようになった時代的変化もあり、私を含めた今の30~40代の親は、子どもにレールを敷くより、子ども自身が好きなことを見つけてほしいと願っているのです。
ただ、いい会社に就職することがステイタスであった時代なら、親は受験に勝つ能力開発をサポートしていればよかったのですが、親が〝子どもの好きを見つける〟ためには、何をすればいいのかわかりません。これまでも、例えば江戸時代の士農工商のような身分社会であれば、商人の子は商人と仕事が決まっていました。〝好きと勉強〟〝好きと仕事〟は、相容れないものと考えられていたので、現代の親は、初めて〝子どもの好きを見つける〟問題に直面しているといっても過言ではありません。子ども自身も、『自分の好きが何か』真剣に考える必要はなかったため、好きなことをしろと言われても見つける方法がわからない。そこで、好きを見つけるヒントになるのが興味開発なのです」
——具体的には授業にどんな工夫があるのでしょうか?
「授業のテーマは、歴史や宇宙、元素、芸術などジャンルはさまざまですが、すべて私自身が感動を覚えたものが基本になっています。ただ、それらを教科書に書かれているとおりに教えたのでは子どもの感動体験にはつながらないので、授業で使うスライドや教材はすべてオリジナルで時間をかけてつくっています。私自身、幼少期から戦国時代の武将の漫画やアニメ、映画、NHKのサイエンス番組やドキュメンタリーなどを夢中になって見ていましたが、そういったおもしろいコンテンツの構成や演出には、ある程度決まった法則があります。それらを参考に、映画やドラマをつくるように見せ場を計算し、内容に没頭できる工夫をしています。子どもたちはスライドに余計なものが映り込んでいると気が散ってしまうので、使う写真は吟味しますし、人の顔が右向きなのか左向きなのかというところまで意識します。うまくできたスライドであれば、年齢や内容に関係なく、笑わせたいところで皆が必ず笑ってくれるので、授業で使う教材は小学校低学年から中学生まで同じもの。小さい子でも、授業がおもしろければ元素に興味を持ちますし、自分で元素の周期表を覚えてきます。
本来、興味開発と能力開発はセットであり、好きなことややりたいことに必要な能力であれば、自ら能力開発に没頭するものです。〝好き〟を見つけたいなら探究だという認識が一般的になれば〝好き〟を見つけられる子が増えるはず。私たちは、そんな未来を目指しています」
記事監修
強烈な父親の教育から、高校中退~大検取得~京都大学進学という特異な経歴を持つ。その後、2人の弟も同じ勉強法を駆使して高校中退~大検取得~京大入学を果たす。大学卒業後、私立高校や職業訓練校での指導経験を経て、2012年に東京都三鷹市で「子どもの好奇心に火をつける」学習をテーマにした探究学舎を開校。5児の父。その活動は「情熱大陸」(毎日放送)をはじめさまざまなメディアで取り上げられている。
記事監修
1925年の創刊以来、豊かな世の中の実現を目指し、子どもの健やかな成長をサポートしてきた児童学習雑誌『小学一年生』。コンセプトは「未来をつくる“好き”を育む」。毎号、各界の第一線で活躍する有識者・クリエイターに関わっていただき、子ども達各々が自身の無限の可能性に気づき、各々の才能を伸ばすきっかけとなる誌面作りを心掛けています。時代に即した上質な知育学習記事・付録を掲載しています。
『小学一年生』2019年7月号 別冊『HugKum』 写真=中村力也 構成・文=山本章子