9歳(8歳から10歳ころ)は、経験が増え、単に「うれしい」「悲しい」というシンプルな感情だけではなく、「うらやましい」「ねたましい」「くやしい」といった複雑な感情が芽生え始める時期です。こうした時期に、自分の感情を認めてあげる、そしてその感情をきちんと認識するために言語化することは、その後の成長や人間関係の構築を考える上でもとても大切です。
人生のキーポイントとなる9歳の「感情力」の育て方や役に立つおすすめ本を、法政大学教授で発達心理学を専門とされている渡辺弥生(わたなべ・やよい)先生におうかがいしました。
9歳って、どんな時期?
――まいにち手をかけてあげるほど幼くもなく、かといって放っておけるほど熟してもいない9歳。9歳とはどのような年齢なのでしょうか? (以下「カッコ」内 渡辺先生)
「心理学では、時期に合わせて発達を見ていくので、9歳になる少し前からご説明していきましょう。
幼児期は、万能感に満たされている時期です。たとえば運動会の徒競走でビリになったとしても泣き叫んだりはしません。しかし、小学1年生となると、集団に入り、社会的比較が出てきます。“縄跳びが一番上手だと思っていたけど、そうでもなかった”というように、いろんな人が存在することを認識し始めるんです。
いっぽうで小学1年生の感情理解度は、“涙を流している=悲しい”という段階。表情は笑っているけれど、心の中では泣いている子を見ても、まだ理解が難しいのです。
それが9歳くらいになると、対人関係が広がります。それまでは、自分と大好きな人のことだけを考えていたけれど、クラス全体が見えてきます。そうはいっても、いろんな人の気持ちを理解するのはまだ難しいです。ですが、好きな子や身近な子の心は読むようになっています。漫画で例えると、心の中の吹き出しがわかってくるような状態でしょうか。本音と建前がずれるというのがわかるのは10歳、11歳になります。中学生になると“この時代の紫式部の気持ちとは… ”とか“ニュージーランドの小学生の気持ちは…”といった、時代をワープしたり、行ったことのない場所の人たちのことまで情報があれば考えられるようになりますよ。
また、時間的な展望能力も、幼児の頃は“今日はハンバーグを食べる、明日はディズニーランドへ行く”ということはわかるけれど、来週のことまではわかりません。それが小学生になると、1週間のタイムスケジュールが見えてきます。思考の中に現在だけでなく、過去と未来が出来上がるんです」
大人になっていく道に“葛藤”がある
「成熟するということは、対人関係、時間的な展望が広がるということ。それはつまり、“葛藤が増える”ということでもあるんです。大人だったら、“30年ローンを返せるかしら”と将来に不安を感じたり、“20年前は苦しかった… ”と思い出したり、悩みが増えますよね。対人関係も広がればそれだけ、トラブルが増えるものです。
そんな時間的な展望について言えば、9歳くらいになると個人差はあるでしょうが、およそ一年くらいは見通す力ができてきます。“友だちと喧嘩をしてしまったら、この1ヶ月は針のむしろかもしれない”と見通せるようになった分、悩んだり肯定的な感情と否定的な感情を同時に持ったり、葛藤を抱えるようになるんです。しかし、こうした経験は大人へと成熟していく上で、誰もが通る必要な経験といえるでしょう。
また、“私っていつもこういうところでケアレスミスをするところがあるな”とか、“私っていつもここでママと喧嘩するのよね”というように、自分を俯瞰して見る(メタ認知)」ことができる子も出てきます。
9歳は様々な心の変化がある大事な時期であり、親や教育者が“面白い”と思って関わっていきたくなるような魅力的な年齢なんですよ」
――以上のような渡辺先生のお話によると、大人への入り口に差しかかる9歳という年齢は、これまでにはなかった心の変化があり、葛藤が生まれる時期でもあるようです。
では、親は9歳の子どもに対して、どのように対応したらいいのでしょうか? 次の項目でより詳しくお聞きしていきましょう。
自己肯定感を伸ばすために、親がこの時期にできること
――9歳になると、葛藤が生まれ、自尊心(自己についての全体的な評価)が揺らぐ時期でもあるということをおうかがいしました。こうした時期に自尊心や自己肯定感(自分自身に対する満足感)を維持し続けながら、すくすくと育てるにはどうしたらいいのでしょうか?
「小学生になると不登校になる子も出てきますが、自尊心が高い人で学校に行くのをやめる人はあまりいないですよね。昨今、『自分ってダメな人間ですよね』と自ら発言する大学生も多いです。謙遜的な打ち出し方なのかもしれませんが、日本人は自尊心が諸外国に比べて低いところがあります。しかし、問題を抱えている人は自尊心が低かったり、傷ついている人が多いのもまた現実です。
葛藤を抱えることは賢くなることであり、健康な証です。反対に、葛藤そのものを見ないようにしたり、持てなくなるのは精神的健康を崩すことにつながりがち。“悩むあるいは悩めるのはいいこと”と、まずは親が理解をしてあげてください」
葛藤を一緒に抱えてあげることが共感につながり、自己肯定感を育てる
「この時期、葛藤を抱えながらも解決できる経験を重ねられると、子どもの自信が高まり、自尊心が維持できるものです。その際に、親の関わり方が大切です。
叱り方として『なんでできないの?』とつい言ってしまう親御さんが多いですが、この叱り方は子どもの自信を失わせます。
例えば『図書係をしていて、本を貸してはいけない日だったんだけど、友だちにどうしてもって頼まれたから貸しちゃった』と子どもがおそるおそる打ち明け話をしてきたときに、頭ごなしに『決まりを守らないとダメでしょ!』と言われてしまうと、“先生みたいなこと言っている… 。あー、ママ(パパ)には言わなきゃよかった”と思うようになってしまいます。
この時の子どもは、<規則を守らなければならないけれど、友達も大切! だから、友だちを思って貸してあげた、だけど良かったのかなぁ…>という葛藤が忘れられないから、親に話したんです。そんなときに頭ごなしに叱っては、何も学ぶこともできずに“怒られた”という記憶だけが残ることになります。
こうしたときは、子どもの気持ち、葛藤をまず一緒に抱えてあげてください。『友だちに貸してと言われたら、規則は守らなきゃと思うけど、なんとかしてあげたいと思って悩むよね』と子どもの感情をまず受け止めてあげてほしい。大人も仕事で疲れて帰ってきたときに『疲れたー』と言ったら、『疲れたでしょ』と共感してもらいたいですよね。『疲れたとか弱音を吐いてはダメ』と言われたらどうでしょう。子どもも同じです。共感してあげることが、本来の家族の役割。共感されることで、安心感がチャージされます。でも最近は、家族の方が厳しくなっているんです。共感を超えて、“こうあるべきだ”という態度ばかりが出るようになったとしたら、子どもには環境としてとても厳しいですよ。
人間は共感してもらうことが、存在価値に繋がります。『そういうこともあるよね』と言ってもらえたら、自分の存在を認めてもらえる。反対に、否定されると、自分はいない方がいいのかなとか、おかしいのかなと思ってしまう。まずは『その考えや気持ちもわかるよ』と共感することで、自分の価値を感じられるんです」
“できた”を積み重ねることが、自己肯定感を高めることにつながる
「しかし、共感するだけでは、問題解決はできないですよね。『そうだよね、貸してあげたのはよくわかる』と共感した上で、『今回友だちに本を貸した気持ちはわかるけど、他の人がその本を借りたい時にその本は借りられないよね。みんなが平等に本を借りることができるように規則はあるから、次からは守ろうね』とか、『自分だけで解決できないときは、先生に頼る手もあったよね』とか、その子ができそうで、やれそうな具体的な解決策を提案してあげるといいでしょう。
例えば、気弱な子なのに『次からはその場でお友だちに断るようにしようね』といっても、ハードルが高くて難しいですよね。だから、『先生に相談してみたら』と提案するように、子どもの個性に合わせてできそうなことを伝えましょう。
後日、『ママ(パパ)がアドバイスしてくれたように行動したらできたよ!』と言われたら、『難しいことが解決できて、すごいじゃない』と褒めてあげてください。こうして達成感が生まれ、成功体験が積み重なります。失敗ばかり、ではなく、悩むけど解決できるんだという積み重ねが、自己肯定感につながるんです。
自己肯定感と自尊心の違いは難しいですが、それらの感情の背景にある気持ちは、誰かの役に立てたという有用感や自己成長感です。放っておくとどうしても人と比べがちですが、自分が1ヶ月前の自分より成長できたということに目がいくように自己成長感を高めてあげてください。有用感は、誰かの役に立っているな、という気持ちです。そして“できた”を積み重ねれば自信につながり、自己効力感※が生まれます。そうするためには、大人の働きかけが大切です」
※自己効力感:人が何らかの課題に直面した際、「自分はそれが実行できる」という期待や自信のこと。
――渡辺先生のお話からは、子どもの“葛藤”に寄り添い、その上で大人ならではの広い視点からのアドバイスをしてあげることが、親として子どもにしてあげられることだということがうかがわれます。子どもに声を掛けられたとき、家事に仕事にと、ついつい忙しくて後回しにしてしまうこともありますが、9歳以降こそ話を聞いてあげることに意識的でありたいと、改めて考えさせられますね。
――日本人は感情を抑えがちですが、感情表現をすることはどうして、9歳にとって大切なのでしょうか? この点についても、渡辺先生にお話をうかがいます。