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全身麻酔は、3歳未満でも1時間程度であれば安全性の高さは確立されています
子どもと全身麻酔に置いて特に話題に上がるのが発達期、特に3歳未満への脳に対する麻酔の影響についてです。2000年初頭から動物実験において、出生から間もない児への麻酔薬の暴露が脳に長期的な影響を及ぼし、記憶障害や学習障害などをきたす可能性についての報告があります。ヒトにおける臨床研究では明らかになっておらず、これまでのところ小児にとって安全ではないという直接的な証拠もなく、今後もさらなる研究が必要であることは言うまでもありません。
FDA(U.S. Food and Drug Administration の略で和訳はアメリカ食品医薬品局)は、3歳未満の小児が複数回または長時間の手術のために全身麻酔薬を投与されると、小児の脳の発達に影響を与える可能性があるという勧告を出しています(2016年)。またこれに対して必要な手術を遅らせることはデメリットであるという見解もカナダの内科学会より示されました。
健康な小児が単回でかつ短時間(1時間程度)の全身麻酔を受けることに関しては安全である可能性が高いことは示されています。現時点では、多くの外科的処置に対して全身麻酔に代わる投与可能な薬物は無く、必要な手術を受けるためには全身麻酔を受けることが重要だと考えています。処置に伴う痛みや苦痛に何も対処法しないことは小児にとって有害です。担当の麻酔科医や外科医と麻酔のリスク、ベネフィットについてよく相談してみましょう。
手術の前に麻酔科医から説明があります。手術の時期が予防接種と重なる時は必ず申告を
母子手帳、お薬手帳を持参して受診してください
手術目的の入院の前に、麻酔科外来への受診があり、診察や検査、麻酔方法の説明があります。
母子手帳、お薬手帳などの準備をお願いします。そして入院までに体調の変化があればすぐに連絡をお願いします。
問診で聞かれること
①出生時やその後の発達の状況
お子さんがの成長の経過が良く分かる様にしておくことが大切です。後述します予防接種に関する記録も大変重要な情報ですので、母子手帳の持参を薦めします。早産児でしたら、週数と体重、NICU入室の有無など詳細が分かるものがあると助かります。
②全身麻酔と予防接種
予防接種による免疫の効果が全身麻酔によって弱められることが分かっています。以下の定期予防接種や季節性インフルエンザのワクチン接種のと全身麻酔が重なりそうな場合はご相談ください。
・生ワクチン(ポリオ、麻疹、風疹、BCG、おたふくかぜ、水痘):接種後1ヶ月以内の全身麻酔を避ける
・不活化ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風、日本脳炎、B型肝炎、インフルエンザ):接種後2週間以内の全身麻酔を避ける
③既往歴 麻酔歴 家族歴 アレルギー
慢性疾患で定期受診している場合は最近の受診状況などをお伝え下さい。内服薬の種類や量が分かるようにお薬手帳の持参をお願いします。過去に全身麻酔の経験があれば、術後の吐き気や痛みなどの経験について教えて下さい。家族歴について質問することもございますので、分かる範囲で構いませんのでお伝え下さい。食べ物や薬物などのアレルギーがあれば必ずお伝え下さい。
診察では口の中を観察します
胸部の聴診をし、口の中を観察します。動いて抜けそうな歯の有無や、お口がしっかり開くか、扁桃腺のサイズなどを確認します。
全身麻酔では人工呼吸のために気管へチューブを口から挿入しますが、処置によって歯や口の中を損傷するリスクを評価するためです。お子さんが痛がるようなことはしませんので、ご安心下さい。
行われる検査
血液検査、胸部Xp、心電図が一般的に必要となってくる検査ですが、健康で既往歴も特にないお子さんでは手術の規模や時間によっては一部省略されることもあります。慢性疾患がおありのお子さんに関しては超音波やCT検査など詳しい検査を麻酔科が依頼することもあります。
麻酔はどのような手順で行われる?
10歳以下は、一般的にはマスクをして麻酔を吸入
成人では一般的に、あらかじめ腕などに静脈ルートと呼ばれる点滴注射をとり、そこから全身麻酔薬を投与します(=麻酔導入)。注射は痛いので子どもが暴れたり、泣いたりして安全に全身麻酔をするための協力が得られない場合があります。
従って10歳くらいまでの小児では一般的にマスクで揮発性の麻酔薬を吸入して鎮静して寝かしてから点滴の確保を行うことが多いです。麻酔薬も癖のある匂いがあり、一度マスクでの麻酔を経験したことのあるお子さんでは「注射は我慢するからマスクはやめて」という要望があることも。なので、小児だからといって一概に麻酔導入方法が決まっている訳ではなく、お子さんやご家族の意見を尊重しますので必ずご相談ください。また、不安の強いお子さんは保護者の方に一緒に手術室に入ってきてもらうことの可能ですので、事前に相談しましょう。
風邪や発熱の場合は、手術は延期になります
お子さんによくあるのが、風邪をひいてしまった、発熱しているという体調の変化です。前述の予防接種の際にも申し上げた通り、全身麻酔により免疫が低下することが分かっているため、感染症の可能性が高い場合は手術を延期します。
ちょっとだけの風邪なら大丈夫だろうと思っていても、麻酔を開始した途端に呼吸状態が悪くなったなどの予想外のトラブルに見舞われることがありますので、体調の変化があれば医療機関へ必ずご連絡下さい。
手術当日の流れ。お茶や水などの水分は入室2時間前まで、母乳は4時間前まで、人工乳、牛乳は6時間前まで可能
①術前の絶飲食
ガイドラインによりますと、お茶や水などの水分は入室2時間前まで、母乳は4時間前まで、人工乳、牛乳は6時間前まで可能とされています。固形物に関して、軽食については欧米のガイドラインで摂取から麻酔導入までは 6 時間以上空けることとされています 。(※ここで指す軽食とは「トーストを食べ清澄 水を飲む程度の食事」とされています,揚げ物,脂質を多く含む食物,肉の場合は 8 時 間以上空ける必要があります。)
②手術室入室
不安が強い場合は保護者の方が手術室内まで付き添ってあげたい旨をスタッフにお伝え下さい。酸素マスクを顔にあて、深呼吸しているうちに眠たくなります。眠ったのを確認した後、人工呼吸のためのチューブを口から挿入します。
③麻酔中のモニタリング
血圧計、心電図、酸素モニターを装着し全身状態をよく観察します。
④手術後
麻酔薬の投与をやめてから10分前後で自分で呼吸できる意識レベルに戻ります。そこで気管に入っていたチューブを抜き、その後も呼吸状態や血圧、脈拍などの循環状態が落ち着いていれば手術室を出られます。
手術室を出て、病室に戻ってから
日帰り手術の場合
帰室後1−2時間で呼吸が安定しますので、酸素マスク投与はなくなり、吐き気などがなく飲水テストで問題なければ帰宅可能となります。中学生以上であっても必ず保護者の付き添いが必要です。公共交通機関や自家用車を利用し、長時間の徒歩やお子さん自身が自転車を運転するなどしないようにお願いします。吐き気が強かったり、痛みが強くて自宅でコントロールが難しい場合は入院する選択肢も考えます。
入院手術の場合
日帰りと同じく、帰室後1−2時間で呼吸が安定しますので、酸素マスク投与はなくなり、吐き気などがなく飲水テストで問題なければ固形物の摂取にトライします。
症例によってはお子さんが眠ったままで気管のチューブが入ったまま集中治療室に移動することもあります。また、新型コロナウィルス感染症拡大で、面会や付き添いの基準が医療機関それぞれの施設で定められていることもあります。
術後は子どもの痛みの様子に気を配って
子どもの痛みの評価は、子どもの年齢と発達に見合ったものを使用します。特に、保護者が子どもの痛みの評価や管理に大切です。普段と異なる様子があればすぐに相談しましょう。子どもが痛みを言葉でうまく表現するのは大変難しいので、助けが必要です。詳しくは「痛いの痛いの飛んでいけー 子どもの痛みに寄り添う」をご参照ください。
記事を執筆したのは
麻酔科医師、手術室看護師がお子様の必要な情報を得ることができるよう、パパママにご協力いただけることに日々感謝しています。ありがとうございます。そして、皆様が全身麻酔を受けるにあたって必要な情報を提供できますよう、一麻酔科医として今後も情報収集や情報のアップデートのため研磨して参りたいと思います。
参考文献
日本麻酔科学会HP(https://anesth.or.jp/users/common/receive_anesthesia?page=1#sc-wrap)
日本麻酔科学会 絶飲食ガイドライン (https://anesth.or.jp/files/pdf/kangae2.pdf)
日本小児麻酔学会HP お子様と麻酔について(https://jspedanes.smoosy.atlas.jp/ja/relation_about_pa)
LiSA 2022年5月号 – 周術期管理を核とした総合誌[リサ](メディカル サイエンス インターナショナル)
痛いの痛いの飛んでいけー 子どもの痛みに寄り添う(http://goodbye-pain.com/PPGA2003.pdf) 訳 桐田 泰江