オリンピック級アスリートほど虫歯に悩んでいる!?「スポーツは歯をダメにする」を検証。健康な歯でスポーツを楽しむために

スポーツの秋。暑さも徐々に和らぎ、体を動かすのに適したシーズンの到来です。しかし、スポーツは歯に対してとても負担をかけてしまう行為だというのをご存じでしょうか?  今回は、スポーツと歯の健康の関係について、興味深い研究報告を紹介しようと思います。
執筆/島谷浩幸(歯科医・歯学博士)

オリンピック選手でも虫歯に悩んでいる

オリンピックに出るようなトップアスリートたちの実際の口の状況を調査したFDI(国際歯科連盟)の報告がありますので、その内容を見てみましょう。

2012年のロンドンオリンピックに参加したアスリート399人を対象として口に関する調査を実施したところ、55%の選手に虫歯があり、76%の選手に歯周病が認められるという結果となりました。しかも、18%の選手にはトレーニングや競技パフォーマンスに悪影響を及ぼす歯科疾患が認められました(図1)。

図1.オリンピック選手における口の悩みの割合

このことから、歯の不健康が競技成績に少なからず影響することが示唆されました。

個人よりチームスポーツのほうが虫歯になりやすい

2018年に英国のJulie氏らが報告した研究では、11種のスポーツ種目から、2016年のリオデジャネイロオリンピックの出場または候補選手256人とプロアスリート96人の合計352人のアスリートを対象として、虫歯の保有率などの調査を行いました。

その結果、49.1%のアスリートに虫歯が認められました。しかも、チームでスポーツをする選手は個人でするスポーツ選手と比べ、虫歯の保有者が2.4倍も多いことが明らかになりました(図2)。

図2.スポーツ形態と虫歯保有率の関係

チームスポーツは、寮で生活したり合宿を行ったり集団で行動することが多くなります。そのために定期的な歯科医院への通院や食後すぐに歯磨きをする習慣など、歯に対する自己管理を実践しにくい環境が生み出され、虫歯保有率の差につながった可能性が推測されました。

ハードな運動は感染症を悪化させる

1994年にデンマークのコペンハーゲン・マッスルリサーチセンターのPedersen氏らが報告した研究では、フルマラソンをした後のランナーは風邪やインフルエンザなどの上気道感染症を起こしやすくなることが明らかにされました。

これは42.195kmという長距離を走ることによる身体の負担が、ウイルスや細菌などの外敵(感染源)から身を守るために働く免疫細胞の一種であるNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の働きを抑制した結果、体の抵抗力(免疫力)が低下して感染症にかかりやすくなったことを示唆しています。

もちろん口腔内においても感染リスクは高まりますから、歯周病菌の感染症である歯周病が悪化するリスクが高まる可能性があるのです。

スポーツは歯に過酷な環境をもたらす

これらの研究報告から、スポーツをする人が歯にダメージを受けやすいことがお分かりいただけたと思います。

虫歯のない 形の整った歯でしっかり噛み合わせることによって体の軸が安定すると、スポーツの競技成果の向上につながることが期待できます。

この事実は、近年注目の「スポーツ歯学」の分野で多くのアスリートに周知されてはいますが参考記事1、優れた結果が求められるトップアスリートでさえ歯に問題を抱える選手が少なくないという現状には、いくつかの理由が考えられます。

・競技やトレーニングの合間に飲むスポーツドリンクは酸性度が強くて酸が歯を溶かす「酸蝕症」になりやすいだけでなく、糖分を含むものが多いため、虫歯リスクが上がってしまう。参考記事2

・運動をした後の疲労回復のための栄養補給に甘いものを食べたくなり、虫歯リスクを上げてしまう。

・運動時は緊張感を高めたり身体の活動性を上げたりするために交感神経が興奮するのに加え、汗をかくので唾液の分泌量が減少する。さらに、効率的な酸素供給のために口呼吸になるので、唾液が蒸発して口の中が乾燥しやすくなる。その結果、本来あるべき唾液の自浄作用(唾液が虫歯菌などの細菌や汚れを洗い流す)や抗菌作用(ラクトフェリンや分泌型IgAなどの抗菌物質が働く)などが作用しにくくなり、虫歯や歯周病を助長しやすくなる。

・運動によって体力を消耗するため、疲れ果てて歯科医院に通ったり歯磨きをしたりする気力を失ってしまう可能性がある。

・運動中は力を発揮するために奥歯でグッと食いしばったり強く噛みしめたりするので、歯に強い負担がかかる。その結果、歯が欠けたりするダメージに至ることがあり、弱った歯質の虫歯リスクを上げてしまう。

 

上記のような理由から、スポーツには歯にとって多くのマイナス要素があることが分かると思います。

この状態が長期間にわたって継続すると、虫歯で歯が痛い、歯周病で歯がぐらついてしっかり噛めないといった症状により、スポーツ競技やトレーニングの集中力だけでなく、瞬発力や持久力まで妨げられてしまう事態に陥る可能性があります。

その結果、本来の力を十分に発揮できずに期待された成績を上げることができないことになりかねません。

せっかく良い競技成績を上げるために日々鍛錬してきたのに、歯の不具合が原因で良い結果が残せなかったというのは残念ですよね。しかも、本来楽しい行為であるはずのスポーツが苦痛の種になってしまっては、元も子もありません。

 ▼参考記事はこちら

運動神経・集中力がイマイチの我が子。歯科矯正で改善できるかも?【歯科医に訊く、噛む力の驚くべきメリット】
スポーツ歯学とは? 学校の体育の授業でクラスメイトと走り合ったりするのは楽しいものですが、中には運動が苦手でうまく馴染めない子どももいます...
夏の落とし穴! 水分補給と虫歯リスクの関係は「飲み物の種類」「唾液コンディション」で決まる【歯科医が解説】
ジュースやスポーツドリンクは酸性度が高い これから暑い毎日を迎え、熱中症対策に子どもたちも水分補給が大切な季節になります。特に運動やスポー...

スポーツを快適に実践するための歯の管理法

では、健康な歯で効果的に楽しくスポーツをするためにはどうしたらいいのか、いくつかの提案を挙げてみようと思います。

◆スポーツドリンクを飲んだ後は、口を水ですすぎましょう。

◆食事で栄養補給した後は、しっかり歯磨きをしましょう。運動して疲れていても、歯磨き習慣は怠らないように心掛けてください。

◆激しい運動をした後はしっかりと休息をとって、免疫力を回復させるようにしましょう。

◆チームをまとめる立場にある人は、選手たちが歯に対する自己管理がきちんとできるような環境を整えるようにしましょう。

◆歯に過度の力の負担がかかることを防いで歯を保護するために、スポーツ用のマウスピース(マウスガード)を装着しましょう。

以上のような留意点を日々のトレーニングや運動で実践することにより、健康的な歯を保ってスポーツの秋を満喫してくださいね。

こちらの記事もおすすめ

「緑茶」と「麦茶」、歯の健康に効果的なお茶は?歯が茶色くなるのは実は・・・。歯科医が明かすお茶のびっくり情報
暑い夏の水分補給に欠かせないお茶。 ペットボトルで気軽に購入でき、自宅で作った緑茶や麦茶を冷やして水筒に入れる方も多いでしょう。麦の香...

記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。Twitterも更新中。

参考資料:
・FDI: Sports dentistry guidelines for elite athretes. 2019.
・Julie G et al.: Oral health and performance impacts in elite and professional athretes. Community Dentistry and Oral Epidemiology 46(6): 563-568, 2018.
・Pedersen BK et al.: NK cell response to physical activity: possible mechanisms of action. Med Sci Sports Exerc 26(2): 140-146, 1994.

編集部おすすめ

関連記事