出産における『1%の風景』とは?自宅や助産所での出産を選ぶ人と助産師たちを追った吉田夕日監督インタビュー

©2023 SUNSET FILMS

お産の99%が医療施設で行われている日本で、助産所や自宅出産を選んだ4人の女性と彼女たちをサポートする助産師の日々を4年間かけてみつめたドキュメンタリー映画『1%の風景』(11月11日(土)より順次公開)。

2児の母であり助産所で出産を経験した、吉田夕日監督に撮影時のエピソードやご自身の体験についてインタビューしました。

ドキュメンタリー映画『1%の風景』吉田夕日監督インタビュー

吉田夕日監督

―この映画を撮ろうと思ったきっかけを教えてください

吉田監督:ドキュメンタリーを制作したきっかけは、子どもを出産した経験が大きいです。私は1人目を病院で、2人目を助産所で出産しました。
正直言って自分が妊娠するまで、妊娠や出産に関する情報にほとんどふれる機会が無く、積極的に調べることをしていませんでした。妊娠して知ること、体験すること全てが新しくて大きな喜びと共にたくさんの戸惑いもありました。そんな中で、助産師という存在をもっと早くから知っていたらどうだったのかなという気持ちがあり、彼女たちの仕事や彼女たちが見ている風景を丁寧に記録してみたいと思って撮影を始めました。

―撮影を始めた頃、二人目のお子さんは生後6ヶ月だったのですよね?

吉田監督:赤ちゃんと2人きりの時間はそれはそれですごく楽しかったんですけど、ずっと忙しく仕事をしていたので、動いていたい気持ちもあって(笑)。せっかくなら今までの現場にすぐ復帰するのではなく、自分が撮りたいものを撮ってみようと思いました。
助産所なら赤ちゃんがいるのが当たり前なので、抱っこ紐で子どもを背負ったままインタビューしたり、そんな風に撮影を続けられたことは大きかったですね。

助産所での出産を経験して感じたこと


―吉田監督が助産所での出産を決めた理由があれば教えてください

吉田監督:二人目を妊娠していた時に、友人が自宅で出産をしていたことを知りました。彼女から話を聞いて、99%の人が病院で産む時代に、あえて1%である“それ以外”を選択する彼女たちの考えや想いに興味を持ちました。

早速インターネットで調べてみたら家の近くに助産所があったので、説明を聞きに行ったんです。そこで、お産の仕方、助産師さんとの関わり、出産までの心構えなどお話を聞いて、私自身が助産所で産める体だったら挑戦してみたいなと。一人目の子を病院で産んだので別の選択肢も経験してみたいなと、わりと興味本位から入りました。

―ご家族やまわりの反応は、どうでしたか?

吉田監督:助産所で出産するにしても何回かは提携医療機関の健診を受けますし、東京はスムーズに周産期母子医療センターに搬送を行うための「周産期搬送ルール」に基づくシステムも整備されています。不安が全くなかったわけではないけれど、医療との連携がしっかりとれていることがわかったので助産師さんを信頼することができました。夫の反応は気になったのですが、「それは君が選ぶことだから」と言ってくれたので、一緒に見学に行き、いろいろ話し合い、家族も納得してくれました。


―実際にご自身が助産所で出産をしてみて感じたこと、病院での出産とのちがいについて教えてください

吉田監督:妊娠期から出産、育児のスタートに立つまで一人の助産師さんにずっと関わっていただけることが一番大きな経験として残りました。やっぱり、お産って痛いし怖いし、妊娠期も人それぞれの症状があるのでどんな時も頼れて相談に乗ってくれる人がそばにいてくれるのは、病院ではなかなか経験できないことでしたね。

第1子の病院では赤ちゃんの成長のこととかも含め全てが初めてだから何を質問したらいいのかわからなかったんです。小さな不安を話してもいいのかな?って…。
でも、助産所での妊婦健診は1時間くらいかけて触診をしてくれるので、自分自身の感情や考えが自然と整理されていく感覚がありました。軽い世間話から始まって睡眠や食事、身体のこと、仕事のことなど話をしながら助産師さんと時間を積み重ねていきました。信頼できる人とともに出産を迎えられるのはすごく心強かったし、助産師さんがいてくれる安心感はすごく大きかったですね。

もし、3人目の出産があったとしたら、また助産所で出産したいですか?

吉田監督:もし次があるなら、自宅で産んでみたいと思いました。兄姉も立ち会えるし、生活の延長に出産があることを、言葉で説明するのではなく見せてあげられるのもいいですね。

自宅出産された方を撮影している時に、ご家族のみなさんがすごくリラックスしていたんですよね。自分の家なので出産が始まる間際まで、宅配ピザを家族で食べていたりとか、みんながそれぞれ自由に過ごしている中で、「そろそろかも…」みたいな。家族で過ごす日常の延長に出産があると思ったので、叶うならそういうお産もしてみたいです。

予定通りに進まないのが当たり前。待つことが子育てのはじまり

©2023 SUNSET FILMS
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―撮影中に印象にのこったエピソードがあれば教えてください

吉田監督:撮影した4人全員予定日には生まれていなくて、お産はほんとに計画通りにはいかないんですよね。撮影って予め計画を立て、準備して望むことが多いのですが、お産の撮影はいつ呼ばれるかわからないことばかりで、「はじまるかも!」と連絡をもらって行ってもはじまらなかったり、次の日かなと思っても連絡が来なかったり、いつになるのか全然わからない。
その間、助産師さんはずーっと待っているんですよね。いつ呼ばれても大丈夫なようにいろいろと予定を調整しているんだと思いますが、でもそれって自分の生活に置き換えてみたらすごいストレスに感じることだから「待ってるのは大変じゃないんですか?」と助産師さんに聞いてみたんです。
そうしたら、「大変だって考えたことがないな。生まれてくる時くらいはこちらが合わせてあげてもいいんじゃないかな。待つことって子育ての始まりだよね」とおっしゃって。その言葉がとても印象に残りました。

出産だけではない、産後ケアで活躍する助産所

©2023 SUNSET FILMS
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―4年間の撮影期間で感じた助産所の変化を教えてください

吉田監督:映画に登場するみづき助産院の神谷さんは分娩の取り扱いをやめることを選択されました。つむぎ助産所の渡辺さんもいつまで続けるか常に話題にされていましたが、それでもこの場所を必要としている女性がいる限りは続けたいと。お二人とも今は新たに産後ケアを始めています。

たったの4年で分娩を取り扱う助産所が減っていくのを目にしたこともあり、いつまでこの場所で出産ができるのかわからないと撮影する中でも感じていましたね。

生数が減ったことも要因のひとつなのでしょうか?

吉田監督:時代の流れもあり助産所を選択する人が少ないし、担い手もいないという両方の要因があると思います。また、そもそも産む女性が少なくなっていますし、一方で高齢出産が増えているので、ハイリスクな妊婦さんは助産所では産めないということもあります。

妊娠も出産も育児もわからないことがあればインターネットで検索できるけど、情報がありすぎて何が正解かわからなくて悩んだりしますよね。そういう時に女性の体や赤ちゃんのことだけでなく、自分のことも理解してくれている人がそばにいれば安心できますし、産後に孤立することも減って育児が楽しいというところからスタートできると思います。
出張で家に来てくれる助産師さんもいるので、そういうサービスが周知されて利用する人が増えたらいいなと思います。

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―産後ケアもしっかりサポートしてもらえるのは安心ですね

吉田監督:つむぎ助産所の渡辺さんは産後1週間のタイミングで退院した母子のお宅に伺い、ちゃんと母乳が飲めているか、赤ちゃんの体重が順調に増えているか、お母さんや家庭の状況も考えながらサポートしてくれるんです。「おむつ替えをやった方がいいわよ」ってパパに言ってくれたり、夫婦だけで頑張ろうと思うと2人で追い詰められたりしちゃうけど、そこに第三者が入ると風通しが良くなっていいなと見ていて思いました。地域の子育ての情報も助産師さんから教えてもらえるし、助産師さんは多くの女性に接してきているのでその経験を通して色々と教えてくれます。

コロナ禍になり、それまでのような撮影が難しくなった頃、お産の現場も感染症の影響で変わっているとニュースで報じられていました。そのことで渡辺さんにもなにか変わったことはあるかと尋ねたら、「変わることと変わらないことがあって、でも自分たちが妊婦さんたちに触れないでケアをするようになったら、それは触れないで子育てするのと同じことだからね」とおしゃって。

どんなに世界が変わっても母子に寄り添い続ける助産師さんの姿を通して、人類が延々と続けてきた命の営みを目の当たりしたような、そんな気持ちになりました。

―最後に映画を観る人へメッセージをお願いします

吉田監督:妊娠・出産・子育てをテーマにした映画ではありますが、映画を観た人それぞれが、性別や年齢に関係なく感情移入できるシーンがあるのではないかと思います。妊婦さんと助産師さんがどのように信頼関係を築き、命が生まれてくる時を待ち、その命と共を社会でどう生きていくのかが映っていると思います。だからこそ、妊娠・出産を経験した人だけではなくパートナーはもちろん、若い世代や子どもたちにも観てもらいたいなと思います。

なにか特別な出来事が起こるわけではなく、淡々とした日常だけど、それこそが今世界でも一番尊くて、守られるべきものだと思うから。映画を通してそういう時間をみんなで共有できたら嬉しいです。

産まれる、産むということについて考える

©2023 SUNSET FILMS
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インタビューのあと、監督とそれぞれの出産話しで盛り上がりました。みんな違ってどのエピソードも愛おしい。こんな話ができるのも楽しい大切な時間です。

映画を観て出産した時のことを思い出したり、これから出産に向けて想いを巡らせてみたり。身近でありながらどこか遠くのことに感じてしまいがちな出産ですが、人は誰もが「産まれる」を経験してきているので、この機会に産まれるということについて触れてみてはいかがでしょうか。性別、年齢問わず、多くの人に観て感じてほしい作品です。

失われつつある“命の⾵景”をみつめた映画『1%の風景』


【作品概要】
あまり知られていない助産所という場所。そこでは助産師が、医療機関と連携し、妊娠、出産、産後と⼦育ての始まりまで、⼀貫して⺟⼦をサポートしています。健診のたびに顔を会わせ、お腹にふれ、何気ない会話を交わす。妊婦と助産師はささやかな時間を積み重ね、信頼関係を築き、命が⽣まれようとする“その時”をともに待ちます。
初めてのお産に挑む⼈、予定⽇を過ぎても⽣まれる気配のない⼈、⾃宅での出産を希望する⼈、コロナ禍に病院での⽴ち合い出産が叶わず転院してきた⼈。都内にある⼆つの助産所を舞台に4⼈の⼥性のお産を撮影したのは、本作が初監督作品となる吉⽥⼣⽇。第⼀⼦を病院で、第⼆⼦を助産所で出産した経験から、助産師の仕事とその世界をもっと知りたいと本作の制作を決意しました。
この映画で描かれるのは助産所や⾃宅での⾃然分娩です。しかし、⼤切なのは分娩場所や⽅法を問わず、命を産み、育てようとする⼥性のそばに信頼できる誰かがいる、ということ。近年、さまざまな理由によりお産の取り扱いをやめる助産所が増えています。社会が多様化し選択肢が広がる一方で、失われつつある“命の⾵景”をみつめた4年間の記録です。

出演:渡辺 愛(つむぎ助産所)、神⾕整⼦(みづき助産院)、菊⽥冨美⼦、飯窪 愛、⼭本宗⼦、平塚克⼦
監督・撮影・編集:吉⽥⼣⽇ 撮影:伊藤加菜⼦ ⾳楽:⾼⽥明枝 マリンバ演奏:布⾕史⼈ サウンドエデ
ィター:井上久美⼦ 製作:SUNSET FILMS 後援:公益社団法⼈⽇本助産師会 配給 宣伝:リガードこども家庭庁 こども家庭審議会 推薦

2023/⽇本/106分/DCP/ドキュメンタリー
©2023 SUNSET FILMS

【公開情報】
11⽉11⽇(⼟)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー

【詳細情報】
公式サイトは>こちら

取材・文/やまさきけいこ

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