【シングルファーザー奮闘記】その夜、娘は出ていった。思春期の娘とのすれ違い・・・父親が母親の役も両方をつとめようとしたが

妻が癌と分かってから1ヶ月で他界。突然のことで戸惑い、先が見えない状態でしたが、色んな方に支えられながら娘は順調に成長し中学生に。しかし、その頃から娘と僕の会話や一緒に行動することが少なくなっていることを感じ始めていました。
そんな時期に僕が考えていたことが原因で、娘との関係が良くない方向へ。そのことについて今回はお話させてください。

学校での出来事をあまり話してくれなくなった娘

娘は小学生の頃から勉強が好きではなく、成績もあまり良いほうではありませんでしたが、学校生活を心から楽しんでいたようで、その日の出来事を毎日のように僕に話してくれていました。夕食の時間やスーパーで一緒に買い物をしながら娘の話を聴く時間は僕の楽しみのひとつでした。

しかし、娘が中学生になって3か月ほど経った頃から、その時間は減っていきました。

僕は寂しい気持ちはありながらも「娘の思春期がとうとう来たか・・・思春期はしょうがないよな」などと考え、僕から無理に娘に話しかけるのではなく、娘が話してくれるときに話を聴く時間が少しでもあれば良い、と思うようにしていました。

母親と父親の両方の役割をしようする気持ちが空回り・・・

そうは言っても娘のことは気になるし、学校の成績や家での生活習慣などで改善して欲しいと思うところは伝えたくて仕方がない気持ちも・・・。さらに娘が思春期の時期こそ、母親がいない我が家では、僕が「母親と父親の両方の役割をしなければならない」と考え始めていました。

その役割というのは「母親は娘とたくさん話をし、改善点は細かく注意をする」「父親は普段は見守りながら、いざという時にガツンと注意し的確なアドバイスをする」といった僕の勝手な想像。でもこの時の僕は、その母親と父親の両方の役割をすることが娘のためになると思い込むように。

そう思い込んでから、僕は母親のように娘へ頻繁に話しかけたり改善して欲しい点は細かく指摘したりを始めました。

しかし、娘の対応は僕が望むのとは逆の方向で、話しかけても素っ気ない態度や無視、指摘したことには「ウザい」などと反発されるばかりで、喧嘩になることが増えていきました。僕が話しかけるだけで嫌な顔をされたり、帰宅するとすぐに部屋に閉じこもり、あからさまに僕と顔を合わせない行動をされることも。

その一方で僕も娘に対して「口だけではなく、やることやって主張しなさい」や「そんなことも出来ないのか?」などと、娘が傷つき自分に自信を持てなくなるような言葉を浴びせたこともありました。

前述の僕が想像する父親の役割「いざという時にガツンと注意する」が完全に悪い方向へ出てしまっていたのです。

未熟な親であり人間であったことを、今でも娘に本当に申し訳なく思っています。

大喧嘩で家から出ていく娘

そんなギクシャクした関係の中、娘と僕はいつも以上に大きな喧嘩をしてしまいます。

激しく口論した結果、僕は「そんなことを言うなら家から出て行け」と娘へ言ってしまいました。

今振り返ってみると、娘が出て行かないと思っているからこそ出た言葉であっただろうと思います。卑怯な親で自分のことが本当に嫌になります。

しかし、娘は夜だったにも関わらず「分かったよ。出ていくよ」と叫び、部屋のドアを蹴り外へ出て行きました。

その時に空いたドアの穴は下記の写真(笑)。

蹴破られたドア。その夜の喧嘩の激しさが・・・

夜だったこともあり娘のことは心配でしたが、僕自身の「出ていけ」という言葉を覆してしまうことが引っ掛かり、素直に行動ができないまま喧嘩のことを1時間ほど考え込んでいました。

考えた結果、僕が言い過ぎたことや感情的になったことは謝ろうと決めて娘を探しに行くことに。

そして探しに出ようとして玄関で靴を履いていると娘が帰ってきました。

子どもが親に期待することは、親の想像とは違う

「寒くなかったか?」と声を掛けると、娘は割とスッキリした顔で「走ってきたから寒くないし気持ち良かった」。

そして僕は一瞬前に決めた通り、感情的になって言い過ぎたことや口調が強くなったことを謝りました。

娘は「分かった」と答えた後、「約束を守れないことや上手く出来ないことが多いかもしれないけど、私なりに考えて行動しているつもり。だからあまりいろいろ言わないで欲しい」と泣きながら僕に伝えてくれました。

僕も「分かった。伝えてくれてありがとう」と答えて、お互いが相手に期待していることを冷静に話し合いました。

その中で、娘が僕に期待していることの一つに「アドバイスなしで単に話を聴いて欲しい」というものがありました。

たしかに僕は娘の話を聴くことよりも先に「どんなアドバイスするべきか?」をいつも考えていたのだと思います。

これもまた僕が父親の役割としてこうあるべきと想像していた「的確なアドバイスをする」が、悪い方向へ繋がり空回りしていたのでしょうね。

我が家はこの時の喧嘩がキッカケで、娘が思春期でもお互いに会話をしたり、いっしょに行動をするようになったのですが、今思うと僕の勝手な想像や空回りがなければ、娘を傷つけることなく良い関係になれたのだと思います。そもそもギクシャクとした関係になることさえなかったかもしれませんね。

僕の経験が、ここまで読んでくださった親御さんの役に立つのか分かりませんが、もし思春期のお子さんとの接し方で悩んでいる方がいましたら、自分の中の「こうあるべきだ」を手放して「お子さんが何を求めているか?」をあらためて考えてみて欲しいと思います。可能ならお子さんに直接聞いてみるのが一番良いかもしれませんね。

僕の娘も思春期がまだ終わったわけではないので、娘が僕に求めていることを娘の成長と共に見直しながら、接し方を考えて行こうと思います。もちろん僕自身が人間として成長しながら。一緒に頑張りましょう。

ここまで読んで頂きありがとうございました。すべての親子が幸せになりますように!

続きはこちら≫「周りは女親ばかり… 恥ずかしがり屋で気の小さい僕が、子ども会の役員をつとめるハメに」

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文・構成/ひまわりひであき

 ※写真は「蹴破られたドア」を除き、すべてイメージです。

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