「子どもは100人いれば100通りの言葉がある」子どもの有能性を信じる「まちの保育園」松本理寿輝さんが語る理想的な子どもの環境とは?

練馬区の住宅街に、先進的な取り組みで注目されている「まちの保育園」があります。カフェが併設されたその保育園は、地域に住む人達の憩いの場でもあるそうです。現在、六本木や代々木などに6つの園を運営する「まちの保育園・子ども園」。代表を務める松本理寿輝さんに、お話を伺いました。

連載「子どもの未来を想う人に会いに行く」Vol.8 「まちの保育園・こども園」代表 松本理寿輝さん

近年、子どもの教育において注目されている「非認知的能力」。子どもが人生を豊かにしていく上で必要な能力のことで、日々の生活や遊び、周囲との関わりの中で育まれていくものとされています。

では、子どもたちの非認知的能力を高めるためには、どんなふうに関わっていけばよいのでしょうか? そのヒントがあるのが、子どもたちの主体性を重んじる認可保育所「まちの保育園」です。

子どもは生まれながらに創造性とアイデアに満ちていて、「できない」存在ではなく「できる」存在である。子ども時代は“準備期”ではなく、人間性の土台を築く大切な時期である。そんなまなざしで子どもをとらえ、さまざまなアプローチで子どもの非認知的能力を育んでいく。そんな「まちの保育園」ならではのユニークな取り組み、保育への姿勢が、いま少しずつ広がりを見せています。

「まちの保育園・こども園」の代表を務める松本理寿輝さんに、理想とする子どもたちの保育や教育、そして子どもたちの未来について、お話を伺いました。

まちの保育園・こども園 代表 松本理寿輝(まつもと・りずき)

/1980年、東京都生まれ。一橋大学商学部商学科卒業。2003年博報堂に入社。不動産ベンチャーを経て、かねてから温めていた保育の構想の実現のため、2010年にナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立。現在、小竹向原、六本木、吉祥寺、南青山に認可保育所「まちの保育園」を、代々木上原、代々木公園に認定こども園「まちのこども園」を運営。著書に「まちの保育園を知っていますか」(小学館)」がある。

子ども社会で育った幼少期。大学時代の児童養護施設での出会いから保育の道へ

――大学時代に児童養護施設を訪れたことがきっかけで保育に興味を持ったそうですが、もともと子どもがお好きだったのでしょうか?

松本理寿輝さん(以下敬称略)僕は東京郊外のニュータウンで育ったのですが、丘陵地帯を開発した土地なので山が残っていたり、公園もたくさんあって、当時は子どもの数も多かったんです。みんなで野球をしたり、秘密基地を作ったり……子ども社会というか、子どもの文化が形成されていて、それが自分なりの良い経験として残っていたんですね。

憧れのお兄さん・お姉さんみたいな人がいたり、いわゆる反面教師的な、こんなふうにはならないようにしようと思う人もいたりして、そこには子ども同士のコミュニティがあったんです。

大学時代に児童養護施設を訪れた際、子どもと関わることが人生のテーマとしてピンときたのは、多分そういった子ども時代の文脈が自分の中にあり、子ども期の面白さや子ども期を充実させる価値を実感していたことが大きかったと思います。それで、もっと子どもを知りたい、環境を理解したいと思いました。

まちの保育園 小竹向原
まちの保育園 小竹向原。手前はカフェになっており、地域の方々で賑わう

――そしてご自身で教育や保育について学びを深め、「まちの保育園」を作るに至ったんですね。

松本:「まちの保育園」を作りたいと思ったときに、二つの思いがありました。一つは、“子どもたちの学び、育ちを地域とともに”ということ。もう一つは、園自体がまち作りの拠点、いわゆるウェルビーイングの拠点になっていけるんじゃないか、ということです。

保育園は、社会や文化を作っていく、主体の担い手としても存在するのではないかという思いがあって。子どもたちは、地域の人たちと出会って、いろいろな学びや育ちを支えてもらっていますが、地域の人たちにとっても、子どもを通じて地域社会に能動的に関わることができる。そうすると地域主体のまち作りもできるし、まさに今の言葉で言う「こどもまんなか」になっていくんじゃないかなと。

理想的な子どもの環境作りは、理想的な社会作りと一緒だと思っています。

子どもたちが自主的にルールを作っていける働きかけを

――具体的に「まちの保育園」で大切にしていることを教えてください。

松本:僕たちは「聴く」ということを大事にしています。朝の会ではみんなで円になって話をするのですが、「最近見た雲で面白かった形は何?」みたいな質問に子どもたちが一人ひとり、自分の考えやアイディアを話していくんです。聞いてもらえる環境があることで、自分の考えやアイディアには価値があるんだと思えるようになるんですね。自分の存在とか、自分が考えること・行動することに意味があるんだと思える。

例えば「なんで夕日は赤いの?」と子どもが言ったとき、科学的に正しい答えをすぐに教えるのではなく、「あなたの考えがすごく大事だから、あなたの考えを教えて」という寄り添い方をする。そうして子どもの考えを聞くと私たちもすごく発見があるし、子どもも自分の考えを話してくれるようになると感じています。

そのときに大切にしたいのが、発言したくない子の権利です。体調が優れないとか、気持ち的に今日はあんまり乗らないみたいなときに、パスするのもありなんです。そうすると、良いことをいつも言わなきゃいけない、みたいなプレッシャーがないので、子どもたちの心理的安全性が保たれて、自由な発想で発言できるようになっていく。そう信じています。

自分の考えに価値があるのだと実感したとき、次は友達や先生が言っていることを聞いてみたくなるんです。自分の話が聞いてもらえるから満足をし、自分なりに考えて探索する中で、人から別のアイディアが出てきたときに「面白いじゃん」と思える。余裕があるから人の話を聞けるんですよ。

松本理寿輝さん

――すごく良い循環が起きるんですね。

松本:はい。朝の活動では、一人ひとりの学びが最大化されやすい小さなグループに分かれて活動をします。例えば地域のギャラリーや図書館など、街に出かけていきたいグループや、園内のアトリエで制作したいグループ、園庭で虫を探究したいグループなど、それぞれのプロジェクトを深めていきます。

ときに先生が仲裁に入ってファシリテートするときもありますが、子どもたちの習慣や文化ができてくると、子ども同士が配慮し合えるようになるので、お互いの声を聞き、みんなのアイディアを合わせて何かを作ることがやりやすくなっていきます。

そして、午前中の活動が終わったあとに昼の会を行い、それぞれのグループでどんな活動をしていたかを話していく。それにより、自分たちの学びや遊びを振り返り、自分なりに価値づけとか意味づけをしていきます。

先生たちは、子どもはこう感じていたんだと理解できるし、他の子どもたちも他のグループで探究を深められていたこと、おもしろそうな遊びを共有できて、「明日はあっちに行ってみようかな」と思う。アイディアのチェーンになっていくんですよ。

――細やかに見るために保育士さんの人数も必要そうですね。

松本:園の配置基準と比較して少し余裕をもった人数配置や、環境的な工夫もしていますが、子どもたちが自主的にルールを作っていける働きかけが大切です。

ルールに従う、いわゆる順応性も必要なんですが、これからの社会の中で、自分たちにとってそのコミュニティが心地よくあるために、ルール自体を自分たちで考えていくことも大事だと思っていて。

例えば一人の子が活動にうまく入れていなかったとき、どういう配慮をお互いにし合ったらいいかを子どもたち同士で考えてもらったり、喧嘩をしているときに先生が仲裁に入るのではなく、子どもたちに相談して「どうしたらいいと思う?」と聞いたりします。

大人がすぐに入ってしまうと、子どもが考える機会を奪ってしまうんですよね。彼らはちゃんと自分たちでルールを作れる人たちなのに。

そうやって子どもたちの自助組織というか共助の集団ができあがってくると、先生がたくさんいなくても自分たちで考えて動いていけるようになりるんですね。

まちの保育園 小竹向原

――改めて子どもの可能性に気づいたことはありますか?

松本:大人は、ひまわりの花が咲いていたときに「植物のひまわり」だと概念的に理解します。しかし子どもたちは、ひまわりそのものに出会い、名前をつけ始めたり、ひまわりの横にある草が揺れているからこれは会話しているに違いない、という仮説を立てるわけです。

大人は、既に知っているものとしてこの世界を見るじゃないですか。だけど子どもといると、僕たちは本当の意味で世界のことを知っているのかなと、いま一度確認させられるというか。いつも見ていたひまわりを子どもと一緒に眺めることで、ひまわりというものが愛おしく見えてきたり、違うふうに見えてきたりする。子どもと見る世界はすごく面白いな、と思います。

ある時、子どもたちが工作でまちを作ったのですが、そのまちに何かが足りないと気づいたんです。それは、まちの「音」だと。その後、子どもたちが音作りをしたいと言ったことを保育者が受け取り、その学びのプロセスを記録してコミュニティにシェアしたんです。すると、ある保護者の方が、近くにサウンドアーティストの人がいるからと紹介してくれて。そこからサウンドアーティストの人たちと音作りの取り組みが始まったんです。

子どもたちはサウンドアーティストの方々とまちの音をサンプリングしに行き、その音をアーティストの方が画面上で見せてくれました。すると画面上に表示された音の波形を見て、子どもたちは「音に形があるの!?」と驚いたんです。そこに気付けるのも面白いなと思ったんですが、その後、子どもたちがやったことに私たちは驚かされました。

子どもたちはまちの音を、波形の絵を描くことによって表現したんです。サウンドアーティストの方は一切「こうしましょう」とは提案しておらず、子どもたちの表現を見て「プロフェッショナル領域を開拓するような、新たな気づきをもらった」と驚いていました。

まちの保育園のノート
保護者、地域の方、園に訪れる様々な人たちが子どもや教育への想いをつづる「まちのほいくノート」

自治体も巻き込んで、理想的な子どもの環境を考えていきたい

――そういった地域の方のご協力も素晴らしいですね。

松本:ほぼ毎日のように来てくださる高齢者の方もいらっしゃいます。卒園児のおじいさんなんですが、その子が在園児だった頃からずっと来てくれています。すごく寡黙な男性なんですが、子どもとの関わりが「とにかく楽しくてしょうがない」と。スライドを作って地域にいる鳥の紹介をしてくれたり、急にサメの歯を持ってきてくれたり。おじいさんによっていろんなことが子どもたちに起こるんです。

その方がなんで来てくれるのかというと、やっぱり「子どものためだから」なんですよね。地域のいろいろな施設の方が快く協力してくれるのも、子どものためだから。子どもはまちの“理由”になるんだな、とすごく感じています。

そもそも地域には、子どもに対して何かしてあげたいと思っている方が意外とたくさんいらっしゃるんです。ある意味、子どもがまちをコネクトするための理由になりやすい面もあると思うんですね。

そういう特性を生かしながら、まちの横の関係を築いていくことで、ウェルビーイングになっていく。保育園がその一助になれるんじゃないかなと感じています。

――まちの保育園が近くにもあればと思うんですが、ほかの地域でもこういう取り組みが広がっていくといいですよね。

松本:私たちは最近、自治体との共創にも取り組んでいます。例えば石川県の加賀市はすべての市立保育園でまちぐるみで創造的な保育環境にするということを行っています。自治体とコラボレーションすることで自分たちの気づきや経験をシェアし、届ける範囲を広げていけるといいなと思っています。

また、保育園と地域を繋ぐ「まちの保育園」独自の取り組みとして、コミュニティコーディネーターという役割があります。保育園だけではなく幼稚園、こども園、あるいは学校も含めて、まちづくりの担い手となりながら子どもたちの学び、育ちの環境を豊かにする人材の研究を、東京大学と進めています。

子どもたちが自主的・自発的に学びや遊びを広げていくことは、幼児教育から高等教育までを繋ぐ一つの大事なテーマになると思うんですが、自分たちなりの知見を業界的に届けていき、一緒に学び合っていきたいと思っています。

松本理寿輝さん

――公立小中学校などはまだ画一的で前時代的な部分もあると感じるので、そういう取り組みが増えてほしいですね。

松本:小学校教育で言うと、私は渋谷区の教育委員をさせていただいているのですが、今、教育改革が全体的に進み始めていると思っています。

渋谷区は午後の授業をすべて探究の時間にしました。教科の学習は午前中に集中して、午後は”シブヤ未来科”といって、地域や社会とつながり、子どもたちが自ら立てた問いから学びを深める時間を取り入れました。

また、先の加賀市は「Be the Player」を掲げた教育ビジョンが注目されています。

このように今、全国の自治体で「そろえる」から「伸ばす」教育へのシフトが徐々に広がってきていると思います。そこに私は希望を持ちながらも、子どもたちの「学び」の基盤は、保育・幼児教育にあると思うので、「学びの未来は、0歳から」として、子どもたちの環境のグランドデザインのため、仲間やコミュニティと行動していきたいと思っています。

松本理寿輝さん
「まちの保育園 小竹向原」のギャラリー前にて

その子が好きなこと、得意なことに栄養をあげ続ける

――前向きな話もあって希望が持てました。最後に、HugKum読者へメッセージをお願いします。

松本:僕たちは、「子どもたちの100の言葉」というものを大事にしています。それは100人いれば100通りの言葉があるということでもあり、その子自身の持っている言葉があるということでもあります。人は言語だけではなく、絵を描いたり、造形物を作ったり、あるいは身体的・音楽的に表現したりという非言語的なところも含めて、人とコミュニケーションしているんです。

子どもと向き合うときに、相対的に発達の指標などと比較して不安になってしまうときもありますよね。でもやっぱり子どもには100の言葉があるので、仮に言葉が遅かったとしても、別の言葉ですでに世界と対話しています。一見わかりにくくても、必ずその子のいいところが出てくる。そこを信じて待ってあげること、寄り添ってあげることが、すごく大事だと思っています。

その子が好きなこと、得意なことに栄養をあげ続ける、そういうことでいいんだと思うんです。社会的に役に立つかどうかではなく、その子が本当に好きでやりたいことを伸ばしてあげれば、それが結果として社会的に役に立つことに繋がっていくと信じています。

どんと構えて、その子自身が持つ100の言葉は何かなとアンテナを張りつつ、見守っていけるとい良いなと思います。

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取材・文/小林麻美 写真/横田 紋子 構成/HugKum編集部

今回の記事で取り組んだのはコレ!

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