欧米はウクライナへの支援疲れが見られ、ロシアも兵力や軍備力が枯渇
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、8月で2年半を迎えましたが、依然として終結への兆しが一向に見えません。ウクライナ支援においては、米国を中心に欧米内で”支援疲れ”が見られ、一時期ゼレンスキー大統領やウクライナ政府高官らは、「支援が滞れば我々は戦争に負ける」と危機感を露わにしていました。4月に米国でウクライナへの追加の軍事支援を盛り込んだ緊急予算案が通過し、支援が再開されたことでウクライナは何とか最悪の事態を回避できました。
一方、ウクライナでの攻勢を続けるロシアは、依然としてウクライナ東部を中心に支配地域を有するものの、これまでの戦闘で多くの兵力を失い、新たな動員を強化しています。また、必要な軍備品が枯渇しているため、北朝鮮からの軍事支援に頼ったりと、双方の間では一進一退の状況が続いています。
ウクライナがロシア西部クルスク州を制圧
しかし、最近戦況では大きな動きが1つ見られます。8月以降、ウクライナでは、隣接するロシア西部クルスク州への軍事侵攻を開始し、一部の地域を制圧しています。8月中旬には、ゼレンスキー大統領は1,250平方メートルを制圧したと発表しましたが、一部報道によりますと、それはロシア軍が今年上半期で新たに奪取した面積1,175平方メートルを上回る広さとなり、ウクライナ軍は2週間ほどでそれ以上のロシア領土をコントロールしたことになります。
では、なぜウクライナはロシア領クルスク州の一部を制圧したのでしょうか。これについてゼレンスキー大統領は「国境付近からのロシア軍による攻撃を防止すべく、緩衝地帯を設置するため」としていますが、他にも狙いがあると考えられます。
まず、ロシア軍の脆弱さを2つの視点で示すことです。
1つはロシア国民に対するものです。ウクライナ軍がいとも簡単にロシア領土の一部を制圧することで、プーチン大統領によるウクライナ政策が上手くいってないことを国民に印象付け、ロシア国内から反プーチンの声が広がってほしいという狙いがあります。
もう1つは、国際社会に対するものです。米国などからの支援を受けたウクライナ軍がロシア領土を制圧することで、軍事支援が機能しており、ロシア軍が十分に整備されていないことを露呈。さらなる軍事支援に漕ぎつけたいという狙いです。また、今後の停戦、戦闘終結に受けた和平案などを想定し、自らに有利な政治、軍事環境を整備しておきたいという狙いもあるでしょう。クルスク州への侵攻以前は、”ロシアがウクライナ領土を実効支配する”のみでしたが、今日では”ウクライナがロシア領土を実効支配する”という現実もあります。
ウクライナにとっては、不利な状況での戦争締結案を避けたい狙い
全体としては、まだまだロシアが実効支配する領域が広いわけですが、クルスク州の制圧はプーチン大統領を牽制する1つの手段と言えるでしょう。現在行われている米大統領選で、仮にトランプ氏が大統領に返り咲けば、ロシアが実効支配する状態での戦闘終結案に応じるよう、ゼレンスキー大統領に圧力を掛ける可能性があります。ゼレンスキー大統領としてはそういったシナリオも想定し、クルスク州の一部を制圧することで可能な限り不利な状況を避けたい狙いがあるでしょう。
この記事のPOINT
①ウクライナがロシア西部クルスク州を制圧
②ウクライナの狙いは、ロシア国民に反プーチン派が広がることや、欧米に対して更なる軍事支援に漕ぎつけることが挙げられる
③ロシアが実効支配する状態での終戦締結案を見据え、可能な限り不利な状況を避けるために行われた
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記事執筆/国際政治先生
国際政治学者として米中対立やグローバスサウスの研究に取り組む。大学で教鞭に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。