「ババ抜き」の「ババ」はジョーカーではない!
トランプゲームの「ババ抜き」って知っていますよね。この「ババ抜き」の「ババ」っていったい何だと思いますか?「ババ」ってジョーカーのことでしょ!と思っている人も多いかもしれませんね。でもほんとうはちょっと違うのです。
「ババ抜き」が日本に紹介されたのは明治時代です。明治の終わり近くになりますが、明治40年(1907年)に刊行された『世界遊戯法大全』(松浦政泰著)という本に、そのルールが紹介されています。それによりますと、「ババ抜き」は英語では「Old Maid」といい、その訳語を「お婆(ばあ)抜き」だとしています。「Old Maid」は年輩の未婚女性という意味です。この本で紹介された「お婆抜き」のルールは今とは少し違っていて、クイーンの札を一枚抜いておこなうものでした。おそらく最後にペアにならないクイーンの札が一枚残ることから、「Old Maid」といったのでしょう。
つまり『世界遊戯法大全』を見る限り、当初は「ババ(お婆)」とはジョーカーのことではなくクイーンのことだったことになります。
かつてはクイーンの札が「ババ」だった
ジョーカーを使った「ババ抜き」がいつ頃から日本で広まったのか、私はトランプの研究者ではないので詳しいことはわかりません。ただ、昭和4年(1929年)に刊行された『直感と作業の尋一の教育』(田原美栄著)という本では、「ババ抜き」の説明の中に興味深い文章があります。「はじめは単にジヨーカーを婆とし」というものです。これから、「ジョーカー」=「婆」ではなく、「ジョーカー」に「婆」としての働きを持たせると考えていたことがわかります。
いずれにしましても、これらの資料から読み取れることは、「ババ抜き」の「ババ」は、もともとジョーカーではなかったということです。
改めて整理するとこういうことになるでしょう。最初はクイーンの札を「ババ」にして52枚あるトランプの数を1枚減らして奇数にして遊んでいた。やがてそれがジョーカーを一枚加え53枚にして遊ぶようになり、このジョーカーも「ババ」と呼んだ。それにより、ジョーカーそのものが「ババ」という意味になった、と。
今の国語辞典では、「婆(ばば)」という項目にジョーカーという意味を載せ、ジョーカーを引くと「ばば」が同義語として示されています。「ジョーカー」=「婆」と見なしているわけです。
どうやら「ババ抜き」によって、ジョーカーにそうした意味が新たに付け加えられたということのようです。
記事監修
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。