「ババ抜き」の「ババ」ってなあに?なんでジョーカーが「ババ」なの?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

「ババ抜き」の「ババ」はジョーカーではない!

トランプゲームの「ババ抜き」って知っていますよね。この「ババ抜き」の「ババ」っていったい何だと思いますか?「ババ」ってジョーカーのことでしょ!と思っている人も多いかもしれませんね。でもほんとうはちょっと違うのです。

「ババ抜き」が日本に紹介されたのは明治時代です。明治の終わり近くになりますが、明治40年(1907年)に刊行された『世界遊戯法大全』(松浦政泰著)という本に、そのルールが紹介されています。それによりますと、「ババ抜き」は英語では「Old Maid」といい、その訳語を「お婆(ばあ)抜き」だとしています。「Old Maid」は年輩の未婚女性という意味です。この本で紹介された「お婆抜き」のルールは今とは少し違っていて、クイーンの札を一枚抜いておこなうものでした。おそらく最後にペアにならないクイーンの札が一枚残ることから、「Old Maid」といったのでしょう。

つまり『世界遊戯法大全』を見る限り、当初は「ババ(お婆)」とはジョーカーのことではなくクイーンのことだったことになります。

かつてはクイーンの札が「ババ」だった

ジョーカーを使った「ババ抜き」がいつ頃から日本で広まったのか、私はトランプの研究者ではないので詳しいことはわかりません。ただ、昭和4年(1929年)に刊行された『直感と作業の尋一の教育』(田原美栄著)という本では、「ババ抜き」の説明の中に興味深い文章があります。「はじめは単にジヨーカーを婆とし」というものです。これから、「ジョーカー」=「婆」ではなく、「ジョーカー」に「婆」としての働きを持たせると考えていたことがわかります。

いずれにしましても、これらの資料から読み取れることは、「ババ抜き」の「ババ」は、もともとジョーカーではなかったということです。

改めて整理するとこういうことになるでしょう。最初はクイーンの札を「ババ」にして52枚あるトランプの数を1枚減らして奇数にして遊んでいた。やがてそれがジョーカーを一枚加え53枚にして遊ぶようになり、このジョーカーも「ババ」と呼んだ。それにより、ジョーカーそのものが「ババ」という意味になった、と。

今の国語辞典では、「婆(ばば)」という項目にジョーカーという意味を載せ、ジョーカーを引くと「ばば」が同義語として示されています。「ジョーカー」=「婆」と見なしているわけです。

どうやら「ババ抜き」によって、ジョーカーにそうした意味が新たに付け加えられたということのようです。

記事監修

神永 暁|辞書編集者、エッセイスト

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

編集部おすすめ

関連記事