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歯周病菌が、心臓の血管に潜んでいる!?
歯周病は文字通り、歯の周りの病気で、歯の周囲にある歯ぐき(歯肉)、歯を支える骨(歯槽骨)等の歯周組織が、歯周ポケットに存在する歯周病菌の毒素などによって起きた炎症により破壊される病気です。
歯周病は40歳以上の実に80%もの人が罹患する、いわば「国民病」であり、歯を失う最大の原因は虫歯を凌いで歯周病です。
この歯周病を引き起こす歯周病菌が歯周ポケットから血液中に侵入し、血液循環で全身を巡ることが明らかにされています。
2005年に東京歯科大学の研究グループと心臓外科センターが共同研究で報告した内容によると、心臓の周りを覆っている冠状動脈の動脈壁プラーク(血管内壁に付着したコブ、動脈硬化の一因)から歯周病の主要原因菌であるポルフィロモナス・ジンジヴァリス(Pg菌)を含む、数種類の細菌のDNAが検出されました(図1)。
これは、歯周ポケットの細菌が血液中に入り込んで血管内壁にバイオフィルムという菌を含む塊を形成し、動脈硬化の誘因になっている可能性を示唆しています。
歯周病の人は、心筋梗塞になりやすい?
心筋梗塞は、心臓を覆う血管が動脈硬化などにより詰まって組織が壊死し、心臓が機能不全になった状態をいい、死に至ることもある重篤な疾患です。
2014年に東京大学の研究グループが報告した内容によると、歯周病の有無と心筋梗塞の発症との関連について5年間にわたる追跡調査を行いました。
この研究では、36~59歳の男性3081人を対象として、歯肉出血・歯のぐらつき・口臭の3項目について有無を尋ね、「なし」が0点、「3項目ともあり」が3点として歯周病スコア0~3点で評価し、点数が高いほど歯周病が強く疑われるとしました。
その結果、5年間の観察期間中に心筋梗塞を発症した人の割合は、歯周病スコア0の人からの発症率が0.1%と低率であったのに対し、スコア3の人からは3.0%となり、スコアの上昇とともに心筋梗塞の発症率も増加することが明らかになりました(図2)。
また、歯の喪失が5本以上あった人はそうでない人と比較して、心筋梗塞の発症率が約2.5倍も高くなりました。
歯を失う最大の原因は歯周病ですので、心筋梗塞との関係の深さが改めて示唆されました。
歯磨き回数が少ないと、心血管疾患のリスクが上がる?
2010年にロンドン大学の研究グループが報告した内容によると、スコットランドに居住する一般家庭の男女11869人(平均年齢50歳)を対象として、歯磨き回数と心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、心不全など)の発症との関連性について、およそ8年間にわたる追跡調査を実施しました。
その結果、1日の歯磨き回数が1回未満の人は、2回の人に比べて約1.7倍も心血管疾患になるリスクが高いことが明らかになりました(図3)。
この研究では、生活習慣病である高血圧症による心血管疾患の発症リスクが約1.7倍、糖尿病では約1.9倍になっていたことから、歯磨きをしない習慣は心血管疾患の発症リスクに対し、生活習慣病に匹敵する高いリスクを抱えていることも報告しました。
では、不十分な歯磨きはどうして心臓病の危険度を増加させるのでしょうか?
歯磨きと生活習慣病、心臓病の関係性
不十分な歯磨き、つまり口腔清掃状態が悪いと虫歯や歯周病になり、菌が全身を巡るリスクが上がるとともに、歯を失う傾向にあるという一連の流れが認められます。
歯の数が少なくなると食事をしにくくなり、食べることができるものに制限が出て偏食傾向になるため、栄養バランスも乱れやすくなります。
その結果、高血圧症や糖尿病といった生活習慣病に罹患するリスクが上がりますが、高血圧症で高い血圧になったり、糖尿病で内臓脂肪が増加したりすると心臓に過度の負担を与え、心臓病を引き起こす可能性を上昇させます。
ですから、健康な歯を保ち、生活習慣病を予防することが心臓を守るためには大切なのです。
ただ、生活習慣病と言えば中高年以降の話ですから、子どもの心臓にはあまり関係がないのでは?と思われるかもしれません。
しかし、子どもでも気を付けたい歯と心臓病との関係がありますので、紹介しましょう。
子どもでも気を付けたい感染性心内膜炎
感染性心内膜炎(IE)とは、心臓の中で血液の流れが悪いところなどに菌のかたまりができ、血液の逆流を防ぐ弁などが破壊されたりする病気で、重症化すれば命に関わることもあります。細菌が主な原因になることから、細菌性心内膜炎と呼ばれることもあります。
子どもでも先天的に(生まれつき)心臓疾患(最も多い心室中隔欠損症や心房中隔欠損症、ファロー四徴症など)があるような場合は発症リスクが高まるため、特に注意が必要です。
生まれた時に心臓に何らかの異常がある人は日本では100人に1人いるとされますが、日本の多施設で行われた調査によると、小児期感染性心内膜炎は先天性心臓疾患で入院している患者の約0.71%で発症したという統計結果が出ています。
このように決して多くはない疾患ですが、症状の特徴として、咳やくしゃみなどの風邪の症状がないにも関わらず38℃以上の高熱が続き、抗菌薬や解熱剤で一時的に下がっても薬が切れると再燃し、高熱を繰り返します。また、多くの場合、倦怠感や食思不振といった症状も現れます。
ここで特に注目したいのは、血液の中に菌が入るきっかけとして最も多いのが、虫歯や歯周病などに対する歯科治療だと言われていることです。
歯科治療で血が出る処置(抜歯や歯肉切開、歯石除去など)をすると、血液の中に口の中の菌が侵入してしまうことがあるのです(菌血症といいます)。また、歯ぐきに炎症があって、歯磨きで出血を伴う場合も菌血症のリスクがありますので、注意が必要です。
心臓の障害がすでに判明している場合は担当医から事前に注意喚起されていると思いますが、それ以外のケースでも異常な高熱が続くなどの症状があれば、速やかに内科や小児科で診てもらいましょう。
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以上より、大切な心臓を守るためにも、毎日の歯磨きで口の中を清潔に保つようにしてくださいね。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査.
・日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康.2015.
・Ishihara K, Okuda K et al: Detection of periodontopathic anaerobes in cardiovascular disease. J Clin Microbiol 42: 1313-1315,2004.
・Noguchi S et al: Five-year follow-up study of the association between periodontal disease and myocardial infarction among Japanese male workers: My Health Up Study. Journal of Public Health(2014年10月7日
オンライン版).
・Cesar de Oliveira et al: Toothbrushing, inflammation, and risk of cardiovascular disease: results from Scottish Health Survey. BMJ, 2010.
・日本小児循環器学会:感染性心内膜炎,2022.
・Niwa K et al: Survey of prophylaxis and management of infective endocarditis in patients with congenital heart disease- Japanese nationwide survey- . Circ J 67: 585-591, 2003.