笑いと健康には密接な関係がある
「笑いは百薬の長」と言われるように、笑いやユーモアが全身的な健康にとって効果的であることは古くから知られています。
2020年に山形大学医学部のグループが報告した研究では、40歳以上の約17000人の健診データを分析し、ほとんど笑わない人はよく笑う人に比べて死亡率が約2倍高く、脳卒中など心血管疾患の発症率も統計学的に有意に高くなることを明らかにしました。
近年は世界中でさまざまな角度から研究が進んでおり、笑いがストレスを軽減して全身的な免疫力を高めたり、自律神経のバランスを整えたりするという科学的メカニズムが明らかにされてきています。
それに伴い、健康維持や増進のために日々の生活の中で笑いを取り入れる取り組みも各地で行われています。
笑いと歯の関係
では、口の健康に対する笑いの効果はあるのでしょうか?
そもそも笑いと口は密接な関係にあり、“白い歯がこぼれる笑顔”という表現があるように、キレイな歯は笑顔をより引き立てる大きな役割を果たします。
しかし、特に前歯に黒い虫歯や歯の欠損があると見た目に悪影響が出るため、人前で口を開けて笑えなかったり、会話やコミュニケーションに支障をきたしたりします。
ですから、気兼ねなく楽しく笑うためには健康的な歯は重要なのですが、では逆に、笑うことが歯にとってプラスになることはあるのでしょうか?
2021年に福島県立医科大学のグループが報告した研究によると、約24000名の高齢者を対象に、笑いの頻度と歯の数との関連性を調べました。
その結果、普段声を出して笑うことが「ほとんどない」人に比べて「ほぼ毎日笑う」人は、歯が0本になるリスクが低いことが明らかになりました(図1)。
つまり、日常生活でよく笑うと歯を長持ちさせる効果があることが示唆されたのです。
では、どうして笑いが歯の寿命を延ばすことにつながるのか、別の具体的な研究結果から考察してみましょう。
笑わないと虫歯や歯周病になりやすい?
2013年に大阪大学、福島県立医科大学などの研究グループが報告した内容によると、秋田県および大阪府の健診を受診した4780名(男女、平均年齢59歳)を対象として、日常生活における声を出して笑う頻度と糖尿病の有病率の関連を調べました。
その結果、毎日声を出して笑う人に比べて月1~3回、もしくはほとんど笑っていない人は約1.5倍、糖尿病の有病率が高くなりました(図2)。
糖尿病では唾液分泌が減少するだけでなく、唾液の糖レベルが上昇して虫歯になりやすくなります。しかも、免疫力の低下や創傷治癒(傷んだ組織を修復すること)の遅延などにより歯周病になりやすく、悪化しやすいことも知られています。
つまり、笑わない→糖尿病になりやすい→虫歯や歯周病になりやすい→歯を失う→さらに笑わない…という悪循環が生じる可能性が推察されるのです。
ですから、虫歯や歯周病のリスクを上げる糖尿病を防ぐためにも、日頃から笑う習慣を実践したいですね。
笑うと唾液の免疫力や口周りの筋力がアップ
2002年に早稲田大学のグループが報告した研究では、94人の講演参加者に対して落語を鑑賞してもらい、その前後において唾液で免疫の役割を担う分泌型免疫グロブリンA(以下、s-IgA)の濃度などについて比較・検討しました。
その結果、落語を鑑賞した後では前に比べ、s-IgAの濃度だけでなく分泌率も有意に上昇することが明らかになりました。
つまり、面白い落語で笑うことによって口腔内の細菌やウイルスなどの外敵に対して働く免疫力が高まるため、細菌感染症である虫歯や歯周病の予防に笑うことが有効であることが示唆されたのです。
ところで、笑うという顔の動作は表情筋という表情を司る筋肉を存分に活動させ、口唇や頬など口周りの筋肉を鍛えます。
口周囲の筋肉が強くなれば口唇を閉じる力が強まり、話す、食べる、嚥下する(えんげ、飲み込むこと)といった口周辺の機能を正常に作用させることにつながります。
ですから、笑いは口腔二大疾患である虫歯・歯周病の予防だけでなく、口が正しく働くためにもとても重要なものなのです。
思わず笑ってしまう?「笑気麻酔」
もう一つ、歯科と関連深い“笑”で忘れてはいけないトピックスがあります。
皆さんは「笑気」という面白い名前のガスをご存じでしょうか。
その名前の通り、吸うと気持ちが良くなって思わず笑顔になってしまうことから名付けられたそうですが、このガスを使用した麻酔鎮静法が歯科治療に恐怖心のある子どもなどに効果的だとして、一部の歯科医院で利用されています。
この「笑気麻酔鎮静法」は、麻酔とは言っても注射するのではなく、マスクを鼻の上にのせて笑気ガスを吸い込むだけなので、子どもに対する負担がほとんどありません。鎮静法ですので痛みが全くなくなるわけではないですが、痛みを和らげることが可能です。
笑気の成分は亜酸化窒素(N2O)ですが、これを吸い込むことで緊張や恐怖心が和らぎ、心身の負担を軽減してリラックスした状態で治療を受けることができます。
笑気の安全性や注意点
吸入する成分は酸素に30%以下の低濃度の笑気ガスを混入したもので、速やかに体外に排出されるため、副作用はほとんどなく処置後の回復が早いのも特徴です。そのため、子どもからお年寄りまで高い安全性で使うことができます。
日本でも100年以上の歯科での利用の歴史があり、眼科の手術などでも用いられることがあります。また、全身麻酔では完全に意識を消失しますが、笑気麻酔では意識を保ったままリラックスできるという利点もあります。
その一方で、設備がある歯科医院が多くないため事前にあるかどうかを確認する必要があることや、アレルギー性鼻炎、鼻詰まり等で鼻呼吸が困難な人には不向きなどの欠点があります。
また、アメリカやイギリスの小児歯科ガイドラインでビタミンB12欠乏がある人に対しての使用に副作用の注意がなされるなど、慎重に用いる必要がある場合もあります。
簡便で有効性が高い方法ですが、使用する際は歯科医師から十分な説明を受け、しっかり理解・同意をした上で効果的に活用しましょう。
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以上より、健康な歯を保つために普段から笑う習慣を持つように意識しつつ、もし虫歯になっても笑気ガスを有効に活用するなど、ストレスのない治療を受けるようにしたいですね。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・Sakurada K et al: Association of frequency of laughter with risk of all-cause mortality and cardiovascular disease incidence in a general population: findings from the Yamagata Study. J Epidemiol.
188-193, 2020.
・Hirosaki M, Kondo K et al: Association between frequency of laughter and oral health among community-dwelling older adults: a population-based cross-sectional study in Japan. Quality of Life Research. 2021.
・大平哲也:笑いとメタボリックシンドローム.Medical View Point34:4-5,2013.
・平田麗ほか:唾液中の分泌型免疫グロブリンA(s-IgA)に及ぼす笑いの効果.ストレス科学研究17;105-107,2002.
・青未空ほか:亜酸化窒素(笑気)とビタミンB12.ビタミン96.525-528,2022.