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口と腸が密接に関連する「口腸連関」とは?
私たちの臓器は神経系や内分泌系(ホルモンなど)を介して情報のやり取りをし、お互いに影響を及ぼしながら体の恒常性を維持しています。そのような中で近年注目を集めているのが口と腸の深い関連性で、「口腸連関(こうちょうれんかん)」といった言葉も学術的にすでに使われています。
口も腸も消化管の一部ですが、消化管は口から咽頭、食道、胃を経て腸へとつながる1つの管です。しかし、入口にある口と出口に近い腸が深く関わるとは、どういうことなのでしょうか?
簡潔に言えば、口と腸は物理的だけでなく、細菌的にもつながっているということです。
つまり、口や腸には個人差はあるものの数百種類、あるいは1千種類を超える細菌が住み着いて「細菌叢(さいきんそう:フローラとも言う)」を形成していますが、これらの菌が消化管や血管を通して移行することが明らかになってきたのです。
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口と腸の関連性の認知度はどれくらい?
2023年に日本で報告された研究報告では、50歳以上の男女約1000人を対象に、口や腸の環境に対する意識などについて、アンケート形式でインターネット調査が実施されました。
その結果、口内の細菌が腸に流れ込んで腸内環境を変化させていることを「知っている」と答えた人は、3割にも満たないことが明らかになりました(図1)。
つまり、口と腸、両者の関係は、まだあまり知られていないのが現状であることが判明したのです。
では、口と腸との深いつながりを示す具体的な研究報告を見ていきましょう。
口の菌が、消化管経由で腸へ移動する
以前は、口の中の細菌は胃の酸や消化酵素による殺菌作用を受けるために、生きたまま腸に到着して定着するのは難しいと考えられてきました。しかし近年の研究により、多くの口内細菌が腸内に定着することを裏付ける結果が出てきています。
2019年にドイツの研究グループが報告した内容によると、5ヶ国から集められた470人から唾液と便のサンプルを採取し、310種類の細菌についてDNA解析などを実施しました。
その結果、口腔細菌叢における約64%の細菌が腸内環境へ移行できることが明らかになりました。つまり、口の中の細菌が消化管を経由して腸に到達し、定着していることが示唆されたのです。
口の菌が、血管経由で腸へ移動する
Fusobacteriumは口腔環境では歯周炎の起炎菌(炎症を起こす菌)として、古くから知られています。
2020年にイスラエルの研究グループが報告した内容によれば、マウスを使用した実験においてF.nucleatum(Fusobacteriumの一種)という細菌を経口摂取あるいは静脈注射にて与え、菌がどのように移行するかを調べました。
その結果、大腸にできた腫瘍から同菌が検出されましたが、口と腸、それぞれから検出された菌のDNA解析を行った結果、遺伝子ゲノムの類似度の比較によって、ほぼ100%同一の菌株であることが示されました。
つまり、口の中の菌は消化管経由だけでなく、血管を流れる血液を介しても腸管へ移行し、定着する可能性が示唆されたのです。
この研究では、Fusobacteriumが大腸の腫瘍から検出されましたが、歯周病菌の代表格であるP.gingivalisは腸内細菌叢のアンバランス(dysbiosis)を引き起こし、身体の免疫系などへの悪影響を及ぼす可能性も示唆されています。
このように口の中の細菌が腸の病気と関連することが明らかになってきていますので、さらに詳しく見ていきましょう
口の菌が、大腸がんの原因になる!?
口内細菌であるFusobacteriumが大腸の腫瘍に関連することは先述しましたが、その他の口内細菌も腫瘍(がん)に関与していることが明らかにされています。
2021年に鹿児島大学と大阪大学微生物病研究所の共同研究グループが報告した内容によると、大腸がん患者と健康な人から唾液と便のサンプルを採取し、遺伝子レベルでの細菌叢の解析を行いました。
その結果、大腸がん患者の唾液・便のサンプルのいずれにも共通して存在する特異的な口内細菌が4種類(S.anginosusなど)存在することを発見しました。
この結果から、唾液に含まれる細菌を検査をすることによって、大腸がんの発見や将来的にがんになるリスクを検知することが今後可能になるかもしれない、と同グループは報告しています。
唾液の採取は採血と違って、痛みも伴わない簡便な方法で対応できますので、唾液によるがん検査の研究が進むことに期待したいですね。
子どもの頃から歯磨きを意識した腸活が大切
「腸活」という言葉があるように、健康や美容のために腸内環境を整えることを意識している方もいるでしょう。
これまでの内容から、腸の健康のためには口の中の細菌環境を整えることが不可欠であると言えると思いますが、良質な口内環境を維持する基本は、やはり歯磨き(口腔ケア)であることは言うまでもありません。
私たちの腸内環境は3歳までにある程度決まるという報告もあるため、子どもの頃から歯磨きを意識した腸活が大切なのです。
2016年に日本トイレ研究所が報告した内容によると、小学生の子を持つ保護者621名に対して、親と子の便秘に関する意識調査をインターネットで行いました。
その結果、保護者が便秘傾向にある子どもはそうでない子どもに比べて、約3倍も便秘傾向にあることが判明しました(図2)。
この結果は、親の腸内環境が子どもに反映されることを表しており、子どもの腸活には家庭の食生活や歯磨き環境の整備なども大切であると言えるでしょう。
一方、歯でしっかり咀嚼すると口から脳へ感覚情報が伝わり、胃や腸などの消化管の運動が活発になります。消化管が良好に動けば、飲食物の消化・吸収が促進されるだけでなくスムーズなお通じにもつながり、腸内環境も整いやすくなります。また、健康的な腸は身体の免疫力(抵抗力)もアップさせます。
ですから、口の中の細菌が腸へ移行しないように、念入りな歯磨きで日頃から口の中を清潔に保つとともに、健康な歯でしっかり噛んで消化管を十分に動かし、腸内環境を整えることが重要なのです。
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以上より、冬の風邪にかかりやすいこの季節、良好な腸活で免疫力をアップして元気に過ごすためにも、毎日の丁寧な歯磨きを心掛けたいですね。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・癒合会:「腸内環境と口腔内環境への意識」に関する調査.2023.
・Schmidt TS et al: Extensive transmission of microbes along the gastrointestinal tract. Elife, 2019.
・Abed J et al: Colon Cancer-Associated Fusobacterium nucleatum May Originate From the Oral Cavity and Reach Colon Tumors via the Circulatory System. Front Cell Infect Microbiol, 2020.
・Uchino Y et al: Colorectal Cancer Patients Have Four Specific Bacterial Species in Oral and Gut Microbiota in Common-A Metagenomic Comparison with Healthy Subjects. Cancers, 2021.
・日本トイレ研究所:親と子の便秘に関する意識調査.2016.