お話を聞いたのは、瀬咲ナルミさん。東京の大学を卒業後、地元の九州の大手鉄道会社にUターン就職。現場で車掌も経験しながら、本社では激務の中、不妊治療の末に出産を経験。その後、仕事と家庭の両立に悩んだ末、退職を決断し、現在は福岡で女性のキャリア支援を行う会社を起業しています。
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夫婦それぞれの仕事と家庭の考え方
マイホームを建てた頃から夫も家事・育児に協力的に
相坂 瀬咲さんのパートナーも、九州出身ですか?
瀬咲 はい、九州で、地元も同じです。
相坂 私のイメージでは、九州の男性って「俺についてこい」というタイプで、女性には一歩下がって支えて欲しいという考えの人が多いとも聞いたことがあるのですが、実際には、共働きで家事育児を行う中で、旦那さんとはどんな感じですか?
瀬咲 うちは基本、子育ては私がやっているんですけど、とても協力的だと思います。基本的には、私が保育園のお迎え、夕飯、お風呂、寝かしつけをしています。夫は、合間合間で娘の髪を乾かしたり、歯磨きをしたり、あとは、食器洗いやキッチン周りの掃除、ゴミ出しなどの家事をやってくれています。
相坂 結婚当初から協力的な旦那さんだったんですか?
瀬咲 いえ、そんなこともなかった気がするのですが、家を建てた頃から、自分の家だからと言うこともあって、家の事をちゃんとしたいという気持ちがより強くなったみたいです(笑)
相坂 たしかに、マイホームをきっかけに意識が変わるというのは納得です!
夫婦関係に収入面のバランスは影響する?

相坂 家事育児に関して協力的な旦那さんだと思いますが、瀬咲さんが会社を辞めるときは賛成でしたか?
瀬咲 反対はしなかったのですが、でも会社員を続けてほしかったみたいです。収入面で、周りからも2馬力がいいよと聞いていたみたいなので、世帯収入が減ることへの懸念はあったと思います。だから、私がハードに働いている時も「女性なのになんでそんなに働くの?」とか「家にいて欲しい」と言われたことはなかったです。
相坂 なるほど。普段から、お互いの仕事の話とか将来の話はしますか? 瀬咲さんが会社を辞めて、起業することにはどんな意見でしたか?
瀬咲 今は、主人の収入に頼っている部分もあり、主人は私の活動に対して「先行投資だ」って言っています。将来、私が今よりも稼ぐようになったら、半分冗談で「専業主夫になる」って言っています(笑)。そこまで夫婦で長期的な話はしていませんが、直近で、私の活動をシェアするようにしています。
相坂 もし瀬咲さんの方が収入が上がってきたら、夫婦関係に変化はありそうですか? プライドが高い男性だと、自分より稼ぐ女性はちょっと嫌みたいな話も聞くので…。
瀬咲 そこは、恐らくないかなと思いますね。ただ収入面ではなく、忙しさという点で、もし私の方が忙しくなってきて、家庭がないがしろにされたと感じることがあれば、たぶん不満が出るタイプだと思います。短期的な忙しさは理解があっても、仕事優先のスタンスになると、ちょっと危ないかもしれません。
相坂 確かに、お金より時間の方が、ご家族の生活に影響が出そうですよね。
瀬咲 まさにそうです! でも、普段から主人には「私が幸せなら家族も幸せになる」と言い聞かせています(笑)。
相坂 その言葉、いいですね。言い聞かせも大事です!
アップデートされていない? 地方での子育ての価値観

相坂 瀬咲さんの周りにいらっしゃる方たちも、パートナーとは対等な関係を築いていますか?
瀬咲 大学以降の友人たちは、似たような環境や価値観なので、その友人たちも似たような夫婦対等なパートナーシップを築いている印象があります。
中高など地元の人になると、結婚して専業主婦になる人もいるし、働いている場合は、資格職や専門職の友人が多く、パートナーの協力が得られないケースでは、近隣に住む両親の手厚いサポートを受けている感じがします。
相坂 実家の両親の協力は、地元ならではの利点ですね。ちなみに、3歳児神話や「幼い子どもを保育園に預けて働くなんてかわいそう」という考えの人もいますが、実際に言われたことはありますか?
瀬咲 あります!「もう預けて働くの?」みたいな。地方だと、保育園より幼稚園がいいよねという感覚もまだあります。会社の上司にも「もう預けて復帰したの? もっと休んだらいいのに」と言われたことも。上司としては、気遣いの言葉だったのかもしれないですが。上司の奥さんはずっと専業主婦で育児をしてきた人なので、上司の感覚では復帰が早すぎると思ったのかもしれません。
相坂 社内の価値観としても、そういう傾向が強かったですか? 例えば、育休復帰した社員は、軽度な業務やバックオフィスに配置して、いわゆるマミートラックになる感じでしたか?
瀬咲 私の勤めていた会社は、基本的には元いた部署に戻ることができました。産前と業務内容も変わらず、業務量も変わらずなので、やりがいがなくなったというよりは、両立に疲弊しているケースの方が多かったです。
相坂 では、社内でのキャリアアップの視点からも、産休育休を取得したからといって、出世に遅れが出るということもなかった?
瀬咲 そうですね、産休育休を取得してもあまり差は出ていなかったと思います。なので、男女差もあまり感じたことがなかったです。
世間体や親の価値観を受けやすい地方の女性のキャリア観
「仕事は安定感優先」「住まいは親の近く」という価値観が根強い
相坂 地方で働く女性は、どんな方が多くて、どんなキャリア観をお持ちの方が多いですか?
瀬咲 首都圏に比べて仕事の選択肢が少ないこともあるせいか、目の前の仕事や育児を必死に一生懸命頑張っている人が多いと思います。両立に悩んで本当は働き方を変えたいなと思っても、なかなか考える余裕がない方が多いんじゃないかなと思います。
それに加えて、無意識的だったとしても、世間体や親の価値観に影響を受けている人が多いと思います。地方だと、やはりまだ結婚するのが当たり前で、早く結婚しないといけないという古い考えがいまだにあります。そして、仕事は親が喜ぶところに勤める。公務員や学校の先生、銀行、専門職で、会社名や職種で安心感のあるところに勤めるべきっていう…。そして、親の近隣に住むことも重視されます。良くも悪くも、親の価値観の影響を受けやすいです。
地方の女性は働き方にもっと自由に描いていい
相坂 地方だと誰が聞いても分かる会社で勤めてほしいという親の願いが都心よりも強そうですね…。地方で働く女性たちは、どこか窮屈な思いをしていると思うのですが、瀬咲さんは地方で働く方にどんなキャリアの道を歩んでほしいですか?
瀬咲 私も経験したから分かるのですが、いざ転職しよう、働き方を変えようと思っても、希望に合う転職先も働き方を変える選択肢も少ないことに気づくと思います。そこで諦めたら変えられません。だから、枠にとらわれずに、もっと自由にキャリアを描いて自分の中で選択肢を増やして欲しいと思います。今だとフルリモートで働ける会社もあるし、フルリモートであれば別に地元の企業にこだわる必要はありません。
どうしても雇われる働き方だと、自分の理想の働き方を叶えてくれる会社はそうそうないと思います。私も過去に転職エージェントに相談したとき、「週3回、1日4時間で働きたいです」って言ったのですが「ないです」とハッキリ言われました。
ないなら自分で作ったらいいかなと思い、起業に踏み切りました。だから、地方で選択肢が少ないからこそ、自分でやりたい仕事を見つけ、働く場所を作るということも必要だと思いますし、もっと親の価値観や世間体から解放されていいということは強く伝えていきたいと思います。
でも、なかなか一人で解決するのも難しいと思うので、そういうときはキャリアの相談ができる相手を見つけて、対話の中からベストな答えを見つけるのがいいのではないかと思います。
地方都市にも働き方や仕事の選択肢を増やしたい
相坂 素敵な想いですね。最後に、地方都市での女性のキャリア形成については、今後どうなっていってほしいですか?
瀬咲 まずは、地方都市にも働き方や仕事の選択肢を増やしたいです。
そして、もし今の働き方やキャリアに悩んでいる方がいたら、世間体や価値観に縛られていたことに気づき、現時点でのやりたいことを仮でもいいので、どんどんチャレンジして欲しいと思います。
行動してみると、今まで気にしていた世間の目や親の目も、自分の思い込みだったということもあるかもしれません。働き方も考え方ももっと自由になる方が増えるといいなと思います。
相坂 私も地方出身なので、地方都市の選択肢の少なさはすごく分かります。瀬咲さんのように自分のやりたいことや理想の働き方を目指して、一歩踏み出す力と勇気をみなさんにもぜひ持っていただきたいなと思います。
キャリア相談は働き方に悩む人への突破口になる
潮咲さんとの対談の中でもあったように、地方都市は、都心と比較して人との距離が近い分、周りの目が気になり、なかなか身動きがとりづらいところがあります。キャリアにおいても、本当はもっと違う仕事や働き方がしたいのに価値観に縛られて、惰性で働いている方も多いかもしれません。
そんな方たちのキャリアの突破口として、もっと自由にキャリアを描くための一歩を踏み出すサポートをしている瀬咲さんの活動は、今後もっと必要とされるのではないかと思いました。地方都市で、子どもを育てながら自分らしいキャリアとビジネスを築く瀬咲さんの姿が、きっと理想のロールモデルの一つになるのではないかと思います。(相坂サオリ)
対談の前編はこちら


1993年生まれ、熊本県出身、起業家。大学卒業後、大手鉄道会社で営業・運輸・財務などの業務を経験。結婚後、3年間の不妊治療を経て出産。育休復職後、仕事と子育ての両立に悩み「働き方を変えたい」と退職、起業を決意。 現在は、女性のキャリアや働き方に関する相談を受けるほか、企業向けのセミナーを実施、「在宅起業」を目指す女性のためのマンツーマンサポートサービスを展開。個人のライフスタイルに合った働き方を提案。現在は2歳の娘の育児を楽しみながら、自由でやりがいのある仕事を確立。 サポートを通じて、真面目で頑張り屋な女性が輝きながら自分らしく働ける社会の実現を目指す。

株式会社LASSIC代表取締役CEO。主に法人向けにマーケティングPR支援事業と個人向けにキャリアデザイン事業を展開し、自身も国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得。大手広告代理店勤務を経て、33歳で起業。自身が不妊治療と仕事の両立で悩んだ経験や“キャリア迷子”を経て独立した経験から、ワーママや女性のキャリア支援に尽力。会社設立から3か月後、第一子出産。現在は3歳&0歳の娘の子育てと起業に奮闘中。
取材・文/相坂サオリ