谷川俊太郎さんは「赤ちゃん絵本」のお父さんだった。『もこもこもこ』が150万部のロングセラーになったワケ

昨年11月、92歳で亡くなられた詩人の谷川俊太郎さん。谷川さんほどその名が広く深く人々に知られた戦後の詩人は、他にいらっしゃらないことでしょう。絵本作家としても子どもたちに長年読み継がれているロングセラーを生み出されています。読書アドバイザーで、図書館司書として絵本にも詳しい児玉ひろ美さんに、子どもたち愛されてきた作品の魅力を教えていただきました。

哲学者・谷川徹三の長男として生まれた谷川さんは16歳から詩を書き始め、処女詩集『二十億光年の孤独』(1952年・東京創元社)を20代初めに発表。広い宇宙に生きる人間の孤独を、シンプルで歯切れのよい言葉で表現し、世に鮮烈な印象を放ちました。この詩は2021年に『にじゅうおくこうねんのこどく』(絵:塚本やすし・小学館)として絵本化され、70年以上経て今なお、「ネリリし キルルし ハララして」と、軽やかに子どもたちの間で読み継がれています。

谷川さんの詩を通し、子どもたちはたくさんの《言葉のおもしろさ》に出会ってきました。

大人の「無意味な絵本」という評価を子どもが覆した画期的な絵本『もこもこもこ』

『もこもこもこ』たにかわしゅんたろう/作 もとながさだまさ/絵(文研出版)

『ことばあそびうた』(1973年・絵:瀬川康男・福音館書店)の「かっぱ」や「いるか」などは、皆さんの記憶にもあることでしょう。そして、谷川さんの《言葉のおもしろさ》といえば、なんといってもオノマトペと抽象絵画だけで構成される不思議な絵本『もこもこもこ』(1977年・絵:元永定正・文研出版)です。

この絵本を読むだけで、まだ言葉を操れないような赤ちゃんを相手に、おしゃべりが楽しめるから不思議です。でもこの絵本、最初は親や園の先生方からは「こんな無意味な絵本」と言われ、全く売れなかったそうです、ところが、子どもたちがあまりにも喜ぶので、その反応が大人たちの「無意味な絵本」に対する評価を変えてきたようです。

私が勤務している図書館では、定期的に来館されていた支援学級の児童さんたちの一番人気の場所が、車や動物の本棚ではなく『もこもこもこ』のある棚でした。こうした幅広い読者層に支持され、最初は「無意味」と評された作品が、45年を超える超ロングセラー絵本となりました。また、2023年春には150万部突破記念にミニブックが出版され、小さなお子さんとのお出かけ絵本として再購入をする方も多いようです。

生み出した絵本は300冊以上。「赤ちゃん絵本」のパイオニア

詩人として数多くの作品を発表されている谷川さんですが、実は絵本も300冊を超える作品が出版されています。なかでも、赤ちゃんが夢中になる絵本を、まだ「赤ちゃん絵本」という言葉が定着する以前の2000年代初めから数多く出版。いわば、「赤ちゃん絵本のお父さん」のような存在です。

2003年からは時代を象徴するアーティストと組み、時には詩から、時には絵からと、互いに刺激を受けながら生まれた「谷川俊太郎の「赤ちゃんから絵本」シリーズ」(クレヨンハウス)として、計16冊が出版されました。谷川さんらしい独特のオノマトペを中心とした言葉と絵の世界を楽しめます。

「自分の中の子ども」が絵本の創作の元だった。大人が絵本を子どもに読むことは声を通したスキンシップ

絵本について、谷川さんがある講演(NPOブックスタート主催「子ども・社会を考える」講演会「赤ちゃん・絵本・ことば」2014・02・16)のなかで、絵本を作るとき何を考えるかという問いに、「“自分の中にいる子ども”をどこまで開放できるかに尽きる」とおっしゃっていたことが印象的です。

詩作についても、ご自身の子育て経験の中で、驚いたり発見したりが繋がっていることは「ない」と断言し、「自分の中の子ども」が創作の元としてはずっと大きく、ご自身の子どもは育てるのに夢中だったとのこと。一人の親としての谷川さんが垣間見えるような気がします。

また、読み聞かせについては、こんなことを仰っていました。

声はスキンシップなんです。鼓膜は肉体の一部でしょ。文字が視覚で入ってくるのと、聴覚はちょっと違うと思うんです。だから、絵本をただ目で読むんじゃなくて、親やまわりの大人が声にして、子どもと同じ立場で読むというのはすごく良いと思うのね。~中略~

子どもを膝に抱っこして、絵本をもって、子どもも絵本を見ているし、親も同じ方向に絵本を見ている。というふうに読むのが一番良いと思っています。保育園なんかでは、どうしても子どもと読む人の距離が離れちゃいますけど、できるだけスキンシップ的に読んであげるといいんじゃないかと思います。

※この講演録は NPOブックスタートから出版されています

谷川さんは、赤ちゃん絵本のお父さんのような存在だった

詩人・脚本家・絵本作家などたくさんのご活躍をなさった谷川さんですが、子どもの本に関わる職にある私にとっては、赤ちゃん絵本のお父さんのような谷川さんです。

今やその圧倒的な数と質の高さで、世界の赤ちゃん絵本を牽引している、「日本の赤ちゃん絵本群」。その基礎を築かれたのが谷川さんと言っても過言ではないと、改めて思いました。

こちらから谷川俊太郎さんの『もこもこもこ』の朗読を聞くことができます(by  EHON  NAVI)>>>>

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児玉ひろ美|読書アドバイザー

公立図書館司書とJPIC読書アドバイザーのふたつの立場から子どもの読書推進活動を展開。幼稚園・保育園から中学生まで、お話し会やブックトークの実践とともに、成人への講座や講演を行う。近年は大学にて児童文化財としての絵本の魅力を学生に伝えている。鎌倉女子大学非常勤講師など、幅広く活躍。著書に『0~5歳 子どもを育てる「読み聞かせ」実践ガイド』『子どもを育てる0歳・1歳・2歳児にぴったりの絵本』(共に小学館)がある

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