何がいけないの? アメリカが日本製鉄による「USスチール買収」をNOとしたワケとは【親子で語る国際問題】

今知っておくべき国際問題を国際政治先生が分かりやすく解説してくれる「親子で語る国際問題」。今回は日本製鉄によるUSスチール買収について学びます。

バイデン前大統領が日本製鉄によるUSスチール買収を阻止

今年になって早々、日本と米国との間では緊張が走りました。2025年1月3日、バイデン前大統領は日本製鉄によるUSスチール買収を阻止すると発表したのです。

これについて、日本製鉄はバイデン前大統領を訴えるなど断固とした対応を取るとしていますが、バイデン前大統領は「今回の買収は米国の象徴的な鉄鋼メーカーを外国の支配下に置き、米国の安全保障やサプライチェーンにリスクをあたえるものであり、USスチールを守るのは米国大統領としての責務」だとしました。

しかし今回の買収は、USスチール社員の雇用が守られるなど、米国にとってもプラスになると考えられており、反発は日本側だけでなくバイデン政権内部からも聞かれます。

では、バイデン前大統領はなぜ買収に反対する決断に至ったのでしょうか。その背景には少なくとも2つの理由があります。

民主党の立ち位置を守るため

まず、今後の民主党を考えての決断ということです。米国大統領選挙ではトランプ氏の圧勝という見方が支配的ですが、獲得票数ではトランプ氏が約7,730万票、ハリス氏が約7,500万票と、決して圧勝という言葉がフィットするわけではなく、多くの米国専門家も圧勝ではなかったと位置付けています。

言い換えれば、大統領選挙と連邦議会選挙で全敗したバイデン前大統領からすると、獲得票数で大きな差がなかったことは1つの明るい材料であり、来年秋の中間選挙、3年後の大統領選挙を見据え、民主党の政治的立場を可能な限り良いものにしておきたいという狙いがあったことでしょう。

ネバダ州ヘンダーソンでの演説(2020年2月14日)CC 表示-継承 2.0 wikimedia commons

また、昨年秋の大統領選挙に向けて、バイデン前大統領は買収に反対することを公約のように掲げていました。今回買収に賛成する決断を下せば、バイデン政権の評価は地に落ちるだけでなく、その後に民主党が置かれる政治的立場はいっそう難しいものになります。

バイデン前大統領としては、最後に有言実行を国民に示し、やることはやったとして自らの名前を米国の歴史に刻みたい狙いも見え隠れします。

日本製鉄と中国との関係を警戒

そして、もう1つが対中国です。周知のとおり、米国は第二次世界大戦で戦勝国となり、その後に始まった冷戦ではソ連自身が崩壊。米国流のグローバル化が世界に広がっていきました。

世界では米国ドルが基軸通貨となり、自由貿易体制が世界を圧巻。世界の軍事力の半分以上を米国一国が独占するなど、冷戦後の世界は正に米国一強の時代となりました。

しかし、今世紀に入ると中国が政治経済的に大国として台頭し、米国の影響力は相対的に低下していくように。米国は徐々に焦りを見せ始めるようになりました。

第一次トランプ政権、バイデン政権ともに、外国の紛争には極力手を出さない非介入主義に徹し、中国に対しては貿易規制措置を強化するなど、米国の内向き化が顕著になっていることは明らかです。

今日の米国は、いかにして自らの国益、経済的繁栄、安全保障など維持、強化するかに躍起になっており、特に中国に対する警戒感を強く抱いています。そして米国市場が中国を排除し、切り離すような姿勢を鮮明にしている中で、日本製鉄と中国との関係を懸念する声が依然として根強くあるのです

日本製鉄は昨年7月、中国鉄鋼大手 宝山鋼鉄との合弁関係を解消し、中国事業から撤退することを発表しましたが、米国としては関係を完全に断ち切ったか定かではないという警戒があったと考えられ、バイデン大統領としては同盟国の企業であっても買収には応じられないというのが今回の判断だったのでしょう。

この記事のポイント

①米国の象徴的な鉄鋼メーカーを外国の支配下に置き、米国の安全保障やサプライチェーンにリスクをあたえるとして、日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止

②買収に反対することを公約にしていたため、今後の民主党のためにも有限実行を示した

③以前、中国鉄鋼大手 宝山鋼鉄と合弁関係があった日本製鉄に警戒しての判断

記事執筆/国際政治先生

国際政治学者として米中対立やグローバスサウスの研究に取り組む。大学で教鞭に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。

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