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「非常事態宣言」の定義と概念
海外のニュースなどで「非常事態宣言」が取り上げられることがあります。日本でも似たような法令はありますが、どのような定義があるのでしょうか? まずは、宣言の概念を解説します。
「非常事態」が起きたときに法律に基づいて発令される
非常事態宣言は、国や社会にとって大きな問題が起きたときに発令される法令です。国家や国民にとって、非常事態であると判断される状況で発令されます。
各国で法律が定められており、法律の名称はさまざまです。アメリカの「national emergency」がよく知られています。
日本での現行法では非常事態宣言に似た内容の法令が「緊急事態宣言」と呼ばれていますが、過去には「国家非常事態宣言」と呼ばれる法令が存在しました。
「非常事態宣言」が発令される場面

非常事態宣言は、どのような場面で発令されるのでしょうか? 非常事態が起きていると判断される状況について、いくつか例を紹介します。国家や国民に危険が迫っている状況であれば、さまざまな場面で発令されることが特徴です。
テロや暴動などが起きているとき
非常事態宣言が発令される主な状況として、国家や国民に危険が迫っているケースが挙げられます。
例えば、テロや暴動が起きているときは、無関係の国民が巻き込まれるリスクが高まっている状況です。
そのほか、治安の悪化や凶悪事件でも非常事態宣言が発令されるケースがあります。国民に危険を知らせる目的や、政府の権限で軍隊を投入するなどの対策を行うために、宣言が発令されると考えられるでしょう。
参考:首都圏に非常事態宣言 恐喝横行、歌手殺害で―ペルー:時事ドットコム
感染症や自然災害が起こったとき
非常事態宣言は、感染症の拡大や自然災害が起きたときにも発令されます。
特に、伝染性の感染症や、洪水・山火事・ハリケーン・干ばつ・地震などの自然災害で非常事態宣言が発令されることが多いようです。
感染症も自然災害も、命に関わるような問題に発展すると、非常事態宣言の発令につながります。
状況によっては、非常事態宣言に伴って政府や自治体から移動制限や避難などの指示が出されます。
参考:洪水の影響で南部3県に非常事態宣言(ポーランド) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ
気候変動による「非常事態宣言」もある
気候変動による「気候非常事態宣言」は、何らかの強制力がある「非常事態宣言」とは内容が異なります。
各国の自治体が表明している「気候非常事態宣言」と呼ばれる運動は、気候が異常であることを周知・認識し、環境に意識を向ける決意を表明するために行われるものです。
この運動は、オーストラリアから始まりました。その後、各国に広まり、イギリス・ポルトガル・カナダ・フランス・日本などで運動が行われています。
参考:気候非常事態を宣言した日本の自治体|イーズ 未来共創フォーラム
「非常事態宣言」に関する各国の状況と例

実際に、どのようなときに非常事態宣言が発令されているのか、過去の例を確認しましょう。各国での例を確認すれば、非常事態宣言が発令される具体的な場面を想像できるはずです。
なお、日本と同様、多くの国で新型コロナウイルスの流行によって非常事態宣言が発令されている例もあります。
アメリカの主な「非常事態宣言」
アメリカの非常事態宣言は、1976年に制定された「national emergency」に基づいた法令です。大統領が非常事態を宣言すると、普段は制限されている権限を行使し、国家や国民を守るために指示・命令が出せるようになります。
【アメリカで非常事態宣言が発令された主な事例】
・2001年9月11日 同時多発テロ事件
・2005年8月 ハリケーン「カトリーナ」の襲来
・2020年 新型コロナウイルス感染拡大
・2025年1月 ロサンゼルス近郊の山火事(カリフォルニア州による発令)
アメリカでは非常事態宣言が発令されるケースが多く、不定期にハリケーンや山火事による非常事態宣言が発令されています。また、特定の人物の資産凍結や移民対策なども非常事態宣言の対象です。直近では、2025年1月にトランプ大統領が南部国境に非常事態宣言を発令し、不法移民の対策を行っている例もあります。
参考:米ロサンゼルス近郊で山火事拡大、3万人避難 加州が非常事態宣言 | ロイター
ヨーロッパ諸国の主な「非常事態宣言」
ヨーロッパ諸国でも、各国で非常事態宣言を発令するための法令が定められています。国によって法令や非常事態宣言における権限は異なりますが、主な例を見てみましょう。
【ヨーロッパ諸国で非常事態宣言が発令された主な事例】
・2005年11月 フランス パリ郊外暴動事件
・2010年12月 スペイン 航空管制官によるストライキ
・2015年11月 フランス パリ同時多発テロ事件
・2016年3月 ハンガリー 移民流入問題
・2019年8月 ギリシャ エヴィア島の山火事
・2020年1月 イタリア 新型コロナウイルス感染拡大(その後、多数の国で発令)
ヨーロッパ諸国でも、多くの国が非常事態宣言を発令しています。理由の多くは事件や自然災害ですが、何らかの暴動や移民によるトラブルなど、国によって発令のきっかけはさまざまです。
参考:基礎情報:フランス(2005年)|労働政策研究・研修機構(JILPT)
それ以外の国の主な「非常事態宣言」
アメリカ・ヨーロッパ以外でも、非常事態が起きると非常事態宣言が発令されます。過去の例を見てみましょう。
【世界各国で非常事態宣言が発令された主な事例】
・2014~2015年 アフリカ諸国の一部 エボラ出血熱の感染拡大
・2020年3月 タイ 反政府デモ
・2021年2月 ミャンマー クーデター後の国内紛争(2025年2月時点で延長中)
・2022年1月 カザフスタン 抗議運動(暴動)
・2022年4月 スリランカ 経済危機によるストライキやデモ(断続的に数回)
・2022年8月 パキスタン 洪水被害
・2025年3月 ペルー 首都の治安悪化
世界各国では、暴動や治安悪化、反政府デモなどさまざまな理由で非常事態宣言が発令されています。長期間発令が延長されているケースもあるため、該当地域への訪問には注意する必要があるでしょう。
参考:ミャンマー国軍、非常事態宣言を再延長、延長は7回目(ミャンマー) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ
2024年12月の韓国非常戒厳令は「非常事態宣言」とどうちがう?

「非常事態宣言」と「戒厳令」は、いずれも異常事態への対応策ですが、その性質は異なります。
「非常事態宣言」は、戦争やテロ、大規模災害などに対処するため、政府(内閣)の権限を一時的に強化する制度です。一方、「戒厳令」は、戦時や国内の異常事態に際し、立法権・司法権・行政権の一部または全部を軍の支配下に移す命令であり、軍の権限が拡大します。
韓国の戒厳令の特殊性は、大統領制と議会の関係にあります。2024年12月、尹大統領が戒厳令を宣言しましたが、議会の過半数を占める野党が迅速に解除を議決しました。この背景には、直前の総選挙で与党が大敗し、野党が議会の多数派となった偶然が作用しています。韓国では戒厳令が濫用される危険性が浮き彫りになり、権力集中の制度が持つリスクが示されました。
日本では軍隊が認められていないため戒厳令の前提がなく、緊急事態条項の創設が議論されていますが、権力集中の危険性を考慮する必要があります。
参考:戒厳令・緊急事態と憲法~韓国の戒厳令発令と解除から学ぶ危険性~|東京弁護士会
日本における「非常事態宣言」とは

日本では、過去に「緊急事態宣言」が発出された例があります。非常事態宣言という名称ではありませんが、一体どのような理由があるのでしょうか? 法律の整備状況や、過去に発出された緊急事態宣言についても確認しましょう。
日本の憲法には「緊急事態条項」が盛り込まれていない
多くの国には「緊急事態条項(国家非常事態法)」が存在し、社会の安全をおびやかす事態が発生したときは法律に基づいて政府の権限を強めています。
しかし、日本の憲法には現状緊急事態条項がありません。そのため、緊急事態に政府の権限を強める法律の必要性が議論されています。
緊急事態条項が存在しない日本では、特殊なケースでの例外を除いて国家危機に対する法的効力を持った「非常事態宣言」は、現状発令できません。
参考:緊急事態条項 | ねほりはほり聞いて!政治のことば | NHK政治マガジン
感染症拡大により「緊急事態宣言」が発出された例がある
緊急事態条項がなくても、それ以外の法律に基づいて似たような法令が発出されることはあります。
日本では「新型コロナウイルス」の流行に伴って、緊急事態宣言が発令されました。強制力は弱いものの、自治体や政府から自粛要請や休業要請が発出されています。
なお、新型コロナウイルスの流行による緊急事態宣言は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づいて発出されたものです。
参考:緊急事態宣言とは 特措法に基づき政府が発令 – 日本経済新聞
日本で非常事態宣言(緊急事態宣言)が発出されるまでの流れ

日本では、非常事態宣言と似た内容の「緊急事態宣言」が発出されることがあります。どのようにして緊急事態宣言が発出されるのか、流れを見ていきましょう。
要件を満たしているかを確認する
日本では、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて緊急事態宣言が発出されるため、何らかの危機的な感染症拡大が起きていることが主な要件です。
また、以下の2点の要件を満たしているかどうかも、緊急事態宣言を発出するかどうかの判断基準になります。
1.該当の感染症が、国民の生命・健康に著しい被害を与える恐れがあること
2.該当の感染症がまん延し、国民生活や経済に甚大な被害を与える恐れがある
要件を満たしているかどうかは、政府が専門家などを交えて議論し、判断します。現状は新型インフルエンザや新型コロナウイルスの感染拡大が該当しますが、ほかの感染症であっても要件を満たす場合には今後も緊急事態宣言が発出される可能性があるでしょう。
参考:新型コロナウイルスと私たちの暮らし・日テレ特設サイト|日本テレビ
政府が自治体へ要請する
要件を満たしていると判断された場合は、政府が緊急事態宣言を発出し、各自治体へ対策を取るよう要請します。
その後、自治体から自粛要請・休業要請などが行われ、国民に通達されることになるのです。新型インフルエンザ等対策特別措置法による緊急事態宣言では、時短営業の要請に従わない事業者に対して、過料を請求できます。
また、該当の感染症にかかった人に対して、入院や外出自粛などの要請も可能です。ただし、時短営業の要請や治療には経済的な問題もあるため、新型コロナウイルスの感染が拡大したときには、治療費の補助や協力金・支援金などの支給が行われました。
参考:各都道府県の「緊急事態措置」「休業要請」 新型コロナ|NHK
各国の「非常事態宣言」と日本での現状
何らかの危機的な状態が起きたとき、各国では非常事態宣言が発令されます。日本の憲法には緊急事態条項が定められていないため、現在は新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて発出される緊急事態宣言が非常事態宣言と似た法令です。
各国では暴動・テロ・自然災害・感染症拡大などさまざまな理由で非常事態宣言が発令されており、日本でも必要性が議論されています。今後、必要に応じて法令が変わっていく可能性もあるでしょう。
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構成・文/HugKum編集部