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抑うつ、希死念慮……。日本の子どもの心の問題は深刻化
――メンタルケアの診察現場において、子どもの心の問題への相談は多くありますか?
はい。自己肯定感が低く、いなくなりたい気持ちが強かったり……。抑うつ、希死念慮や自傷行為など、深刻な問題を抱えている子どもが増えている印象はあります。
――自己肯定感が重要ですね、自信がつくと困難に負けない子に育つと言いますし。イタリアは自己肯定感が高い子が多い印象がありますが、日本とイタリアの育児に違いはありますか?
イタリアの場合、親が子どもを「あなたは特別」「何もしなくてもそのままで特別」と育てるので、子どもは「親はいつも肯定してくれる」という感情の基盤が早くから形成されます。
日本の場合、無意識のようですが、子どもに対して「条件がそろったら」「成績が良かったら」「いい学校に入ったら」「こう振舞ってくれたら」・・・「褒める」という愛情表現の傾向が多く見受けられます。
イタリアでは子どもへの無条件の愛が一般的ですが、日本では成績や行動に基づく条件つきの愛情が多く、日伊の親の愛情表現は異なると考えています。
双子の姉とは比較ナシ。それぞれの個性を輝かせる

――先生には二卵性双生児のお姉さんがいらっしゃいますが、イタリアでの幼少時、比較やネガティブな体験をされたことはなかったですか?
私は勉強が得意で、姉は「今を生きる」という元気な人で、まったく別のタイプ。それぞれの良さがあり、競い合いませんでした。姉は私よりも「勉強が不得意」というコンプレックスさえ持っていなかったと思います。
それは母が、二人を比べず、それぞれに「別の良さがある」と育ててくれたからだと思います。
――親の肯定感が子どもの肯定感を育てるのでしょうか?
はい、親の愛情表現と肯定感は、責任重大ですね。
子ども時代、同級生との関わりの中で自尊心を傷つけられたことはありました。
――イタリア的に、男の子たちはみなサッカー好きで、サッカーができないと仲間に入れない、そういう体験ですか?
そうです。私はサッカーに興味がなく、『美少女戦士セーラームーン』が好きなのに、同級生の男子に理解されませんでした。
でも、母は否定することなく、好きなことを自由にするようにと。
――お母さんが常に肯定してくれたから、自信や肯定感が高まったのですね?
はい。母は、私が学校でいじられても、一般的なイタリアの男子と少し異なる部分があっても、「あなたは美しい」といつも認めて肯定してくれたので、それが救いになっていました。
「あなたは特別」と勇気づけてくれた母

――お母さんの言葉で、力づけられた、励みになった言葉はありますか?
私は子どものころから涙もろく、他人から見て弱虫でしたが、母は「あなたは感受性が豊かだから、物事を感じとれるから、それはあなたが特別な子だからよ!」と励ましてくれて、いまも強く心に残っています。
学校と家の同調圧力
子ども社会は同級生との関わりが生活の多くを占めるので、逃げられない、逃げ場がない、と思い詰めてしまうことがあります。大人は、会社が合わなければ転職する選択肢もありますが、子どもは逃げられないので、同調圧力がある社会でダメージを受けるんです。
親も、子どもに同じような同調圧力の状況をつくってしまうことがあります。子どもに強いプレッシャーや期待をかけすぎると、家庭が安全・安心な場所でなくなります。親は、子どもが学校や塾で同級生から同調圧力をかけられていることを踏まえたうえで、せめて家庭は安心・安全な場所として守ることが大事です。
カウンセリングをしていると、日本の子どもたちは「弱点を見せたら」「いけないことをしてしまったら」、「愛されるべき存在でなくなる」と、不安感が強い傾向があります。
――親の愛情表現不足でしょうか?
愛情表現不足と、やはり、愛に条件をつけるのが問題ではないでしょうか。無意識だとは思いますが、たとえば、成績に関して過干渉に繋がることが多いです。たとえば、希望校入学のため、お母さんも徹夜しながら子どもに教えたとか。それは、子どもにとって強烈なプレッシャーです。勉強に向いていないのに、無理強いさせられ、子どもがうつ状態になってしまったり……。
親には、自分が正しいと思っていることが、子どもにとって必ずしも正しいわけではない、ということを理解してもらいたいです。
過ちや失敗を乗り越える経験が子どもの成長に不可欠
――編集部の調査によると、いまの親は、子どもにトラウマになるような強い言葉は使わない努力をしているようですが、ストレスでつい子どもが傷つく怒り方をすることもあると言います。そんなときはどんなフォローが、子どもに良い影響を与えますか?
親も完璧ではないので、頭ごなしに傷つくことを言ってしまった、そんな過ちを犯してしまったら謝る。結果、「過ちを認め、謝ることができるのはいい人間だよ」と教えることができます。過ちや失敗を通じて学び、許容し、乗り越える経験が子どもの成長過程に必要なので、謝ることが好影響を与えます。
子どもの心の土台をつくる5つのポイント
――子どもの心の土台を作るポイントはありますか?
5つの大切なポイントがあります。
1.感情の肯定
2.失敗の許容
3.親の心の安定
4.対話の機会
5.予測可能な環境
5の「予測可能な環境」とは、日常生活の中で子どもに「何が起こるか」「どう対応すればよいか」をある程度あらかじめ理解し、安心して行動できる状況を指します。
ほかには、言葉の愛情表現が大切です。「あなたのことをこう思っています」と伝えることが大事。
心に問題を抱え込む前に、親自身の予防的メンタルケア

――イタリア人はおしゃべりでストレスを発散するイメージがありますが、日本には本音と建前文化があり、抱え込みすぎて親もストレス過多になりやすいのですが。
親にもメンタルケアが必要です。心のケアをし、バランスを大きく崩さないための予防が大事。
精神科やメンタルクリニックは、精神疾患を患ってから受診するものではなく、自分の感情をもっと穏やかにするため、もっと自己理解を深めるためのもの。気軽に利用していただきたいです。
――メンタルクリニックに行くのは大ごとと捉えがちなので、気軽に行けるといいですね。
はい。そういった状況も踏まえ、気楽に心のアンバランスを整えられるように、アニメを使ったカウンセリングを広めたいのです。オンライン診療を気軽に受診するカウンセリングの手段も作りたいと考えています。それらが広がれば、もっと生きやすい社会になると思うのです。
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お話を伺ったのは…

1989年イタリア・シチリア島メッシーナ生まれ。サクロ・クオーレ・カトリック大学にてイタリアの医師免許を取得後、ローマ市内の総合病院勤務。日本政府の奨学金留学生として来日し、イタリア人で初めて日本医師免許を取得。筑波大学大学院博士号取得(医学)、慶應義塾大学病院の精神・神経科教室に入局。現在は、複数の医療機関で勤務する傍ら、アニメ療法に基づくエンターテインメント作品を開発中。好物は桜味の和菓子、とんかつ、納豆。
著書は『アニメ療法 心をケアするエンターテインメント』(光文社)、『イタリア人の僕が日本で精神科医になったわけ』(イースト・プレス)、『しあわせの処方箋』(あさ出版)ほか。
取材・文/伊藤菜朋子