「歯の生体認証」がすごい! 歯ぎしりで個人が特定できる? 歯認証の先端事情を歯科医が解説

昨今、情報化社会の発展とともに個人認証システムの必要性が高まっており、日常生活の中ですでに顔認証や指紋認証を利用している人は少なくないでしょう。そのような中、近年は“歯”を利用した個人識別システムの研究が進められており、実用化に向けた動きも認められています。今回は、歯を使った個人識別について論じます。

執筆/島谷浩幸(歯科医・歯学博士・野菜ソムリエ)

生体認証システムとは?

個人を識別する生体認証技術の研究は数多く行われており、近年では多くのスマートフォンが顔認証や指紋認証といった生体認証システムに対応しています。

生体認証とは顔や指紋など、人が持つ身体的特徴や行動的特徴を利用して個人を識別する技術またはプロセスのことで、バイオメトリクス認証とも言います。

この認証法は、一人ひとりが持つ固有の身体的特徴を利用するため、なりすましや偽造が困難であり、従来のIDやパスワードによる認証方法と比較してセキュリティが高くなります。しかも、パスワードを覚える必要がないため、利便性が高いというメリットもあります。

生体認証の種類として、顔から判断する顔認証、指の指紋を利用した指紋認証だけでなく、目の虹彩認証、血管の静脈認証、声を利用した音声認証などがあります。

また、身近な利用例としては、オフィスの入退室管理、パソコンやスマートフォンのロック解除、銀行関連サイトのログインのほか、犯罪捜査などが知られています。

このような中、私たちの「歯」を利用した個人識別に対する認証システムの研究が進んでいます。

歯の画像による個人識別

2012年に岐阜大学の研究グループは、20人の被験者に対して前歯の画像を撮影し、個人識別に対する精度を解析しました。

その結果、本人認識率は96.12%となり、歯領域画像には個人を識別可能な情報が含まれていることが明らかになりました(図1)。

図1. 前歯画像による個人認証の精度

また、実用化を想定した認証システムの場合、本人が拒否されてしまう可能性と他人を受け入れてしまう可能性のうち、他人という侵入者を許すことは最も避けなければならない要素です。

そのため、同研究グループは侵入者を許可しない条件を設定して前歯画像の検証を行ったところ、侵入者排除率は90.3%となり、他人を受け入れないために十分な個人認証精度があることが判明しました(上図1)。

一方、生体認証の簡便性を満たす応答時間は約3秒であると言われていますが、本実験での画像処理系はPentium4-2.8GHzを使用し、歯画像の取得からフィルタの処理に要する時間が約0.05秒、マッチングに要した時間が約2.3秒という結果になりました。

つまり、本実験での歯認証は実用化に十分な速度があることを示唆しています。

歯認証のメリット

歯を用いた認証法には他の生体認証法にはない利点があり、既存の生体認証システムの弱点をカバーしていますので、いくつか挙げてみましょう。

気温などの外的要因の影響を受けにくい

静脈認証は暑い季節の血管拡張や寒い季節の血管収縮など、気温等に左右される傾向にあり、指紋認証では湿度が低くて肌が乾燥する日は、センサーの反応が鈍ることがあります。

しかし、安定した石灰質である歯の認証は外的環境の影響をほとんど受けません。

外出時の容姿の影響を受けにくい

顔認証の認証精度はシステムや製品により差がありますが、眼鏡やマスク、顔のメイク等によって識別精度が大きく左右されることがあります。

一方、歯認証はマスクを装着しなければ、識別可能です。

安全性が高い

歯認証においては隠蔽の可能性が低く、セキュリティが高くなります。

タッチフリーで感染リスクが低い

指紋認証ではセンサー部に触れる必要があるため、ウイルスや細菌などの病原微生物の感染リスクがありますが、歯認証は顔認証と同様にセンサーに触れることなく清潔な対応ができます。

形が維持されやすい

自然災害や事故など、身体が激しく損傷を受けても、強固な歯はそのままの形で残存することが多いため、自然災害だけでなくパンデミック(感染症の急激な拡大)発生時の身元確認や犯罪捜査のほか、スプーンフィング攻撃という不正なデータによるなりすまし攻撃の防止など、様々な分野での活用が期待されます。

歯ぎしりの音で個人識別

歯は形や大きさ、エナメル質の厚みといった1本単位の違いだけでなく、歯並びや噛み合わせ、顎の運動など、人によって様々なパターンがあります。

たとえ一卵性双生児であっても、歯の状態がすべて同一である人は存在しないと言っても過言ではありません。

そのような歯ですが、指紋認証や顔認証に続く新たな生体認証技術「歯ぎしり認証」が提案され、研究が進められています。

2022年にアメリカにあるテンプル大学の研究チームは、歯と歯が接触する音を利用した生体認証技術を開発するために、市販のイヤホンにマイクを取り付け、口から顔の内部を通って耳まで届く音を検出するシステムを構築しました。

このシステムを活用し、22人の被験者に試作したイヤホンを装着させてデモを行った結果、1回音を鳴らせば93%の確率で個人を認識でき、4回音を鳴らせば98.8%の確率で個人の認識に成功することが確認されました(図2)。

図2. 歯ぎしり音による個人認証の精度

歯による個人認証の注意点

生体認証の注意点として、けがや病気などにより生体情報が変化した場合、認証できなくなる可能性があることが挙げられます。

もちろん歯も同様に状態が変われば、個人識別に影響が出ます。では、いくつかの注意点を挙げてみましょう。

歯の形が変わると識別に影響する

虫歯で歯が欠けたり、歯に穴が開いたりすると歯の形は変わりますが、虫歯治療で詰め物や冠を入れたりすることでも歯の形は微妙に変わります。また、歯列矯正により歯並びや噛み合わせは変わります。

これらのように歯の形態や位置が変化すれば、認証に支障が出る可能性があります。

歯の色が変わると識別に影響する

歯の見た目の色は顔の肌色の影響を受けますので、日焼けなど、肌の色が大きく変化したときは注意する必要があります

歯自体がなくなると他人と判定される可能性も

もちろん、認証する対象である歯を失うと、残念ながら他人であると判定されてしまう可能性が高まります。

厚生労働省の令和4年歯科疾患実態調査によると、男女ともに40歳頃から歯の数は徐々に減少し、70歳を過ぎると10本近くを失って、歯数は20本を下回るようになります(図3)。

図3. 年代別にみた残存歯数

歯を失う最大の原因は歯周病であることから、歯の数を維持するためには念入りな歯磨きや定期的な歯科医院での歯石除去といった歯周病対策が重要になります。

もし歯認証が普及すれば、歯の変化をできる限り防ぐために、虫歯治療や矯正治療をすべて終えた上で毎日の歯磨きによる自己管理の徹底と歯科医院での定期的なメンテナンスが欠かせません。

以上のように一長一短ある歯認証ですが、近い将来実用化された場合効果的に活用するためにも、丁寧な歯磨きで健康な歯を保ちましょう。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。X(旧Twitter)も更新中。HugKumでの過去の執筆記事はこちら≪

参考:伊藤雅典ほか:歯領域画像の特徴解析に基づく個人認証システム.The Journal of the Institute of Image Electronics Engineers of Japan 41(1), 36-42, 2012.
Yadong Xie et al: TeethPass: Dental Occlusion-based User Authentication via In-ear Acoustic Sensing. 2022.
厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査の結果(概要).2023.

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