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令和6年に発生した家庭での食中毒は108件
厚生労働省の発表によると、令和6年に発生した家庭での食中毒は108件と全体の1割を占めます。患者数は168人にのぼります。
食中毒で報道されるのは、飲食店やホテルなどの施設が多いのですが、家庭でも食中毒が起きていることを知ってほしいと思います。
低温調理で作るサラダチキン、豚肉チャーシューには要注意!
昨今、低温調理する方が増えていますが、低温調理をするとき、特に気をつけてほしいのは鶏肉と豚肉です。
カンピロバクターによる食中毒は、加熱不足の鶏肉で多く発生しています。カンピロバクターは、少量の菌でも食中毒を引き起こし、嘔吐や下痢を繰り返すと、特に子どもは脱水になりやすいので注意が必要です。
またカンピロバクターによって、末梢神経が障害されて手足の先のしびれや麻痺などの症状が出る、ギラン・バレー症候群を引き起こすこともあります。
豚肉は、加熱不足だとE型肝炎ウイルスに感染するリスクがあり、重篤な肝障害を引き起こす危険性もあります。
安全に低温調理をするには、肉の中心部の温度と加熱時間がカギ

食中毒を防いで低温調理をするには、肉の中心温度と適正な加熱時間を守ることが重要です。
肉の中心温度は、料理用温度計で測りましょう。以下は、厚生労働省が示している基準です。
厚生労働省が示している基準
厚生労働省の「大量調理施設衛生管理マニュアル」によれば、肉の中心部が75℃で1分間以上加熱されることが推奨されています。これは、食中毒菌を死滅させるために必要な加熱条件です。
また、75℃で1分と同等の加熱効果を持つ条件として、以下が示されています。
70℃=3分 69℃=4分 68℃=5分 67℃=8分 66℃=11分 65℃=15分
アメリカ農務省は、4℃~60℃を危険温度帯と定義
厚生労働省は、上記のように65℃までしか示していませんが、低温調理は65℃以下で調理することが多いでしょう。
世界的に有名な料理専門書『Cooking for Geeks-料理の科学と実践レシピ』(Jeff Potter)によると、理想的な食肉の加熱温度は58~65.5℃とされています。
一方、アメリカ農務省では、4℃~60℃を細菌が急速に増殖する危険温度帯と定義しており、食品安全の観点から注意が必要な温度域としています。
低温調理でも、肉の中心温度は61℃以上で

こうしたことを総合的に判断すると、低温調理といえども肉の中心温度は61℃以上で調理するのが望ましいでしょう。厚生労働省は、肉の中心温度と加熱時間は、65℃までしか示していませんが、私が算出したデータでは次のようになります。
低温調理に適した加熱温度と時間(いずれも、肉の中心部を測った温度)
食中毒を防ぐには前述の通り、肉の中心温度は料理用温度計で測り、規定の温度で規定時間を守って加熱してください。
牛肉・鶏肉の場合 61℃=53分 62℃=40分 63℃=30分 64℃=23分
豚肉の場合 61℃=85分 62℃=73分 63℃=64分 64℃=55分
*出典『低温調理の教科書』(今城 敏・著 服部栄養専門学校・監修)
飲食店で低温調理の肉刺しを食べた客が食中毒に。原因は加熱時間不足

加熱時間不足によって、2024年10月、札幌市内の飲食店で次のような食中毒が起きています。
男女6人が発熱や下痢、腹痛などの症状を訴えました。2人の便からカンピロバクターが検出され、食中毒と判明。6人は低温調理された肉刺しなどを食べており、保健所の調査によると肉の中心温度が63℃以上で30分以上加熱しないといけないところ、この飲食店では半分程度の時間しか加熱していないことがわかりました。
SNSのレシピは安全なの?低温調理のギモンを解決!
Q 低温調理では、肉の断面を見たら安全かわかりますか?
A 食中毒の危険性は、見た目ではわかりません
食中毒を引き起こす菌やウイルスは無色、無臭、無味であり、見た目や匂いではわかりません。また低温調理は、温度や加熱時間が基準を満たしていなくても、内部まで均一に加熱されると、生っぽく見えないので判断が難しいです。
そのため料理用温度計で肉の中心温度(最も厚い部分)を測り、タイマーを使って正しく加熱してください。
Q 炊飯器の保温機能を使って低温調理をしてもいいですか?

A 炊飯器では、一定の温度を保って調理ができません
炊飯器の保温機能を使って、サラダチキンやローストビーフを低温調理する人もいますが、炊飯器は一定の温度が保てません。±5℃ぐらいで温度が上下するので、安全な温度を満たせるかは不明です。
Q SNSで紹介されている、低温調理レシピは安全ですか?
A 安全とは一概には言えません
SNSで紹介されている、低温調理のレシピの中には加熱時間が短かったり、安全な温度を満たしていないものがあるため、「SNSで紹介されているから大丈夫」と考えないほうがよいでしょう。肉の中心部の温度と加熱時間は、上記で紹介した<厚生労働省が示した基準>および<低温調理の加熱>を参考にしてください。
O157などの病原大腸菌は、室温(約20℃)でも15~20分で2倍に増殖。保存の場合は調理後すぐに冷却を

家庭で食中毒を防ぐためには、あと2つ重要なポイントがあります。
1つは急冷です。これは低温調理以外にも言えることです。食べきれなかったりするときは、調理後すぐに冷却して菌が増えやすい20~50℃帯を素早く通過させましょう。調理後2時間以内に冷蔵庫で20℃、さらに4時間以内に10℃以下まで冷却します。冷却効果に優れている浅い金属製のトレーを使ったり、チャック付きポリ袋に入れて空気を抜いたりして氷水で冷やした後に、冷蔵庫で保存しましょう。
また調理後、料理をそのままにしておくと菌が増殖する危険があります。たとえば、O157などの病原大腸菌は、室温(約20℃)でも15~20分で2倍に増殖すると厚生労働省が発表しており、適温ではさらに急速に増殖します。
特に暑い夏は、そのまま放置せずに冷蔵庫で保存してください。
肉を調理した包丁、まな板は食器用洗剤で洗った後、熱湯消毒

鶏肉は洗わずに調理を!
また鶏肉には、カンピロバクターが付着していることがあるため、鶏肉を洗ってから調理すると、カンピロバクターがシンクに飛び散り、二次感染を引き起こすリスクが高まります。鶏肉は洗わずに、しっかり加熱して食中毒を防いでください。
二次感染を防ぐために包丁とまな板は熱湯消毒
もう1つは、菌の二次感染を防ぐことです。肉を調理した包丁やまな板は、食器用洗剤で洗った後、熱湯をかけて消毒し、よく乾かしましょう。包丁は柄まで洗浄、熱湯消毒をしてください。熱湯消毒の代わりに、キッチン用の漂白剤でつけおき消毒をしても構いません。
「1回の調理で、何度も消毒しないといけないの?」と思う方もいるかもしれませんが、調理のプロは、肉専用の包丁とまな板を用意したり、野菜から切って、生肉は最後に切るなど食中毒対策をとっています。
また、まな板の傷が菌の温床になることもあります。深い傷が入ったまな板は、買い替えたほうがよいでしょう。
取材・構成/麻生珠恵
監修

食品品質保証のスペシャリスト。大手食品メーカーに勤務し、食品微生物の検出・制御や保蔵(日持ち向上)の技術開発やトクホ商品などの開発研究などに従事。現在は、食品安全技術センター代表のほか、一般社団法人食品科学技術機構代表理事を務める。著書に『低温調理の教科書』(カナリアコミュニケーションズ)など多数。食品の安全技術や最新情報をYouTube「食品安全技術センター」でも発信。