歯科の麻酔はどういうもの?
麻酔は処置や治療を行う際に“痛みを感じなくする”目的で使用されるものです。
歯の中の歯髄組織や歯の周りの歯ぐきなどにも、痛みを感じる神経があります。口は消化管の入口ですから、体内に有害なものが入らないように口の中は神経が豊富で非常に敏感なのです。
さまざまな麻酔用の薬物がありますが、歯科治療ではリドカインという成分が含まれた麻酔薬を使用するのが一般的です。
麻酔薬を効率的に体内へ入れるのに必要な処置の一つが「注射」です。歯科では細い注射針の先端を口の中の粘膜表面に突き刺し、麻酔薬を注入します。この「針を刺す」ときに痛みを感じることがあり、「注射が痛い」「麻酔は怖い」というイメージを持つのはそのためです。

また、麻酔薬には8万分の1程度の低濃度のエピネフリン(またはアドレナリン)という成分が含まれていて血管を収縮させる効果があり、処置の際の出血を抑えたり、麻酔薬を組織にとどめて麻酔の効く時間を長くしたりする利点があります。しかし、血管収縮で血圧上昇するリスクがあるため、高齢者など血圧が高い人への麻酔は、エピネフリン無配合の注射薬を使用することもあります。
麻酔が不要な処置、必要な処置
虫歯の治療というと痛いイメージがあるかもしれませんが、虫歯治療すべてに麻酔が必要なわけではありません。では、麻酔はどのようなときに必要なのか、挙げてみましょう。
麻酔が不要な処置
・浅い虫歯の治療
歯の最表層にあるエナメル質に限局するような浅い虫歯では、麻酔は必要ありません。
・神経をすでに取り除いた歯、失活歯
過去の虫歯治療で神経をすでに取り除いている場合は削っても痛みを感じないため、麻酔は不要です。また、虫歯が進行して神経が腐敗して死んでいる場合も痛みを感じないため、麻酔は必要ありません(図1)。

・浅い場所にある歯石の除去
直接、目で見ることができる場所にある歯石の除去では、通常痛みは伴いません。
・シーラント処置
虫歯リスクが高い奥歯の深い溝をあらかじめ樹脂で埋めて虫歯予防するシーラント処置も、麻酔は不要です。歯は削らないですし、歯の表面を酸処理しますが、痛みは感じません。(参考記事はこちら≪)
・サホライド処置
虫歯の進行抑制のために使用するフッ化ジアンミン銀製品を歯に塗布するときも、痛みは感じません。(参考記事はこちら≪)
・歯科矯正
歯並びや噛み合わせを改善する歯科矯正ではさまざまな専用装置で歯を動かしますが、取り外し式だけでなく固定式装置でも処置に麻酔は不要です。(参考記事はこちら≪)
麻酔が必要な処置
・深い虫歯の治療
エナメル質を越えて象牙質に達するような深い虫歯や、歯髄組織に達するような痛みを伴う虫歯の治療には麻酔が必要です(図2)。

・歯を抜く場合
乳歯、永久歯に限らず歯を抜くときは麻酔が必要です。グラグラで今にも抜け落ちそうな乳歯でも、歯ぐきの粘膜でつながる限りは痛みを感じます。
・歯肉切開
歯ぐきに膿がたまっている場合、メスで切開して膿を出すことがあります。鋭いメスの刃で歯ぐきの粘膜を切るため麻酔は必要です。
・深い歯周ポケットの歯石除去
歯ブラシの毛先も届かないような深い歯周ポケット内にある歯石を機械的に取り除く場合は、歯の知覚過敏による痛みや歯ぐき自体の痛みを伴うことがあります。
・口の中の粘膜・骨の手術や外科的歯科矯正
腫瘍(がん)などを取り除く手術やインプラント治療、顎骨を切る外科的な歯科矯正などでは、麻酔は不可欠です。
このように治療内容で麻酔の要否がある程度分類できますが、歯の状態などにより例外はあるので、歯科医師から十分な説明を受けてから治療を受けるようにしましょう(図3)。

表面麻酔を活用しよう
麻酔が痛いのは、注射針が口の中の粘膜を刺激するからです。その刺激を少しでも和らげるために使うのが表面麻酔です。
これは、その名前の通り粘膜の表面に麻酔を効かせるもので、図4のように綿棒などで粘膜表面に塗るジェル状、ペースト状のものがあるほか、針を使わずに麻酔薬を噴射させるタイプのものなどがあります。

表面麻酔を塗って数分後には針の痛みは感じにくくなりますが、あくまでも粘膜表層だけの知覚を鈍らせているに過ぎません。
表面麻酔だけで歯科治療に伴う痛みを取り除くことはできませんので、表面麻酔を塗って粘膜表面の知覚が鈍ってから、しっかりと注射の麻酔を打つことが大切です。
麻酔が効きにくいことはあるの?
歯や歯ぐきの状態などにより、麻酔が効きにくいときがあります。いくつか挙げましょう。
・炎症が強い
歯ぐきの腫れや痛みといった症状が強く炎症がひどい場合、その部位は酸性環境になって麻酔の有効成分が働きにくい状態です。
このようなケースでは数日間、抗菌薬や消炎薬を服用するなどして炎症を鎮めた後、麻酔を使う治療をするのが一般的です。
・閾値が下がっている
麻酔をせずに虫歯治療を始めた場合、途中で痛くなって麻酔をすると、麻酔が効きにくくなることが知られています。これは、歯が痛みに対してより敏感になった状態で“閾値(いきち)が下がる”と言います。
痛みがあれば、それ以上は歯を削れないため虫歯を取り残してしまいます。痛みを感じるかどうか微妙な、深めの虫歯治療のときは、治療前に麻酔するほうが麻酔薬の量が少なくて済む場合があります。
・体調次第で麻酔が効きにくい日も
麻酔成分のリドカインは効果を発揮した後、肝臓で代謝されて尿中に排泄されますが、体調によってはこの流れが影響を受けるため、麻酔の効果に差が出ることがあります。
麻酔薬は子どもでももちろん安全なものが使用されますが、量が増えると子ども・大人ともに副作用のリスクが上がります。血管収縮による血圧上昇で起きる頭痛やめまい、ふらつきなどのほか、重篤な場合はアナフィラキシーショックや血管迷走神経反射(血圧低下や失神などが起こる)が起きるケースもあり、怖がりの子どもなどは特に要注意です。
これらの症状が出れば速やかに歯科医師に伝え、適切な処置を受けてください。
痛みを感じにくくさせる工夫

歯科医院では痛みを感じにくくさせるために、いくつかの工夫をします。
・表面麻酔をする
先述のように、針を刺す口の中の粘膜表面を麻酔し、痛みを感じにくくさせます。
・麻酔薬の温度を体温に近づける
冷所保存する麻酔薬は、冷蔵庫から出してもしばらくは冷たい状態が続きます。冷えた麻酔薬を注入すると体温との温度差で痛みを感じやすいので、使用前に冷蔵庫から出して室温に近づけるほか、体温近くまで温めることができる専用の保温器も市販されています。
・細い針を使う
麻酔の針の太さにはいくつか種類があり、細いほうが痛みを感じにくいとされます。
・時には全身麻酔で歯科治療することも
歯科恐怖症のように、どうしても針を使う麻酔ができないときは、笑気麻酔鎮静法や全身麻酔を行って歯科治療することがあります。(参考記事はこちら≪)
特別な設備が必要なため、実施できる歯科医院・病院は限られます。ホームページなどで調べましょう。
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歯科医師の立場からも患者さんが痛みをできるだけ感じないような配慮をしますが、怖がって神経が過敏だと痛みを感じやすいという特徴があります。ですから、麻酔するときは気持ちをできる限り落ち着かせ、リラックスした状態で治療に臨むようにしてくださいね。
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参考:岡俊一|歯科麻酔の現状と未来.日大歯学98(2);49-55,2024.
:小林茉利奈ほか|歯科恐怖症患者への対応.Dental Medicine Research 34(1); 45-48, 2014.
