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長年あたためてきたアイデアを形にしたケーキの絵本
–とてもかわいいケーキ型の絵本ができました。前作『パンのおうさま』シリーズに続いて、装丁がおいしそうですね。
子どもの頃からお菓子作りが趣味で、いつか“お菓子にまつわる本”を作るのが夢のひとつでした。そこで「パンのおうさま」シリーズの次は、お菓子をモチーフにした絵本にしようと決めたんです。本を作るときは、まず装丁から考えることが多くて、今回も書店さんで平積みに重ねておくと、ケーキに見えるデザインにしました。「こんな形の絵本があったら楽しいかも」と頭の中でイメージをどんどん膨らませて、それをひとつずつ実現していくのが私の作り方です。
普段は広告の仕事をしながら大学でも教えているので、日々はまるで綱渡りのよう。でも、子育ての大きなイベントがひと段落したとき、仕事がひと息ついたタイミングで、自分へのご褒美のような気持ちで、絵本の制作時間を持つようにしています。描けない間は、アイデアをストックブックに書きためていて、その中のひとつがこの絵本でした。
装丁のアイデア自体は10年ほど前から温めていて、ようやく形にできた感じなんです。
子どもがおもしろがったもの、好きだったものをヒントに
–絵本の中にはユニークなバースデーケーキがたくさん登場しますが、この展開はどういうふうに思いついたのですか?
我が家では、毎年子どもたちのバースデーケーキを手作りしています。キャラクターだったり、スポーツだったりその時期に子どもが好きなものをモチーフにして作るんです。
絵本の主人公のキャラとメルも同じで、誕生日ケーキを作る相手の好きなものを聞いて形にしていきます。でもそれが、思いがけない方向に転がっていくという展開にしたいと思いました。

お話の中には「おしり」や「おっぱい」などちょっとびっくりするようなお菓子のモチーフも登場するのですが、それは子育てをしてきた中で、子どもたちがおもしろがっていたり、好きだったりしたものをそのまま盛り込んだから。
例えば“おっぱいケーキ”は、次男が生まれたときのエピソードがきっかけです。授乳している私を見て長男が「いいなあ」って言っていたんですね。「次男だけずるい」と言うので、それならとお兄ちゃんの遠足のお弁当に、“おっぱいの形のケチャップライス”を入れてあげたんです。帰ってきて「どうだった?」と聞いたら、「みんなには、お、お山かなって言っておいた」って(笑)。うちの家族では笑い話なんですが、好きだけどちょっと恥ずかしいという子どもの気持ちって、すごくリアルだし、愛おしいなって。
だから絵本の中にも、普通のケーキでは選ばれないようなモチーフがたくさん登場します。子どもと一緒にアイデアを考えているからこそ、生まれたおかしなケーキたちなんです。
“子どもあるある”を詰め込んで、笑って前向きになれる絵本に
–はみがきのケーキもインパクト大ですね。
子どもって、なかなか歯を磨きたがらないこともありますよね。この絵本には、そんな“子どもあるある”をたくさん詰め込みました。『パンのおうさま』を作ったときも、読み聞かせ会でいちばん人気だったのはおうさまのおしりが出てくるページだったんです。日本でも海外でもそこはいつも人気で(笑)。うちの子たちも、おしりが大好きで、よくおしりを振って遊んでいたので、絵本に取り入れていました。そういう、子育ての中で見つけた、子どもたちのついついやってしまう習性や好きなものは大切にしています。
大人も子どもも同じで、みんな、頭ではわかっているけど、つい直せないことってありますよね。だからこの絵本を読んだら、「ああ、絵本の登場人物もそうなんだ」って思って、ちょっと自分を重ねて笑ったり、大人の人たちにも一緒になって笑ってもらったりして「うちだけじゃないんだ」って、少し前向きな気持ちになってもらえたらいいなと思っています。
寝かしつけの時間、絵本づくりの打ち合わせに

–ケーキのアイデアはお子さんとの会話から生まれたものが多いのですか?
絵本のアイデアを出すときには、子どもたちがずっと関わってきました。
以前から我が家では、夜の寝かしつけの時間に、電気を消して即興でお話を作って聞かせていたんです。この絵本を考えていた頃は、毎晩のように下の娘と、こんなのはどう? とおかしなお菓子のアイデアを出しあっていました。
娘もお菓子作りが大好きなので、アイデアを出すこと自体が楽しかったようです。仕事のためというより、親子の雑談として盛り上がっていましたね。
この絵本は、娘がいちばん楽しみにしていた作品なのですが、作中にはダイエットが大好きだと家族に思われているクマのママが登場します。最初のラフでは私と同じ髪型にしていたんです。でもそのクマのママだけ髪の毛があるのは少しおかしいと思って本番では描かなかったんですね。「えっ、なんでクマのママの髪の毛がないの?」と言われて(笑)。結局、髪の毛を描き足して入稿し直しました。娘にとっては自分のママと同じなので、髪の毛がないのは物足りなく感じたんでしょうね。

子どもたちと一緒にアイデアを出していったので、少なくとも我が家の子どもたちがいちばん笑ってくれる絵本にはなったと思います。
娘は絵本が完成するのを心待ちにしていて、「できたら、すぐ学校の図書館に持ってきて! そしたら、私が毎日借りるから」と言っていました(笑)。
お兄ちゃんのときに『パンのおうさま』シリーズを友達が借りてくれた話を聞いて、自分も同じ体験をしたかったみたいです。自分で「ママの描いた絵本です。大切に読んでね」なんてポップまで書いて、「早く保育園にも絵本を持っていこう」と言われて卒業した保育園に一緒に持っていきました。こういうやりとりも、きっとあと少ししかできないと思うと、愛おしい時間ですね。
“できるかわからない”からこそ楽しい。お菓子作りが教えてくれた創作の原点
–えぐちさんは絵本の中のお菓子を作ってみたことはありますか?
今回のお菓子はまだ作っていないです。でも、小学生の頃から、お菓子作りは特別に幸せな時間でした。
小学校の頃は、時間もたっぷりあったので、お菓子の本を買ってもらうと、一冊まるごと全部作ってみたり、レシピを端から端まで読んで、見よう見まねで作ったりするのが趣味でした。小学生の頃に作った、母や祖母、お友達のお母さんに聞いたレシピをメモしてまとめた、オリジナルのレシピブックもあって、それには今もときどき書き加えています(笑)。

ただ、バースデーケーキに関しては、一度作った形をもう一度作るのはやる気が出なくて。仕事でもそうですが、とにかく新しいものを生み出すことにワクワクするタイプなんです。上手くできるかわからないものにチャレンジして、形にしていくのが好き。
だからバースデーケーキも、同じものを2回作ったことはありません。
子どもたちが同じアニメが好きであっても、キャラクターを変えて作ったりしていました。
全てのケーキを写真に残してあって、ときどきiPhoneに過去の写真が出てくると、子どもたちと「こんなの作ったね」って懐かしんでいます。

ちょっと失敗ですが先日娘の8歳の誕生日会で『キャラとメルのおかしなバースデー』のケーキも作りました!

絵本制作は、幸せな循環
–絵本作りの仕事は、えぐちさんにとってどんなお仕事ですか?
絵本には、私の「好き」や「大切にしていること」がぎゅっと詰まっています。100%自分の感性のままに作らせてもらえるって、本当に幸せなことですよね。自分が描きたいものを描いて、それが誰かの元に届いて笑ってもらえたり、楽しんでもらえたり、「子どもといい時間が過ごせました」と感謝されることもある。そんな幸せな循環を感じるたびに、この仕事をしていてよかったなと思います。
慌ただしい日々の中で、絵本に向き合える時間は、私にとってご褒美のような時間です。
–この絵本に込めた思いは?

バースデーケーキを作ることは、1人目の子どもが生まれてから15年、ずっと続けてきたことなんですが、私にとってバースデーケーキは、子どもが喜んで、その日を心に残してくれるもの。そのワクワクする誕生日の風景を、絵本の中に描きたいと思いました。
ユニークなお話なので、おかしなケーキが登場しますが、自分と重ねて笑ってくれたらうれしいです。
そして、どの場面でも必ず「生まれてきてくれてありがとう」という言葉を入れました。
実はこの言葉、いつも誕生日に子どもへ伝えようとすると、涙が出そうになるので上手く言えないんです。でも絵本の中だったら素直に伝えられると思って、全ての誕生会のシーンに入れました。
楽しいだけじゃなくて、生きていてくれることそのものへの感謝をページをめくりながら感じてもらえたらうれしいです。
- キャラとメルのおかしなおかしやさんは、おいしいのに売れ行きは今ひとつ。そこで世界にひとつのおかしなおかしをつくることにしました。お客様は多種多様。パンダさんにウサギさん、ブタさんやウシさんのむずかしい注文に、ひと味違うバースデーケーキを次々とつくりあげて、おかしなおかしやさんは大評判。さて次はどんなおかしをつくるかな?
お話を伺ったのは…
広告制作の傍ら、2014年に絵本『パンのおうさま』(小学館)で絵本作家としてデビュー。以後、『パンのおうさま』シリーズは中国・台湾でも発売され、街の書店が選んだ絵本大賞3位、LIBRO絵本大賞4位を受賞。広告、プロダクト、絵本など幅広い分野で活動。
撮影/ 田中麻衣(小学館) 取材・文/日下淳子