目次
年間250冊以上! 中学受験前にも読書に没頭
──子どもの頃からかなりの読書家だったそうですね。
阿津川:せっかくなので、今日は初出しのモノを持ってきました。小学校6年生のときの「読書貯金通帳」です。読んだ本とページ数を記録していくものなんですけど、年間4000ページ、ざっくり20冊くらいが目標のところ、私は6年生のときだけで通帳を12冊使い切っていて。1冊に21作品記録できるので、計算すると約252冊読んでいたらしいとわかります。

──すごい読書量ですね!
阿津川:ただ記録していくだけなんですけど、とにかく数字が積み上がっていくのが楽しくて。人気シリーズが40冊あると、「全部読んだら8000ページか!」と計算してうれしくなりました。もちろん読書自体も面白かったですが、この仕組みがなければ、ここまで読んでいなかった気がします。
いわゆる本の虫だったと思いますが、本だけが好きだったわけではなくて、普通に友だちと外遊びもしていたし、ゲームもアニメも好きだったし、ドラマも見ていました。

──いろいろバランスよく楽しむ中に本があったんですね。
阿津川:そう、雑食(笑)。ただ、ゲームは1日1時間の制限がありましたけど、本ならいくら読んでいても怒られないから、必然的に読書量だけが異常に多くなりましたね。ゲームは当時『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようなRPGにはまっていたんですけど、レベルや経験値とか目に見える形で成果が積み上がっていくのは、読書貯金通帳で数字を積み上げるのに似た楽しさがありました。勉強も同じで、やればやるほど成績という成果で現れる。どこかゲーム感覚でした。
読書好きの両親とは本の話で盛り上がることも
──ご家庭はどんな雰囲気でしたか。
阿津川:「勉強しなさい」とも「本を読みなさい」と言われた記憶もあまりなくて。もしかすると中学受験を控えている6年生のときにこんなに読書をしていたから、内心親はドキドキしていたかもしれません。
本があるのが当たり前の家でした。幼稚園から小学1、2年生くらいまでは読み聞かせをしてもらっていて。今回、インタビューを受けるにあたり母親と話したら、小学3年生くらいからは6歳年下の妹に絵本の読み聞かせをしていたらしいです。全然覚えてないんですけど。

中学の頃は、ミステリ小説を読んで両親と感想を言い合うのが楽しかったですね。夕飯を食べながら「あの本どう思った?」「まさか、続編であんな話が書かれるとはね」みたいな会話をよくしました。
本格的にミステリが好きになったのは中学生の頃。図書館の司書の方にいろいろ薦めてもらったのがきっかけです。
本で読んだ内容が授業に出てくるとワクワクした
──東京大学を卒業されていますが、読書が学校の勉強や入試に役立ったと感じることはありますか。
阿津川:成績につながったかはわかりませんが、読書で知った話が授業に出てくると、「あの話だ!」とテンションが上がりましたね。たとえば社会で江戸時代の話が出てきたときは、はやみねかおるさんの『徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝 大江戸編』で読んだ話と重なって楽しかったです。
高校で世界史を選択したのは、ミステリ小説が好きだったからですね。フランスでこういうことが起きて、この影響によってイギリスで何が起きて…という因果関係をたどるのが、ミステリの謎解きみたいで面白いなと。世界史の授業でクラスメイトが寝ていると、「こんなに面白いのにもったいないな」と思っていました。
──読書がさまざまな物事への興味の幅を広げてくれたんですね。
阿津川:そうだと思います。勉強のために読書をしていたわけではありませんが、知識がつながると面白かったですね。あとは本を読んでいて知らない単語が出てくるとワクワクしました。昔から辞書を引くのが好きで。本を読んでわからない単語があれば、調べた単語にチェックをつけて、辞書が汚れていくのがうれしかったんです。
読書をすると、立ち止まって考える姿勢が身に付く
阿津川:先日、SNSで「無言の帰宅」の意味がわからないという話題がありました。投稿に対して「帰れてよかったですね」とすぐ反応してしまった人がいたようです。たしかに「無言の帰宅」という言葉は、そのまま辞書に載っている単語ではないから、どこかの文脈で学ぶしかない。本を読むことで、そういう言葉も知ることができるし、わからないことに出合ったときに立ち止まって考える姿勢も身につくんじゃないかな、と最近は特に思います。
「ミステリだけは負けない」弁護士志望から作家へ、圧倒的な読書体験が強みに

──弁護士を目指して東京大学へ入学されたそうですが、小説家の道を選びました。目指す道が変わったことを、今振り返ってどう感じますか。
阿津川:もともとゲームの『逆転裁判』が好きで、弁護士になりたかったんです。でも大学に入った瞬間、初めて挫折を味わいました。私の高校から東大に行ったのは2名だけで、高校では大体学年トップだったんですけど、大学に入ったらもっとレベルの高い人がゴロゴロいて。「全然叶わないな、弁護士として彼らと戦うのは無理だな」みたいな気分になったわけです。
でも、そんなときに文芸系のサークルに入ってみたら、ミステリに関しては違ったんですよ。読んできた量も、作品を見る感覚も、東大の中でも負けないと思えた。だから「ミステリの世界はがんばって突き詰めていこう」と思えて、高校時代に始めていた小説の新人賞への応募も続けようと決めました。
その後、無事に作家デビューして、最初は二足のわらじ、今は専業作家です。子どもの頃から読書で積み上げてきたものが、今の自分をつくっているんだなと思います。
「どうやって?」と「なぜ?」を楽しめるミステリ小説『怪盗うみねこの事件簿』
──初の児童書『怪盗うみねこの事件簿』は、どんな思いで書かれたんですか?
阿津川:私にとって、はやみねかおるさんの作品がミステリの原体験だったんです。だから自分がミステリに導かれたように、今度は子どもたちをミステリの世界に誘える本にしたいと思いました。
子どもの頃に読んだ児童ミステリで、名探偵が「どうやって」だけじゃなくて「なぜ」が大事だと言っていたのがすごく印象に残っていて。実際、私も子どもの頃は「犯人はどうやって?」と「なぜそんなことを?」が両方気になっていたんですよね。だから今回は、それぞれを考えるダブル探偵のような設定にしました。
ネタバレになるので詳しくは言えませんが、「なぜ?」の根っこにあるのは、すごく子どもらしい感情なんです。自分にも覚えのある感情だから、きっと読んだ子の心にも残るんじゃないかなと思っています。
本の中で「いつか読んでほしい本」も紹介
──本の中ではミステリの名作を書影付きでさりげなく紹介していますね。
阿津川:子どもの頃に読んだ小説に、難しい作品名が何度も出てきて、意識に刷り込まれたんです。そのときは読めなかったけど、「いつかは読まなければ」と思い続けて、大学生になってようやく読み切った本もあります。
今回も、今すぐ読んでくれなくていいんです。でも作品名が無意識に刷り込まれて、いずれ読んでくれることもあるんじゃないかなって。
みなさんがこの本をどう読んで何を感じるかは、もう私にはタッチできないことですし、どんな感想を持つのも自由です。ぜひ自分の自由な読み方を大事にしてほしいと思います。本の世界に入っているときって、基本的には一人きりの時間じゃないですか。誰にも邪魔されない、誰にも奪われない自分だけの世界。それって、一つの心のよりどころになると思うんです。私の本が、子どもたちの読書体験を広げるきっかけになったら、こんなにうれしいことはありません。
著書をチェック
海辺の町・うみねこ町で、奇妙な盗難事件が相次ぎます。盗まれるのは、こわれたおもちゃ、出しっぱなしのこいのぼり、使い古しの太鼓のばち……など、一見「価値のないもの」ばかり。いったいなぜ? そしてどうやって? 小学6年生のケン、ヒサト、カオリが、うみねこ町に伝わる伝説の怪盗「うみねこ」の正体に迫ります。
阿津川辰海さん初の児童向けミステリ小説。ミステリ図書室レーベルの第一弾です。本をめくると、短冊やカードなど、ストーリーのキーになるアイテムのイラストが文中に差し込まれていて、遊び心あふれるデザインも魅力です。
こちらの記事もおすすめ
文・構成/古屋江美子
