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「給食がつらい」子ども時代に感じていた困りごと
――子どもの頃、どんな場面で困りごとを感じていましたか?
加藤さん:いちばん困っていたのは、やはり食事ですね。とくに小学校の給食はかなりつらかったです。もともと幼少期から、味覚過敏による偏食で食べられるものが少ない状態でしたが、小学校1年生の最初の給食で気持ち悪くなってしまい、それ以降、給食の時間が苦痛でした。昼休みになっても食べきれず、先生に「給食室に戻していいよ」と言われるまで、ずっと我慢していたこともあります。
当時は「一口は食べなさい」というルールがあったのですが、その“一口”すらどうしても食べられませんでした。学校自体は楽しかったのですが、給食が理由で「学校に行きたくない」と感じることもありました。

――周囲から理解されにくいと感じることもありましたか?
加藤さん:はい。同級生から「なんで食べないの?」「好き嫌いしちゃダメだよ」と言われることもありました。でも、自分でも「なぜ食べられないのか」が分かっていませんでした。ただ、“嫌だ”という感覚だけがあって、それをどう説明したらいいのか分からなかったのです。だから、「理解されなかった」というより、「うまく伝えられなかった」という感覚のほうが強かったですね。
中学生で知った「感覚過敏」という言葉
――ご自身が「感覚過敏」だと分かったのはいつ頃だったのでしょうか?
加藤さん:中学1年生のときです。給食がどうしても嫌で、中学受験をして給食のない学校に進学したのですが、今度は“音”の問題が出てきました。
その学校は校庭がなく、みんなが屋内で過ごす環境でした。休み時間や授業中の音がすごくつらくて、体調を崩して保健室に行くことが増えました。そのとき、保健室の先生に「音で体調が悪くなる」と話したところ、「聴覚の感覚過敏なんじゃないか」と言われ、初めて“感覚過敏”という言葉を知りました。

――当時は、ご自身でも「みんなと違う」とは思っていなかったのでしょうか?
加藤さん:感覚って、生まれたときからずっと当たり前にあるものなので、「みんなも同じように感じている」と思い込んでいました。例えば、服のタグが痛いことや、レストランのにおいがつらいことも、「みんな我慢しているもの」と思っていたのです。だから、「自分だけ特別つらい」という認識を持ちにくかったですね。
先生や家族の理解が大きな支えに

――学校の先生との関わりで、印象に残っていることはありますか?
加藤さん:とくに印象に残っているのは、小学校6年生の先生です。「このまま成長期に食べないのはよくない」と校長先生に相談したら、お弁当の持ち込みを認めてくれました。また、修学旅行のときには、食べられるパンや飲み物を持参していいと言ってくださって、荷物も先生が持ってくれました。
中でもいちばん印象に残っているのは、お弁当に切り替えるときの対応です。先生がクラスのみんなに、「勉強が苦手な人、運動が苦手な人がいるように、加藤くんは食べることが苦手なんだよ」と説明してくれました。それ以降、「なんで食べないの?」と言われることが減りました。自分で説明しなくてもいいように配慮してくださったことが、本当にありがたかったですね。
――ご家族との関わりで印象に残っていることはありますか?
加藤さん:小さい頃は、親に「なんで食べないんだ」と言われてケンカになることもありました。でも、感覚過敏について分かってからは、「じゃあどうしようか」と一緒に考えてくれるようになりました。
例えば家族で旅行に行ったときも、私はコンビニエンスストアなどで食べられるものを買い、親は好きなお店に行くといったように、お互いに無理のない形で過ごしていました。「みんな同じにしなきゃいけない」ではなく、それぞれに合ったやり方を考えてくれたことは大きかったと思います。
また、「起業したい」と言ったときも、「まずやってみよう」と背中を押してくれました。自分の選択を尊重してくれたことは、今につながっていると思います。
「やってみたい」から始まった12歳での起業
――起業しようと思ったきっかけは、何だったのでしょうか?
加藤さん:実は、最初は感覚過敏を解決したいから起業したというわけではなくて。小学校6年生で起業した方が作ったカードゲームを見て、「こんな小学生がいるんだ」と衝撃を受けたのがきっかけでした。スーツ姿への憧れもありましたし、「自分もやってみたい」と思いました。

――最初から感覚過敏をテーマにしていたわけではなかったのですね。
加藤さん:そうですね。最初は、子どもの起業支援など、まったく別の活動をしていました。転機になったのは、父から「自分の困りごとを解決したら?」と言われたことです。ただ、そのときは正直あまり乗り気ではありませんでした。自分の苦手なものに向き合うことになるので、つらさもありましたし、「どうせ無理だ」と諦めていた部分もありました。
でも、そのときに「自分は感覚過敏があることで、やりたいことを諦めているな」と気づきました。「おしゃれをしたいけれど服が痛くて着られない」「食べたいけれど食べられない」…そういう“諦め”がたくさんあることに気づいて、「これは解決しなきゃいけない」と思うようになりました。
感覚過敏の人が「安心して過ごせる空間」を増やしたい

――現在はどのような活動をされているのでしょうか?
加藤さん:現在は、感覚過敏について知ってもらうための啓発活動、感覚過敏の方向けの商品開発、研究の3つを軸に活動しています。
最近はとくに、「カームダウンスペース」や「センサリールーム」といった、音や光などの刺激を遮断し、心身を落ち着かせるための専用空間の普及に力を入れています。感覚過敏の人が安心して休憩できる空間を増やし、学校や公共施設、イベントなど、様々な場所で安心して過ごせる環境づくりを進めています。
――そういったスペースは、感覚過敏の人以外にも役立つのでしょうか?
加藤さん:そうですね。今は感覚過敏の人向けという形で広がっていますが、将来的には、感覚過敏の人だけではなく、疲れたときや気持ちを落ち着かせたいときなど、誰もが使える場所になったらいいなと思っています。
例えば、仕事や人間関係で疲れてしまったときに、少し休憩して気持ちを整えられる空間があるだけでも、安心できることってあると思います。まずは感覚過敏の人が社会に参加しやすくなるための空間として広がっていき、その先で、いろいろな人にとって優しい場所になっていけばいいなと思っています。
感覚過敏の人だけではなく、みんなが過ごしやすい社会に

――活動の中で大切にしていることはありますか?
加藤さん:「誰かの快適が、誰かの困りごとにならないようにすること」です。例えば、“静かな空間”を全ての場所に求めてしまうと、今度は音を頼りに生活している人が困ってしまいますよね。
だから、「感覚過敏の人のためだけ」に変えていくのではなく、お互いにバランスを取りながら、みんなが過ごしやすい環境を考えることを大切にしています。先ほどの例で言えば、一部の時間帯だけ静かに過ごせる環境を作るなど、様々な人が共存できる方法を考えていきたいです。
感覚過敏の人の「困りごと」を知ることから始まる
感覚過敏のつらさは、外からは見えにくく、本人ですら気づいていないことがあります。だからこそ、「わがまま」と決めつけるのではなく、「どんなことがつらいのだろう」と想像することが、当事者の安心につながるのかもしれません。
加藤さんの活動は、“みんなと同じ”ではなく、“その人に合った過ごし方”を考える大切さを教えてくれました。困りごとの裏に、「困っている理由があるかもしれない」と考えてみることが、当事者への理解の第一歩になるのだと学びました。
感覚過敏とは具体的にどんな症状がある?こちらの記事では加藤さんご自身が解説しています。
感覚過敏研究所の公式サイトは>>こちら
この記事を書いたのは
美容師として働いた後、子育てをきっかけにWEBライターとして活動をスタート。現在は親子向けWEBメディアを中心に、子育て・教育・ライフスタイル分野の記事を執筆している。親子イベントや商品レビュー、専門家インタビューのほか、映画や配信作品のレビュー記事も手がける。