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「練習嫌い」の私が、オリンピックを目指した理由
――お父様は元学生チャンピオン、お母様は1989年の世界選手権で7位というレスリング一家で生まれ育ち、川井さん自身も小学2年生(7歳)でレスリングを始めたそうですね。
川井梨紗子さん:石川県にレスリングのジュニアクラブがあるからと、連れて行かれたのが最初です。2人の妹といっしょに習い始めました。
――小学6年生の時には全国大会で2位になっていらっしゃいますが、プロを目指したきっかけは?
川井梨紗子さん:きっかけは、TVで観たオリンピックです。2004年のアテネオリンピックに出場された、吉田沙保里さん、浜口京子さん、伊調 馨さん、伊調千春さんが圧倒的な強さで。
子どもって「大きくなったら何にでもなれる!」という全能感みたいなものを誰しも持っていると思うんですが、オリンピックで活躍する先輩方を見ていたら、私にもそんな気持ちが湧いてきて。強い姿に純粋に憧れましたし、「いつか私も(レスリングで)オリンピックに出たい」と、小学校高学年の頃には夢の一つになっていたと思います。
本当にオリンピックに行きたくて、どうしていくべきかを具体的に考えるようになったのは、高校に入ってからです。

――それまでは、ただただレスリングが好きで、楽しんでいたのですか?
川井梨紗子さん:いえ、楽しんではいません(笑)。体を動かすことは好きでしたが、レスリングを好きか嫌いかで言えば嫌いでした。というのも練習がキツくて……。
ただ、不思議と「辞める」という選択肢は出てこなかったんです。両親が指導者で、母に教わっていたこともありますが、「試合で負けたくない」という気持ちが強かったんだと思います。もともと負けず嫌いなんですよ。
――練習がキツくても頑張る川井さんに、ご両親はどのようなスタンスでしたか?
川井梨紗子さん:試合は大人でも緊張して、お子さんの中にはマットへ上がる直前に「やっぱり出たくない」というケースも結構あります。でもそこで、私の両親は「嫌なら出なくていいよ」「緊張するから辛いよね」ではなく、「乗り越えたら、もっと強くなるかもしれない」とか「ここを頑張ったら、こうなれるよ」というように、頑張った先の未来をいつも想像させてくれました。
目指すのは、厳しくも愛情深い「母のような指導者」
――川井さんが子ども時代、レスリングを指導してくださっていたのはお母様とのことですが、いま川井さんもお子さんたちにレスリングを指導されています。親御さんからの影響はありますか。
川井梨紗子さん:母はいまも子どもたちの指導をしているのですが、とくに勉強になるのは〝甘えと優しさの区別〟です。
私はクラブで預かっているお子さんたちが、実の子どものように可愛くて。でも、だからといって甘えさせてばかりなのは本当の優しさではありません。「これは、ほんとうにこの子のためになるのか?」とつねに自問自答して、時には厳しく接しています。
社会に出るといろんな人がいるでしょう。甘やかしてくれる人ばかりじゃない。だからこそ、厳しさの中に愛情を持った、真の優しさでお子さんたちに接したいんです。

――お母様も厳しかったのですか。
川井梨紗子さん:はい。大人になった私から見ても、いまもずっと変わらず熱心です。自分の時間を惜しまず指導にあてていますし、その熱量は私にはまだまだマネできないと感じます。いずれ私もこうなれたら〝人を育てられる〟のかな、と。
目指しているのは母のような指導者です。私が両親からしてもらったように、レスリングの技術を教えるだけではなく、人間として成長できるように導きたいですね。

「きょうだい」で同じ競技をするということ
――川井さんは、三姉妹の長女なんですよね。次女は、東京五輪で姉妹そろって金メダルを獲得された恒村友香子さんで、お二人の様子はSNSなどでも見かけます。

川井梨紗子さん:いまは3人とも結婚してバラバラに暮らしているんですけど、物心ついた頃から仲がよくて。いまもしょっちゅう連絡を取り合っています。3人とも子育て中で、三女も中学生までは競技をしていたので、家族のこと、レスリングのこと……いつも話題に困らないですね。
――話題に事欠かないほかに、きょうだいで同じ競技をしていてよかったことは?
川井梨紗子さん:競技のことを相談できたり、お互いに切磋琢磨できるのは、きょうだいで同じ競技をするよさだと思います。ただ、たとえば二人きょうだいで、一人は成績がよくて片方はだめだったら、だめなほうが劣等感を感じてしまう場合もあるかもしれません。いい部分も、そうではない部分もあるのが、きょうだいで同じ競技をするということだと思います。
――指導されてる中には、きょうだいで頑張るお子さんもいますか。
川井梨紗子さん:男の子でいますね。どうしても体格差がありお兄ちゃんのほうが強いので、弟はキーッ!となりながらも頑張っていますよ。
人間は一人ひとりちがって、全く同じ人間はいません。練習の様子を見ながら、保護者の方に「普段はどんな感じですか?」と家庭の様子を聞きつつ、お子さんの性格も加味して、指導の仕方をアレンジしなきゃと考えています。子どもたちの指導は夫(元レスリング選手の金城希龍さん)と一緒にしているので、夕飯を食べながら話し合うこともよくあります。
「産後の現役復帰」後は、筋肉痛がうれしかった
――リオデジャネイロ大会(2016年)、東京大会(2021年)と、2大会連続で五輪の金メダルを獲得後、ご結婚され、2022年5月には第一子となる女の子をご出産されました。妊娠・出産による肉体の変化や、初めての赤ちゃんの育児は大変だったかと思います。そのうえで、パリ大会(2024年)を目指して産後に現役復帰されたことに、同じ母として尊敬を覚えました。
川井梨紗子さん:当時、日本の女子レスリング界で、子どもを産んでから復帰して、全日本大会や世界大会でチャンピオンになった方がまだいなかったんです。だからそれを成し遂げたいという想いが、現役に復帰した一つの理由です。
もともと私は、「やりたい」と言ったら絶対にやるタイプ。〝二兎を追う者は一兎をも得ず〟という言葉がありますが、私は〝二兎を追いながら二兎を得たい〟(笑)。子育てもレスリングも、やりたいからやる!夫は私のことをよく理解しているので、「僕は梨紗子について行くよ」と見守ってくれました。

――とはいえ、産後すぐは自分の心身も戻っていませんし、赤ちゃんの生活リズムもバラバラだったりしますよね。
川井梨紗子さん:そうですね。私は妊娠中もレスリングをしたくて、したくて。出産して1ヵ月経ったらやるぞ!と意気込んでいました。
でもいざ娘が生まれたら、想像していた以上に寝不足だったり、授乳事情だったりが大変で……。それに1人目はとくに、私がちゃんとしなきゃ!って張り詰めて子育てをしていました。だから出産前に思い描いていた、産後1ヵ月で練習復帰はとても無理。レスリングのことを考える余裕もなかったです。

――出産による肉体の変化はどう受け止め、再び体を作り上げていったのですか?
川井梨紗子さん:当然ですが、産後は妊娠前にできていたことが全くできず、ショックというより、一周まわって面白くなっちゃいました。体が変わっているという実感はもちろんあったけど、こんなに変わるんだ〜って。でも、よくよく考えたら、ここからまた積み上げていけば元に戻るということを含めてプラスしかないと思えたんです。
練習すると、いつも筋肉痛になるんですよ。そのたびに、また少しずつ元に戻っている。成長しているって実感できて、産後3年間の現役中は筋肉痛がうれしかったですね。
「私がちゃんとしなきゃ!」は卒業
――ジュニアチームの指導にはお子さんたちを連れて行かれるそうですね。指導中、娘さんや息子さんはどうされているんですか?
川井梨紗子さん:夫が見てくれる時もありますが、夫も一緒に指導しているので、ジュニアチームの保護者の方に娘や息子を「お願いします」ってパス(笑)。保護者の皆さんは親として大先輩なので心強いですし、「私が皆さんのお子さんを指導するので、その間は私の子どもも見ていてください」と、託しています。
――持ちつ持たれつの、いい関係ですね。
川井梨紗子さん:ほんとうに、ありがたい限りです。周りに迷惑をかけてまで力を借りるのはちがいますが……お願いしますと素直に言える方がたくさんいることも、私が産後も現役や指導を続けられた大きな理由です。

――よい意味で周りを頼り、巻き込みながら自己実現をしていくことは、なかなか難しいことです。川井さんは、最初から上手に周りを頼れたんですか?
川井梨紗子さん:いえいえ。私は長女ということもあり、「私がちゃんとしなきゃ!」という気持ちが強くて、頼るのはとにかく苦手。(次女の)友香子とオリンピックを目指していたときも、私がちゃんとしてないと友香子も頑張れないと思っていたくらいです。長女が産まれてから、少しずつ周りを頼れるようになりました。
いまってスマホ一つで何でも検索できる時代ですが、子育てにはネットで調べても分からないことがたくさんあります。だからジュニアチームの保護者の方々に、「子どもがぜんぜん寝ないんですけど」とか「ごはん食べてくれなくて」とか、小さなことでもどんどん相談するようになったんです。そうしたら、自然と頼ってもいいんだと思えるようになりました。
――2024年には大学院にも進まれ、母・現役アスリート・ジュニアチームの指導に加え、学生も兼ねていました。
川井梨紗子さん:大学院へ進んだのは、子どもたちに指導をするうえで、自分の経験だけでなく、広い視点を取り入れたいと思ったからです。兼業は大変でしたが、学んでよかったと感じています。
――子どもが生まれると、むしろ自分のことより子どもに時間を取られます。それでも自分の「やりたい」を諦めないため、工夫したことはありますか?
川井梨紗子さん:勉強やトレーニングなど、私がやりたいことをできる時間は娘が幼稚園に行っている間ぐらいです。1日が24時間ではとうてい足りないので、やりたいことを全部やるために、家事で何を手抜きするかは徹底的に考えました。
食洗機にお掃除ロボット、洗濯乾燥機と、頼れる時短家電は全部頼って(笑)。ごはんはちゃんとバランスよく食べてほしいけど、手間ひまは省くために、切った野菜をジッパー付きビニール袋にたくさんストックして、よく作るのは鍋です。
子どもが風邪をひいて、勉強もトレーニングもできない日もありましたけど、そんなときは神様に「休んで」と言われているのだと思って、思い切って私もしっかり休む。子どもたちが私の日々にメリハリをつけてくれたと思います。

「努力の過程」を認め、見守る大切さ
――お子さんとの日々で、大切にされていることはありますか。
川井梨紗子さん:長女は4歳になったばかり。今はまず、見守ることを大事にしています。例えば最近は洋服のボタン掛けを練習しているのですが、母としてやらせてあげたい気持ちと、せっかちな私は自分がやったほうが早いという気持ちがせめぎ合います(笑)。でも、状況が許すのなら、どれだけ時間がかかっても見守る。

――声かけも工夫されていますか?
川井梨紗子さん:娘が自分でボタンをかけられた時に「できて、すごいね」と結果への評価じゃなく、「ボタンをかけるために○○を頑張ったんだね」というように、過程の努力を評価するように心がけています。
私も同じように、母から過程の努力を大事にしてもらった記憶があるんです。小学生の頃、私はマラソン大会で1位になったことがあって、「1位になったから何か買って」とお願いしたんです。そうしたら「あなたはご褒美を買ってもらうためにマラソン大会を走ったわけじゃないでしょ。一番になりたくて練習も本番も頑張ったんでしょ」って言われて。レスリングでもそう。「金メダルを取ってすごい」ではなく、金メダルを取るための努力を常に見てくれていました。

――ちなみに、いつかお子さんたちがレスリングをしてくれたらという気持ちはありますか?
川井梨紗子さん:やはりありますね。ただ、長男はまだ分かりませんが、長女は一切興味がないんですよ。ジュニアチームの指導には0歳から連れて行ってるし、長女は同世代のお子さんがレスリングを練習しているのも見ているんですが……。でも、体を動かすのは好きみたい。いつかレスリングにつながったらいいなと、今は体操教室に通わせています。
――体を動かすことが好きなのは、ご両親譲りですね。では最後に、今後の目標を聞かせてください。
川井梨紗子さん:私が現役中に経験したことや、子どもの頃から母にしてもらった教育などを、講演活動やSNSなど、いろいろな形で発信して、一人でも多くの方に伝えたいです。その中で、同じ境遇じゃなくても、何かのヒントになったり背中を押したりできたらと考えています。
レスリングで言えば、子どもたちへの指導は引き続き頑張っていきたいですね。いつかは教室が開けたら、という夢もあります。教えている子どもたちが、「レスリングをやってよかった」「川井先生に出会えてよかった」といつか感じてくれたらうれしいです。
――ありがとうございます。今後の発信や活動も楽しみにしています。
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お話を聞いたのは
オリンピック2連覇(2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年東京オリンピック)、世界優勝6回の元レスリング選手。2025年10月に現役引退し、現在はサントリービバレッジソリューションに所属。2児の母/大学非常勤講師・レスリングコーチ。
この記事を書いたのは
朝ランが日課の編集者・ライター、女児の母。料理・暮らし・アウトドアなどの企画を編集・執筆しています。