「ツレうつ」作者の細川貂々さん、ご自身の子育ては「ツレが息子を公園デビューさせてママ友を作っていた」ーー初の創作絵本「タネがひとつぶ」は幼かった息子さんと共作した思い出のストーリー

「ツレがうつになりまして。」の作者・細川貂々さんが初めての創作絵本を出版。なんとこの物語、現在18歳で大学生となった息子さんが5歳だったころ、一緒に考えた物語だそう。ちょっと意外で思わず笑ってしまう展開は読み聞かせにもぴったり。ご家庭では貂々さんがパパで、夫のツレさんがママの役割だという、貂々さん家ならではの子育てについても伺いました。

息子さんへの「一緒にお話作ってみる?」からスタートした絵本

――本作「タネがひとつぶ」は幼かった頃の息子さんと考えた物語がもとになっているそうですね。

貂々さん 今から13年前、息子が5歳だったときに一緒に考えたお話です。息子に「なにか一緒にお話作ってみる?」と誘って、息子が「こうでこうでこうで」と話すのを、「そのあとはどうなったの?」と聞きながら、絵本にしていたんです。当時はそれをカフェとギャラリーが一緒になっているお店で展示していることもありました。

その後、ラフのようなものを描いて、出版社に持ち込んだという経緯です。

――出版前に絵本という形になっていたんですね。

貂々さん はい。もともとは息子が絵を描いたものがあって、それをもとに私が改めて絵本にしたんです。残念ながら、息子が描いたバージョンは紛失してしまいました。

――本作が初めての創作絵本とのことで、普段書かれている本と違って気をつけたところ、気を遣ったところはありましたか?

貂々さん 出版にあたり、以前描いていた絵本に少し手を加えています。初めてのことだったので、わからないことだらけでした。いつもは漫画を描いているので、絵本の編集担当の方に「漫画はコマのなかで物語が進んでいくのに対して、絵本はページごとに進んでいく」と教えていただき、その感覚が違うので苦労しました。

――試行錯誤されたんですね。

貂々さん 最初のラフだと物語に予想がついてしまうのではないかという担当の編集さんからの指摘もあり、物語に緩急をつけたりしました。また、話のなかに出てくる3つのものも、”面白いもの・描きやすいもの”はなんだろうと決めていきました。当初の息子と作った絵本よりも絵がうまくなっていたので、それはちょっとした発見でした(笑)。

当初の物語にはなかった桃ですが、“ぱか”と割れるさまが面白いことから本作には登場。貂々さんの好物でもあるそう。

――出版社にラフを持ち込んだとのことですが、絵本として出版したいと思った理由はありますか?

貂々さん 改めて読み直したときに、素直に面白いなと感じて笑ってしまったんです。

それに「これって私の人生だな、私ってこんな風に生きているな」とも思いました。ぶっちゃけて言うと、本を書くたびに次は売れるといいなと思い、でも当たらなくて当たらなくて、でも時々当たる感じが、本作に通じるなと。

息子にも読んでもらったら、この物語を作ったことは忘れていましたが、「こんなの書いていたんだ。俺くだらねぇな」と言って笑っていました

息子が幼い頃は物語を作ったり、絵を描いた際にそのストーリーを聞くように

――一緒に物語を考えたり絵本にしたりすることは、小さいときはよくやっていたのでしょうか。

貂々さん そうですね。私から「物語にしたいことはある?」と聞いて、その内容をスケッチブックに書き留めていました。

――そうすることになったきっかけはありましたか?

貂々さん 息子は幼い頃から絵を描くのが好きで、描いたときに「その絵はどういう意味があるの?」と聞くと、「こうでこうで」と説明してくれていたので、そんな風に彼が作ったお話をいろいろと聞くようになっていました。

断片的な話が多く、物語として完成したのはこの絵本のストーリーだけです。

――物語が思いつくということは、絵本もお好きでしたか?

貂々さん 息子が生まれたときに読み聞かせをしようと思い、当時活用していた『パルシステム』から毎月絵本を買っていました。

それ以前は絵本に興味がなくて家に1冊ほどしかなかったのですが、これで注文するようになってどんどん増えていきましたね。今は何百冊とあると思います。

――読み聞かせをしてたのですか?

貂々さん 「子育てでは読み聞かせをするといい」と聞いたことから読み聞かせを始めましたが、実際に読んでみると話せない月齢でも、笑ったり、反応したり、絵本を通してコミュニケーションを取れるのが面白くて続けていました。そのときも絵本を読みながら「これはどう思う?」と聞きながら読んでいることも多かったですね。

息子は今も本が好きで、自分でも小説を書いているようですが、親には教えてくれません。

――絵本以外で、幼い頃のお子さんはどんなことが好きで、ご家族ではどんな遊びを楽しんでいましたか。

貂々さん 1歳半のときから電車が好きでした。電車を見ていると喜んでご機嫌になるので、家族で電車に乗りに行ったり、見に行ったりすることが遊びになっていました。

乗ったときのはしゃぎっぷりがすごくかわいいし、幸せそうで。それを見るのがうれしくて、当時住んでいた千葉県浦安市を通る地下鉄東西線から始まってあちこち乗りに行き、いちばん遠くはトワイライトエクスプレスに乗るために北海道まで行きました。私自身電車は全然知りませんでしたが、めちゃめちゃ詳しくなりましたね。

電車のあとはゲームが好きになり、中学生になると、もともと凝り性なので、夜中の24時に配信されるゲームのために学校から帰ったらお風呂入ってご飯食べてすぐに寝て、23時半に起きてダウンロードしてから朝までやっていましたね。

――そうなんですね! それは家庭的にはOKしていましたか?

貂々さん 自分の責任でと前置きをしてOKにしていました。

絵本は次はなにが起こるんだろう? というわくわくの連続。

母親的役割のツレさんが、息子の公園デビューをし、ママ友を作り交流していた

――貂々さんのご家庭では、お子さんの幼い頃の子育てや中学受験の親塾は夫である“ツレさん”が担っているとお聞きしました。これまでの子育ての中で、ご夫婦で役割は違いましたか。

貂々さん そうです。夫の方が一般的な母親の役割をしていて、私が父親の役割だと思います。ツレは今でもご飯や着る物が心配で毎日ハラハラしていて、私は息子の話を聞いて「こうしたほうがいいじゃないか」と社会的な悩みへのアドバイスをするような役割ですね。

――幼いときからもう今に至るまで変わらないんですね。

貂々さん そうだと思います。幼いときからツレがママだったんです。

――著書「ツレがうつになりまして。」にもありましたが、ツレさんは鬱になったのち、会社を退社されています。今は貂々さんの会社の社長を務めているそうですが、子育てに時間を使えるのはツレさんだったということでしょうか。

貂々さん はい。公園に連れていくのもツレだったので、息子を公園デビューさせて、ママ友を作り、交流をしていました。

当時、公園に1人で来るパパは珍しく、周りは話しかけてくれなかったらしいんです(笑)。だからママたちをジーっと観察して中心的な人を見つけて、最初にその人と仲良くなるようにすると、周りもだんだんと話してくれるようになったみたいです。

――すごい! 女社会をよくご存じで(笑)。貂々さんはお子さんと一緒に過ごす機会は少なかったですか。

貂々さん 少なかったです。だから、時々「公園に連れてってくれ」と言われると、どうしていいかわからなくて、公園の外でじーっと待っていたこともありましたね。

夫にまかせきりだった子育て。あることで学校の本部役員に立候補し、息子との関係にも変化

――これまでの子育てにおいて印象に残っているエピソードはありますか。

貂々さん 今お話ししたように子育てに関わってこず、学校のことも全部ツレに任せて、学校の役員までやってもらっていました。でも、小学2年生になり、入学以来初めて授業参観に行ったら息子のクラスが学級崩壊をしていたんです。

これはまずい、親としてもっと知って、関わらなければいけないと思って、その後、募集がかかった4年生から3年間本部役員をやりました。学校に行って息子の様子を見るようになり、私も変わりましたし、息子自身も「今まで母は僕のことなんか気にかけていないと思っていたけど、気にかけてくれてうれしい」と。そのあたりから親子関係も変わったように思います。

今まではママ友もいなかったのが、役員でそういった方と出会いました。そうするといろいろな情報をもらえるようになりましたし、地域の人とも関われるようになり、生活しやすくなったことも感じています。やってよかったです。

――そうだったんですね。さまざまな経験を経て、子育てで大切にしていることや実践していることをぜひ教えてください。

貂々さん 息子の話を聞くこと、否定しないこと、成長の芽を摘まないようにすることを心がけています。

彼は辛いことがあると結構話をしてくれるんです。一時期学校が嫌な時期があり、当時もそのことをゆっくりゆっくり、言葉をかみしめるように話していました。

そういうときに待てなくて、つい「それってどうなの?」とか「こういうことなんじゃない?」などと言いたくなってしまうんですが、絶対言わず、ただ聞くことに徹すると、より話してくれるようになりました。

18歳と大きくなった今も、話を聞いていると「その考え方は違うんじゃない?」とつい言ってしまいます。しかし、息子に「否定されるから言うのが嫌なんだ」と言われるので、なるべくしないように。話を聞くときはひたすら聞くという姿勢を貫いています。

――忙しいときは急かしてしまいがちですが、じっくり聞かないと本当のことは言ってくれないのかもしれないですね。

貂々さん そうなんです。1時間くらい話をするときもあって、内心「長いな」と思ったとしても、気が済むまでしゃべらせないといけないなと思って聞いています。

――最後に、本作についてHugKum読者にメッセージをお願いします。

貂々さん 単純に面白がって楽しんでくれたらうれしいです。何回も読み返すと、何かはっ! と気づくことがあるかもしれません。

――本日はありがとうございました。

子どもから出てくるオリジナルの物語を書き留めておくと、いつか大切な思い出に

子どもが何気なく話す、オリジナルのストーリーや描いた絵に対するコメント。普段子育てをしているとすっと流れていってしまい、忘れてしまうようなこれらの言葉も、書き留めておくと、後日大切な思い出になったり、貴重な作品になったりするのかもしれません。当時の息子さんの感性が光る「タネがひとつぶ」、ぜひ親子で一緒に読んで、楽しんでくださいね。

ほそかわてんてん 徳間書店 1,870円(税込)

フクくんと、ねこくんが、駄菓子屋のくじびきであたりを引きました。
景品は、タネ。
「えー?」とフクくんががっかりすると、駄菓子屋のおばさんが言いました。
「これは、ふしぎなタネ。つちにうめて、みずをやれば、すぐにおおきくなるから。むふふ」
フクくんとねこくんは、おばさんに言われたとおり、タネをつちにうめて、水をやります。
すると……?

予想を裏切る(⁉)展開に大笑い。
ほそかわてんてん初のオリジナル創作絵本。

お話を聞いたのは

ほそかわてんてん 作家

1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家、イラストレーターとして活躍。夫のうつ病を描いた『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)がヒット。児童書にも活躍の場を広げ、「がっこうのてんこちゃん」シリーズ(福音館書店)、『こころってなんだろう』 『みらいってなんだろう』 『しごとってなんだろう』『おかねってなんだろう』(講談社)などが好評を博している。

この記事を書いたのは

長南真理恵 ライター

子育てや教育、エンタメにまつわる方々への人物インタビューを多く取材・執筆。大人はもちろん、子どもたちから話を聞くのも好きです。3兄弟を育てる母でもあり、同じように子育てに向き合っている方たちが共感できたり、悩みや困りごとに寄り添えるような記事を発信しています。

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