「おむすび」で自殺を思いとどまった青年も~「森のイスキア」佐藤初女さんの教え

心病める人を受け入れ、食事と生活をともにすることで、社会に再出発させてきた「森のイスキア」の佐藤初女さん。亡くなられても、なお多くの人に求められる初女さんの写真展が島根県・石見銀山でカフェやショップ、宿を運営する「石見銀山 群言堂 本店」蔵ギャラリーで開催中。写真展初日には、写真展連動企画としてギャラリートークとおむすび講習会も催されました。

石見銀山のシンボルショップ「群言堂」で「佐藤初女写真展」が開催

江戸時代、石見銀山で栄えた街並みを残す大森地区のメインストリートにある「石見銀山 群言堂 本店」は、築約150年の商家を改装した建物。写真が展示されている蔵ギャラリーをはじめ、季節ごとに楽しめる中庭をのぞむカフェや、気持ちが豊かになる雑貨や洋服を扱うショップなど、暮らしの楽しさを発信するスポットとして、全国各地から大勢の人が訪れています。「長い歳月をかけて理想の空間を作り上げてきた」という場所で、今、佐藤初女さんの写真展が開かれています。

石見銀山 群言堂 本店「佐藤初女写真展」

https://www.gungendo.co.jp/news/details/005129.php

なぜ佐藤初女さんの写真展を開催することになったのでしょうか。群言堂を運営する株式会社石見銀山生活観光研究所・代表取締役社長の松場忠さんに聞いてみました。

自分たちの根のある暮らしを伝える場として、初女さんの思いを伝えたい

「ここは人口400人の町。何かがあると思って都会に向かう人は多いでしょうが、僕たちは逆に取り残された場所にこそ、これからの生き方のヒントがあると思っています。“根のある暮らし”と言っていますが、自分たちの場所に根差した暮らし方をしていくことが幸せな時代がまたやってくると思っているんです。初女さんもまた青森県という土地に根差して活動されたかた。目の前にいる一人一人に向き合い、またご自身の仕事を淡々と積み重ねたことで、幸せを体現されたかたなのかなと僕たちなりにつながりを感じて、こうしたイベントを開催させてもらうことになりました」

食べて自殺をとどまった青年がいる「佐藤初女さんのおむすび」

佐藤初女さんを語る、写真家・オザキマサキさん

写真展の初日の9月12日には、初女さんの撮影者である写真家のオザキマサキさんを迎えたギャラリートークと、初女さんから直々におむすびを習ったというブルーベリーフィールズ紀伊國屋の岩田康子さんによるおむすび講習会が開催。30名を超える参加者たちで、会場はにぎわいました。

「ギャラリートークは、オザキさんの穏やかだけど、熱い人柄が伝わるものでした。こういう人が撮っているんだなというのがわかるので、聞いている人は納得感がありますし、また写真を見たときの感じ方も深くなるでしょうね。おむすびは、うちの宿でもすごく大切にしているもの。これまで自分たちのやり方でやってきたところに、もっと伝わる結び方を初女さんのおむすびから教わり、今回のワークショップを通して僕たち自身が成長させてもらいました」(松場さん)

おむすび講習会では、まず岩田さんのデモンストレーションから。作り方の手順の説明を受けた後は、さっそく数人ずつのグループに分かれて実際に作ってみることに。

そもそも初女さんのおむすびは、ふつうのおむすびと何が違うのでしょうか。

「初女先生のおむすびは、それを食べて自殺を思いとどまった青年がいるというエピソードもあるように、人の心を動かすおいしさであるということですよね。どうしたら、こんなにおいしいおむすびができるのだろうと考えると、やはり時間をかけて一つ一つていねいに作られていること、そして食べる人のことを思って作られるからだろうと思います」(岩田さん)

そう岩田さんが話すように、初女さんのおむすびは、おむすびの大きさをそろえるために器にごはんをよそうことから、梅干しを同じ大きさにちぎってごはんに入れる、まな板にのせたごはんを塩をつけた手で順々に握る、握るときもごはんの一粒一粒が呼吸できるようにふわっと握る、おむすびの大きさに合わせてカットしたのりを上下互い違いにつける……、とにかく手間がかかります。

「みなさんが特に苦労されているのは、握るところ。まな板から手のひらに持ち上げるのが難しいというかたもおられますし、持ち上げても手の中でどう形をととのえていいのかわからないというかたもおられます。なかなか一回でできるものではありませんが、みなさんいっしょに、おむすびを結んでいるうちに、うれしい、楽しいという気持ちも結んでいるようで、とてもよい時間になりましたね」(岩田さん)

ゆったりとした空間で初女さんと対話できる写真展

写真展会場は、店舗内にある蔵を改装したギャラリーで。ゆったりとした気持ちで初女さんと出会えるように落ち着きのある暗さのライティングにしてあります。

 

「オザキさんの写真は、その時間の中に流れる空気感が伝わる写真です。初女さんは、こういうふうに働いておられたのだろうなとか、何かを祈るとはこういうことなのかなとか、見て伝わる写真なので、そこから初女さんの在り方や生き方を感じていただけたらと思います。また今回の写真展では、それぞれの写真にオザキさんのギャラリートークの内容が文章として添えてあります。オザキさんはロマンチストで、素敵な文章を書く人。一つ一つは数行ですが、それだけでも、そのときにオザキさんがどういう気持ちで撮ったものか、思いをはせてもらえるし、初女さんを追体験できるひとつの装置になるだろうと思っています」(松場さん)

写真展の会期は10月8日(火)まで。秋めいた石見銀山へ、家族みんなで初女さんに会いに行く旅はいかがでしょうか。

石見銀山 群言堂 本店「佐藤初女写真展

初女さんの心をかける子育て』小学館

初女さんのおむすびの作り方も載っています。

佐藤初女(さとうはつめ)

1921年、青森県生まれ。小学校教員、染色工房を経て、1992年に岩木山の麓に「森のイスキア」を開き、助けを求めて訪れるすべての人を無条件に受け入れた。食事と生活を共にして寄り添うことで、多くの人がイスキアから再出発を果たした。アメリカ国際ソロプチミスト協会賞、国際ソロプチミスト女性ボランティア賞、第41回社会貢献者表彰受賞。2016年、逝去。享年94歳。

撮影/オザキマサキ 取材・文/池田純子

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