「子育て」と場面を限らなくてもいいですが、座右の銘と言われたら、何を思い浮かべますか? 筆者は「万感の書を読み、万里の道を往く」という画家・富岡鉄斎の言葉が真っ先に出てきますが、座右の銘として日本のことわざを挙げる人も多いはずです。
例えば「笑う門に福来(きた)る」。とてもいい言葉ですよね。心身の疲労や経済的な問題で何かと笑顔を忘れてしまいがちな育児においても、ぜひ思い出したい言葉です。このことわざは一体、どういった由来や語源を持っているのでしょうか。
「笑う門に福来(きた)る」の意味
恐らく、多くの人がすでにその意味を知っていると思いますが、「笑う門に福来る」という言葉を、まずは辞書できちんと調べてみましょう。
<笑いの絶えない人の家には、自然と幸福が訪れる>(小学館『大辞泉』より引用)
笑っている人の家には幸せがやってくる、なんとなく直感として「正しい」と納得させられる、ことわざですよね。
「笑う門に福来る」の由来
誰もが知ることわざ「笑う門に福来る」、一体どこで生まれたのでしょうか? 『日中こどわざ辞典』(同学社)によれば、「笑う門に福来る」に対応する中国語として、「笑门福来」という言葉が書かれています。その意味で、中国が由来かと思われがちですが、実は直接的には違うようです。
筆者の友人で王さんという北京在住の中国人ジャーナリストがいます。その彼に言葉の有無を確かめてみると、「笑门福来」という言葉は、現在の中国語に存在しないそうです。もちろん、中国人として意味は100%分かるとの話ですが、ちょっと意外ですよね。
北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)には、
<中国でも「笑門福来」というが、日本のことわざとの関係は明確になっていない>(『故事俗信ことわざ大辞典』より引用)
とあります。日本の辞書はあくまでも、中国語との関係を示唆します。しかし実際には、中国で「笑門福来」と言えば意味は通じるものの、中国語に日常的に対応する使用例は存在しないと理解したほうが良さそうです。
一方で、北村孝一監修『ことわざを知る辞典』には、興味深い記述が見られます。「笑う門に福来る」の由来について、日本の中世の祝福芸が考えられるといいます。当時は、正月になると七福神である大黒天と恵比寿の姿に変装した人が、家々の門の前に現れて笑いを振りまき、家主から金銭などのお返しを受け取る大黒舞という風習があったそう。
このころから、笑いが福を呼ぶと信じ、大黒舞を歓迎する庶民が大勢いたために、「笑う門に福来る」という言葉が生まれたという話。後に上方かるたの「わ」に収録されると、いよいよ「笑う門に福来る」という言葉が定着していったと考えられます。
「笑う門に福来る」の使い方・例文
「笑う門に福来る」の言葉は、さまざまな文献にも確認できます。例えば、室町時代の末期の狂言『筑紫奥』などに始まって、1901年の国木田独歩の作品『初孫』など、枚挙にいとまがありません。例えば国木田独歩の『初孫』では、
<実に珍無類の滑稽にて、一家常に笑声多く、笑ふ門には福来るの諺で行けば、追々と百千万両何のその、岩崎三井にも少々融通してやるやう>(『初孫』より引用)
と表現されています。もっと分かりやすい現代風の言葉で言えば、1984年の室町京之介の『続香具師口上集』が挙げられます。
<ただニコニコとしておやり、笑う門には福来る、だよ>(『続香具師口上集』より引用)
こうしてあらためて作中で見ると、「笑う門に福来る」という言葉は、シンプルであり、否定しがたい説得力を持つ、本当にすてきな言葉だと感じませんか? 三重県の伊勢地方では「笑門」と書かれた木札を正月飾りとして、玄関や門に飾る習慣もあると知られています。
「笑う門に福来る」の類語・四字熟語
「笑う門に福来る」の意味や背景、使用例は分かりました。では、この言葉に類似した熟語や言葉は、他に何かあるのでしょうか?
和気財を生ず
「和気」とは辞書『大辞泉』(小学館)によると、「のどかな気候や陽気」、「人の和やかな気分」を意味すると書かれています。「和気財を生ず」のケースであれば、後者の和やかな気分を意味していると考えられます。穏やかで和やかな気分でいれば、財をなす=幸せになれるといった意味ですね。
幸運は楽しい門を潜ってくる
この言葉は恐らく、英語の「Fortune(幸運) comes in by a merry gate(楽しい門)」という表現の日本語訳だと考えられます(詳しくは後述)。
笑って損した人なし
大変な説得力を持つ表現です。確かに笑って損する場面は、なかなか考えられません。
筆者は高校生時代に入っていたサッカー部の監督から、笑ってはいけない場面で「何笑っているんだ」としかられた経験がありますが、大筋で人生は「笑って損した人なし」ですよね。
怒れる拳、笑顔に当たらず
「怒れる拳、笑顔に当たらず」をウェブ版の『imidas』で調べると、次のような説明が掲載されています。
<怒りにふるえて挙げた拳も、笑顔の相手にはやり場がなくなる>(『imidas』より引用)
「怒れる拳、笑顔に当たらず」、筆者は勝手に、ガンジーや坂本龍馬を連想してしまいます。皆さんは、どうでしょうか?
英語や中国語にもある?
これまで、「笑う門に福来る」の由来や類義語を紹介する中で、中国語や英語についても触れてきました。外国語では実際にどのように言うのか、もう少し掘り下げてみましょう。
英語だと「笑う門に福来る」は?
先ほど、「Fortune comes in by a merry gate」という英語を紹介しました。「幸運は、楽しそうな門からやってくる」といった意味ですね。他にも何かないかと、知人で翻訳家のアメリカ人に聞いてみると、「Laugh and get fat」を教えてくれました。
直訳すると「笑って、太れ」という意味ですね。この場合の「太る」は、太るほどおいしい食事を食べられる裕福な生活を意味しているそうです。
中国語だと「笑う門に福来る」は?
先ほどは、中国語で「笑门福来」という表現が存在しない可能性について触れました。では実際に中国語でどのように言うのか、あらためて、北京に在住する中国人ジャーナリストに聞いてみました。すると、彼は「心宽体胖」、「笑口常开」という言葉を教えてくれます。
「心宽体胖」は英語の「Laugh and get fat」に対応する言葉で、意味は「ゆったりとした気性の人、明るく朗らかな人には、幸せがやってくる」という感じみたいです。
「笑口常开」は中国において相手の幸福を祈る決まり文句で、縁起のいい絵画やポストカードなどに「笑口常开」という言葉が添えられるケースも多いみたいですね。意味は「いつも笑顔で」みたいな雰囲気です。
他には日本の辞書を調べると、『日中こどわざ辞典』(同学社)には、「和气致祥」「幸福来」「笑门开」なども書かれていました。
最初の「和气致祥」は、「和気は祥(めでたいしるしのあらわれ)に致す」といった意味ですから、先ほど紹介した「和気財を生ず」と深い関係がありそうです。
「幸福来」はそのままの意味、「笑门开」の最後の鳥居のような文字は、英語だと「open」、日本語だと「開」です。「開」の門構えの内側と「开」は一緒ですね。先ほどの「笑口常开」にも使われていました。
https://hugkum.sho.jp/187312
「笑う門に福来る」って本当なの?
今まで、さまざまな形で「笑う門には福来る」の言葉について調べてきました。ただ、直感としてではなく、科学的に、あるいは医学的に、この言葉には信ぴょう性があるのでしょうか?
笑うと、心身共に健康になる
結論から言えば、「笑う門に福来る」の信ぴょう性は、極めて高いとさまざまな研究で明らかになっています。例えば、追手門学院大学に設置された笑学研究所の公開講座の資料が参考になります。その中で笑顔は心身共に健康になるための鍵だと語られています。
同講座によれば、皮膚、筋肉、関節などに炎症と変化が起こる膠原(こうげん)病を患ったアメリカ人ジャーナリストの話が紹介されています。その人は、ビタミンCの大量摂取と笑顔で、「難病」とも言われる膠原病を克服したと紹介されています。
笑いは息を吐く行為のため、体の緊張が解け、副交感神経が刺激されて、体がリラックス状態にもなると書かれています。要するに、笑いは心身共にプラスの影響があるのですね。
笑うと、周囲と仲の良い関係が結べる
笑学研究所の公開講座では、笑いのもたらす人間関係への効果も紹介されています。笑顔は世界で共通して、「戦わない」「敵対しない」を意味するそう。言い換えれば、笑顔は人間関係を良好にする大切なツールになってくれるのです。
確かに筆者も仕事柄、海外取材に頻繁に出かけますが、言葉が通じない国でも笑顔さえ絶やさなければ、人間関係は何とかなると経験から痛感しています。
笑顔を絶やさなければ、子育てはもちろん、夫婦、保育所や幼稚園でのママ友の関係など、あらゆる人間関係が好転するかもしれないのですね。
笑うと、環境を変えられる
笑学研究所の公開講座では、笑顔による環境変化の可能性も指摘されています。例えば学級崩壊の現象が見られる小学校の校長先生が、率先して校門に立って、登校する子どもたちに笑顔を見せながら「笑顔いっぱい、元気いっぱい、勉強いっぱい」の呼び掛けをしたところ、状況を好転させられたと紹介されています。
この効果を「誘引効果」と呼ぶそうです。筆者は似たような効果として、「ミラーリング」という言葉を聞きます。誰かが笑えば、向かい合っている人は鏡のように笑顔になるという話です。笑顔の連鎖が結果として環境を好転させると考えれば、納得できる話ですよね。
笑顔が幸せの連鎖に
子育ては、幸せをたくさん感じられる一方で、楽ではない場面も少なくありません。子どもの夜泣きがあり、経済的な負担があり、発達の悩みがあり、社会からの疎外感と無理解があり、特に子どもが小さいうちは、思わず暗い顔をして涙を流したくなる瞬間もあるはずです。
そのような厳しい時期こそ、「笑う門に福来る」をモットーにしてみてはどうでしょうか。笑顔を絶やさなければ、心身共にリラックスができます。子どもとの関係、夫婦の関係、実家の両親との関係、ご近所との関係が好転するかもしれません。家庭内で笑顔の連鎖も、見られるかもしれません。
笑顔を「選ぶ」という選択肢
自己啓発本の世界的なベストセラー、スティーブン・R. コヴィー著『7つの習慣-成功には原則があった!』(キングベアー出版)によると、人は自分の反応を選ぶ主体性が備わっているといいます。
何か大変な事態に直面した時、泣くのか、笑い飛ばすのか、その人次第という話です。なかなか簡単ではありませんが、悩みに直面した時に、笑い飛ばす選択肢も自分にはあると意識するだけでも、状況は違ってくるかもしれません。
笑口常开(いつも笑顔で)! 皆さんの子育てに少しでも笑顔が増えるように、ささやかながら、この文章をお届けします。
文・坂本正敬 写真・繁延あづさ
【参考】
笑いの効用~笑って元気に生きる~ – 追手門学院大学
『日中こどわざ辞典』(同学社)
『大辞泉』(小学館)
北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)
北村孝一監修『ことわざを知る辞典』(小学館)
スティーブン・R. コヴィー著『7つの習慣-成功には原則があった! 』(キングベアー出版)