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義務教育とは、子どもに義務があるのではなく「学びを授ける義務」があること
編集部が学校見学をした不登校特例校は、令和3年に開校した岐阜市立草潤中学校です。岐阜市のほぼ中心にあり、主に岐阜市内に住む生徒が学んでいます。生徒は1,2,3年合わせてわずか40人。教職員は26人。手厚く、恵まれた環境です。
不登校とは
「なんらかの心理・情緒的・身体的あるいは社会的要因・背景により登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」
と文部科学省が定義しています。ここの中学生たちも、住まいの地域の学校にはなかなか足が向きませんでした。
子どもが不登校になると、保護者も学校も「子どもが行きたくないといっても、学校に行かせないといけない。特に中学卒業までは義務教育なんだから行かせないと」と、子どもたちに、学校に行くことを強制しがちです。しかし、それが「行きたくない、行けない」をさらに深めてしまうことも多々ある、ということは周知のとおりです。
義務教育とはなんでしょうか。教育基本法第4条(義務教育)には、
国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
と示されています。子どもが学校に「行かねばならない」という義務ではなくて、子どもには学ぶ権利があり、保護者や学校などはすべての子どもに学びを授ける義務がある、ということなのです。
学習指導要領と別のカリキュラムも可能
不登校の子どもも学びたいと思っています。ただ、学びの場である地域の学校に行けない――。
そんな社会的背景を鑑みて、平成28年12月7日に「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」が成立しました。不登校の児童生徒の実態に配慮した、特別の教育課程を編成して教育を実施する必要があると認められる場合、文部科学大臣が、特定の学校で、それを実施できる、という内容です。つまり、不登校児童生徒に、環境を変えたり、学ぶ内容を変えたりして学ぶ機会を創出することができる、ということになったのです。
さらに、この法律に基づいて策定した基本指針では「不登校児童生徒の意思を十分に尊重しつつ、個々の児童生徒の状況に応じた支援を行うこと」の重要性や、不登校児童生徒に対する多様で適切な教育機会の確保のため、教育支援センターや不登校児童生徒等を対象とする特別の教育課程を編成して教育を実施する学校=「特例校」の設置を促進することについても示しています。
そのような法律に基づき、全国の自治体で、少しずつ不登校特例校が増えてきました。そして、そのひとつとして、岐阜市立草潤中学校が令和3年度から開校している、ということなのです。
参考資料:不登校特例校の設置に向けて(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/content/20200130-mxt_jidou02_000004552-1.pdf
生徒が学校に合わせない。学校が生徒に合わせる
開校にあたり、大学教授、小児科医、フリースクールや通信制学校の関係者、教育支援センターの関係者、もちろん不登校当事者の生徒たちなど、さまざまな方の意見を反映しています。建物は、廃校になった小学校の校舎を利用していますが、カリキュラムや内装などは、開校にあたって一から作っていきました。
その理念をひとことで表すと、「ありのままの君を受け入れる新たな形」。どういうことなのか、校長の井上博詞先生は説明します。
「生徒は、言うなれば学校の制度に合わせる存在でした。毎日決められた時間に登校し、クラス分けも学習内容も学校側が決めています。しかし、ここでは学校が一人ひとりの生徒に合わせます」
家で学んでも教室でも廊下でもいい
井上校長「たとえば、登校についても、週に数日来るのでもよいし、毎日来てもいい。毎日家庭で学習してもいい。生徒と教員が相談をして決めます。もちろん、それらを併用してもいいのです。
学習は学校での授業も、教室で受けてもいいし、教室以外の他の部屋や自宅からオンラインで受けてもいい。体育を含め、すべての授業は生配信している。学校の授業内容が自分に合っていないと感じているなら、デジタル教材を使ってもいい。また、自分の興味・関心や学習状況に合わせて、他の学年の授業に参加することも可能にしている。
取り組みたい学びを好きな場所で学ぶのです。そして、一人ひとりが心身の安定を大事にし、新たな自身のよいところと可能性を発見し、自分らしくライフプランを描くことを目指しています」
担任の先生は生徒が決める。年度途中で変えてもいい
井上校長「もちろん、理想どおりにいかないことはたくさんあります。けれど、今何ができるかを考え、子どもたち一人ひとりが、自分らしく学習に向かうにはどうしたらいいのかを、毎日考えています。支援のしかたは全員違います。一律でないそれぞれの支援を、ていねいにやっていこうと思っています」
こうした学校の構えなら、不登校の子も通える可能性が高いです。
草潤中学校の教職員は、校長先生はじめ、この学校の方針に賛同し、「ここに異動したい」と手を挙げた先生がほとんどです。そして、生徒は全員、「この先生がいい!」と自分で個別担任を決めます。「だれでもいい」という生徒もいましたが、「だれでもいいけれど担任の先生につく生徒が少ない先生がいい」という希望も。「そこまで予想していなかった。でも新たな発見です」と受け止めて、実現するのも、草潤中学校らしさです。
イベントは生徒が主宰する。自分たちで決めることが大切
学校生活では、安全に関わること意外は、強制することがありません。制服はなく、前の学校の制服でもいいし、私服でもいい。実施することが決まっている行事もありません。
井上校長「行事は生徒の願いを受けて実施を決めています。10月末には、生徒の発案で、ハロウィーンフェスティバルを開催しました。提案した生徒が中心になって運営しました。また、コロナ禍で宿泊旅行はできませんでしたが、生徒の発案で名古屋の水族館に日帰りで行きました。生徒が直接大型バスの交渉をし、バス会社は無償で提供してくれました。生徒たちは楽しめたのではないでしょうか」
「自分たちで決めること、自分たちの納得できる学びを獲得できること」の重要さを感じます。
井上校長「不登校の子はマイナスのイメージで見られることがありますが、突出した才能を持っている子がいます。その突出した才能を育むために、一日中絵を描く子がいてもいい。世界で活躍するミュージシャンやアーティストが生まれるかもしれません。音楽や技術、家庭、美術をひとつにまとめたセルフデザインの時間に、自分たちの好きなことにとことん取り組むのもよい、と思っています。とにかく、生徒たちには、自分の新たなよさを発見できる喜びを味わってほしいですね」
と井上校長を始め中学校全体が不登校の子の可能性を認め、一人ひとりが羽ばたくのを喜んで見守っています。
学校説明会に多数の児童生徒が参加!
昨年度、開校に際しての二度の学校説明会には、合計222名の児童生徒、そしてその保護者などが参加しました。そのうち160名全員と面談をし、「学びたい」意思の確認などをして40名が草潤中の生徒になっています。このほかに地域の在籍校に席を置いたまま週1回50分、登校して個別支援するコースに22名、週1~2回オンラインで支援するコースに24名が参加しています。
令和4年度は、新1年生に13名程度の入学枠があるほか、新2、3年生にもそれぞれ若干名の編転入枠を設けます。上記の支援コースにも15名ほどを新たに募集しており、現在受付はすべて終了しています。
ここで学び、卒業する多くの生徒たちは、高校へ進学するそうです。ここに来なかったら得られなかった未来と、自分への肯定感を手に入れ、自分らしく成長してほしいですね。
参照リンク:全国の不登校特例校一覧。今後も増える可能性あり(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1387004.htm
お話を伺ったのは
井上博詞さん
1963年生まれ、岐阜市出身、岐阜大学卒。中学校英語教諭としてキャリアをスタート。2007年以降、岐阜市教育委員会・岐阜県教育委員会等の行政職10年間、教頭・校長を経験し、現職(草潤中学校校長)。2021年4月現在の義務教育の在り方に一石を投じる未来の学校である草潤中学校校長として「ありのままの君を受け入れる新たな形」を求めて、生徒とともに手作りの学校を創る。
取材・文/三輪 泉