私たちが普段、何気なく目にしている昆虫と草花の関係性と、その小さな生きものたちと日々向き合っている人々にスポットを当てた映画があります。
7月23日よりポレポレ東中野で上演される映画『食草園が誘(いざな)う昆虫と植物のかけひきの妙』です。
舞台となるのは、大阪府高槻市にある「JT生命誌研究館」。生きものたちの姿を通じて「どう生きるか」を探る「生命誌」を提唱する中村桂子名誉館長によって1993年に設立されました。
研究館で「表現を通して生きものを考えるセクター」として活動する村田英克監督に製作の経緯や本作に込められたメッセージを聞きました。
映画上映を通じた「場づくり」をしたい
――今作は、2015年に公開された映画『水と風と生きものと 中村桂子・生命誌を紡ぐ』の第2弾と聞きました。製作のきっかけはなんでしょうか。
村田英克監督:きっかけは、大きく2つあります。1つ目は前作の上映時に経験した「場づくり」を再び実現したかった。前作はJT生命誌研究館の20周年記念セレモニー用に制作した映像に撮影を重ねて劇場公開映画としたもので、名誉館長の中村桂子先生の人物ドキュメンタリーでもあります。私は当時、企画として作品に携わりました。
私たち「表現を通して生きものを考えるセクター」は、JT生命誌研究館(以下、研究館)のホームページや機関紙、展示などを制作し、一般の方に研究館まで足を運んでもらい生きものの不思議を体験していただくための活動をしています。
ところが、映画の中に研究館を入れてしまえば、高槻まで足を運んでもらわなくても、映画を上映する先々で研究館を擬似体験する「場づくり」ができることに気づいたのです。上映とあわせたトークイベントや展示なども行ううちに、私たち生命誌のメッセージに共感し、「一緒に何かをしよう!」と、北海道から九州まで、それぞれの地域で、自然や生活、食や育児などの活動をする人たちとの協働の輪が広がる実感を得ました。
本作を上映するポレポレ東中野とも当時からのお付き合いだそうですね。
村田英克監督:はい。せっかくできた劇場とのご縁をつないで、今回は観た人に共感してもらえるように、私たち館員一人一人の等身大のメッセージが伝わるよう工夫しました。
2つ目のきっかけは、昨年の企画展のテーマを「食草園」としたことです。当館で行っている研究の一つに、チョウと植物との関わりを進化的に読み解く研究がありますが、研究館の屋上に、2003年に設た「食草園」は、この研究を、来館者の身近な日常に重ねて感じてもらう生態展示です。昨年の企画展「昆虫と植物のかけひきの妙」は、食草園を訪れる虫たちと草花の関わりを捉え直し、研究の面白さを伝えようとする試みでした。本作はそうした生きものと、研究館の人々の日常を、丸ごと伝える映画です。
チョウが蜜を吸い、幼虫が食べる植物「食草」を育てている「食草園」ですね。映画の舞台でもありますね。
村田英克監督:食草園は研究館の屋上(4階)にあり、来場者はガイドスタッフと一緒に鑑賞できます。食草園には屋根がないので、高槻の自然に暮らすチョウたちが、街路樹やお庭の草木をつたって食草園へやってきます。でも、いつでもチョウが見られるわけではありません。そこでコツコツ映像に記録することで「食草園には、こんなにたくさんのチョウがくるよ。イモムシも育っているよ」と伝えたいと思いました。
生きものに気づける視点を養うコツは「同じ場所でじっと見る」
映画では、チョウが卵を産んだり、キアゲハの幼虫が蛹化したりするシーンが登場します。これらは偶然撮れたものでしょうか。
村田英克監督:よく、科学映画やテレビ番組では、予め用意した昆虫や草花に照明を当てて撮影するということをしますが、そういうことは一切していません。撮影は、食草園でチョウが来るのをただ待っていても仕方ないので、カメラを持って高槻市内をあちこち歩き回りました。研究館の近くを流れる川沿いに少し足をのばせば山もありますが、住宅地の道端にだって食草はいろいろ生えていることに気づきます。アオスジアゲハがクスノキに卵を産むシーンは、いつものように子どもと公園で遊んでいて、たまたま遭遇したんですよ。
村田監督や研究館の方々のように生きものたちに気づけるような視点を養うコツはあるのでしょうか。
村田英克監督:「しばらく同じ場所にいて、じっと見る」というのはいいと思います。映画の中でも、食草園の担当の中井彩香さんがそうやっていましたね。草花の根元の辺りまで目線を落として、しばらく、じーっと見ているとだんだん見えてきます。アリやダンゴムシがいたり、もっと小さな虫が動いていたり、いろんな生きものの存在に気づけると思います。
それから、気になる昆虫や植物を見かけたら、自分で調べるのが大事。まずネットで名前を知るだけでもいい。さらにどんな特徴があるのか、既に誰かが調べてわかっていることは知っておいたほうがいい。そうやって調べていくと「え? どこにも書いてないじゃん、実は新発見?」みたいなワクワクに出会えるかも…。雑草と呼ばれ、ひとくくりにされがちな草花も、和名には「ママコノシリヌグイ」とか「ヤブカラシ」とか、「えっ! 何でそんな名前なの?」と思ってしまうおもしろい言葉も多い。名前一つとっても、そこに歴史が込められていますからね。
何となく見るよりも、意識して見ることが大事なのですね。
村田英克監督:「ポレポレ東中野」のある中野区にも意外とありましたよ。住宅地のブロックの隙間にスミレが咲いていたり、線路脇に菜の花や「ギシギシ」と呼ばれるタデ科の多年草が生えていたりしました。
普段から子どもを連れて遊びに行く公園も、撮影しているといつもと違うものが目につきます。敷石の隙間に生えている小さな草に、モンシロチョウが一所懸命、卵を産んでいるのでよく見ると、なるほどアブラナ科の「タネツケバナ」だった、ということもありました。街路樹など整備された街中でも、いろんな下草が生えますし、神社やお寺の周りに残された林やくさむらがあれば虫たちも暮らしていますね。
観賞後に身の回りを丁寧に見る気持ちになってほしい
上映期間中は、さまざまなイベントも企画しているとか。
村田英克監督:この映画を観た後に「こういう虫や草花が身近にあるよね」と感じてもらう糸口になればと思い、劇場に「ポレポレ・ミニ食草園」を展示する予定です。ゲストを招いてトークイベントやライブも行います。
劇場でチケットを購入した方には、食草園の植物と訪れるチョウの関係を紹介したパンフレットをお渡しします。このパンフレットを参考に、みなさんもベランダで食草園にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
自宅に生えている食草を「雑草だから」と抜かずに残しておいてもいいのでしょうか。
村田英克監督:そうですね。たとえば、カタバミにはヤマトシジミが、スイバやギシギシには、ベニシジミが卵を産んでくれるかもしれません。
ただ、草花も、生きものなので、急に枯れてしまうなど思うようにいかないこともあるはずです。私は自宅のベランダで「ポレポレミニ食草園」に展示する植物を育てていますが、持っていこうと思っていたキャベツの葉をチョウの幼虫にすっかり食べられてしまいました(笑)。これからの厳しい日差しの下で、植物が枯れてしまうことも考慮して、多めに育てています。
最後に、これから作品を観賞する方に向けたメッセージをお願いします。
村田英克監督:研究館では専門的な研究もしていますが、私は、科学的な知識を得ることがゴールだとは思っていません。身近な生きものたちの存在や関係性を理解して、その中で自分たちの生活をどう位置付けていくか。私が暮らす街もそうですが、どんな土地にも、固有の風土や文化があるはずです。自分の毎日が自然や歴史のつながりの中にあるという認識がとても大切だと思っています。そのことに気づくきっかけは日常の中にたくさんあります。
私も今、3歳から11歳までの兄弟の父親ですが、たとえば、「いただきます」と言って、食卓に向き合う三度三度の食事で、お料理の具材は皆、生きものですから「これは何でしょうか?」などと語り合っていくと、お野菜やお魚やお肉など…一つ一つの生きものの歴史や私たちヒトのとのつながりをイメージできるようになると思います。
この映画を観て、「日常で生きものを目にしていたはずなのに、これまで見過ごしていた」と気づいて、それぞれの方が、身の回りをよく見て、毎日を丁寧に過ごす気持ちになってもらえたらうれしいです。
公開記念イベント
上映期間中は、映画終了後に村田監督とゲストによるイベントが開催されます。また、映画に登場する草花を展示する「ポレポレミニ食草園」も実施予定です。
■7月23日(土)初日舞台挨拶
ゲスト:永田和宏(JT生命誌研究館館長)
■7月24日(日)舞台挨拶
ゲスト:中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長・生命誌提唱者)
■7月25日(月)生きものふれあいトーク
ゲスト:斎藤わか・中井彩香・ナナフシ(研究館の仲間たち)
■7月26日(火)生きものふれあいトーク
ゲスト:桃山鈴子(イモムシ画家)
■7月27日(水)トーク&ライブ
ゲスト:山福朱実(歌・本作宣伝美術)&末森樹(ギター・本作音楽)
■7月28日(木)トークイベント
ゲスト:鈴木純(植物観察家)、桃山鈴子(イモムシ画家)
■7月29日(金)最終日舞台挨拶
ゲスト:中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長・生命誌提唱者)
映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』は7月23日(土)よりポレポレ東中野で公開。連日、朝10時より上映。
監督:村田英克 出演:永田和宏、奥本大三郎、中村桂子、大倉源次郎、JT生命誌研究館館員、ナミアゲハ、アマミナナフシ、イヌビワ……ほか
取材・文/畑 菜穂子