名プロデューサーの川村元気が放つ監督デビュー作『百花』
菅田将暉と原田美枝子がW主演を務めた映画『百花』が9月9日(金)より公開となりました。認知症で記憶を失っていく母と、その母を複雑な想いで見つめる息子。入口だけを見ると、ありふれた設定の物語に思える本作ですが、実は母の“女”としての一面をえぐり出しつつ、最終的には“母”へと立ち返るという巧みな構成の1作になっています。
特筆すべき点は、原作・脚本・監督という三足のわらじを履いたのが、映画プロデューサー、脚本家、小説家という、これまた3つの顔を持つ川村元気という点です。プロデューサーとしては、これまでに『告白』(10)、『悪人』(10)、『モテキ』(11)、『君の名は。』といった多数のヒット作を手掛けてきた逸材ですが、満を持して、本作で監督デビューを果たしました。
しかも初監督作ながらも、ワンシーンワンカットという長回しの撮影方法を取り、菅田さんや原田さんが紡ぐ非常にエモーショナルな表情を、途切れることなく、しかも抜群の鮮度で撮りあげている点がすばらしい。さすがは名プロデューサーとして、様々な監督と組んできただけのことはあるなと、感心させられた次第です。
かつて“女”として生きようとした母。封印していた過去とは?
原作は、川村監督が自らの体験を基にして手掛けた同名小説。菅田さん演じる葛西泉が実家に帰ってくると、家の中はかなり荒れていました。洗い物はそのままだし、詰め込みすぎた冷蔵庫には卵が何パックも入っています。その光景を見ただけでも、母・百合子が認知症であることは一目瞭然かと。
帰宅してきた百合子は、急いでちらかっていた洗濯物を片付け、息子の夕食を用意し始めます。そこまでは、よく見かける普通の親子のやりとりに思えますが、泉が母に対して微妙に距離をとっていることが少しずつわかっていきます。
観ているほうも、「きっとこの親子は、過去に何かがあったのではないか」と勘ぐっていきます。そういうミステリー仕立てのストーリーが絶妙で、時々インサートされる、泉の子ども時代の風景も謎を呼んでいきます。
やがて泉は、母の日記を目にしたことで、ある真相を知ります。母の記憶は日を追うごとに失われていく一方で、逆に息子は目を背けていた母の過去と向き合わざるをえなくなります。
原田さんは、認知症でだんだんわがままになり、ある意味、少女に戻っていく母親と、若き日の“女”である百合子の両方をリアルに体現。受け手となる菅田さんは、やるせなさと母へのあふれる想いをにじませ、観る人の心を揺さぶっていきます。
また、長澤まさみ演じる泉の妻、香織は妊娠中で、泉もこれから父親になるということに不安を覚えている様子。親であること、親になることという図式が多層的に描かれている点も実に感慨深いです。
「半分の花火が見たい」という母の願いが涙を誘う
どんどん記憶が失われていく百合子は、ある日「半分の花火が見たい」と口にします。泉や香織は、その願いを叶えてあげようと、それらしき半円の花火が上がる場所を探し、そこへ百合子を連れていこうとしますが……。
浴衣を着て、息子の泉と手をつないだ百合子は、うら若き乙女のよう。そのイノセントな表情がなんともせつないです。言うまでもなく、そんな母を見つめる泉には、いろんな感情が渦巻いていることでしょう。
本作のキャッチコピーは、「そして、愛が残る。」ですが、まさにこの“半分の花火”はそれを表す大切なモチーフとなっています。劇中で、美しい花火が連続して上がりますが、やがて明かされる大切な真実を知らされると、あでやかな花火を見て、なんともいえない感動がこみ上げてきそう。
いつもは、「親子で観たい映画」をテーマにご紹介しているこのコーナーですが、本作はママやパパが落ち着いてひとりで、もしくは夫婦で観ていただくというのもありかと。もちろん、着地点は母の深い愛情となっているので、親子で観ていただいても、いろんなメッセージを受け取れそうです。ぜひ大スクリーンで、半分の花火を堪能してください。
文/山崎伸子
原作:川村元気「百花」(文春文庫刊) 監督・脚本:川村元気
出演:菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、永瀬正敏…ほか
公式HP:hyakka-movie.toho.co.jp/
文/山崎伸子
©2022「百花」製作委員会