ロシアの民話『イワンのばか』とは
まずは、本作『イワンのばか』という作品が書かれた背景と、作者・トルストイについてを押さえておきましょう。
作家と原題
『イワンのばか』は、ロシアの民話を題材にした、ロシアの作家レフ・トルストイによる小説。1885年に書かれ、1886年に発表されたと言われます。
正式な原題は、『イワンのばかとその2人の兄弟、軍人のセミョーンとたいこ腹のタラースと、口のきけない妹マラーニヤと、大悪魔と三匹の小悪魔の話(原題:Сказка об Иване-дураке и его двух братьях: Семене-воине и Тарасе-брюхане, и немой сестре Маланье, и о старом дьяволе и трех чертенятах.)』。
民話にアレンジを加えた物語
元となったロシア民話は、働き者のふたりの兄たちに比べて怠け者のイワンが、最後に幸運を手中にするというものでした。
しかしながら、トルストイはこのあらすじに手を加え、イワンを「ばか」と言われるほどまじめで働き者に仕立て、長男・次男をミリタリズムや独占資本主義を感じさせるキャラクターにアレンジしました。
小説家レフ・トルストイってどんな人?
レフ・ニコラーエヴィッチ・トルストイ(1828-1910)とは、ドストエフスキーと並んで、19世紀ロシア文学を代表する文豪です。貴族の家に生まれて裕福に育ちますが、若い頃から当時のロシアの民衆の貧しい生活を目の当たりにしていたことをひとつの背景に、人道主義的な作品を多数残しています。
代表的な作品には、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』、戯曲『生ける屍』などがあります。
あらすじ・ストーリー紹介
ここからは、『イワンのばか』のあらすじを見ていきましょう。詳しいあらすじと、簡単なあらすじの二種類にまとめました。
詳しいあらすじ
むかしむかし、ある国に、軍人のセミョーン、たいこ腹のタラース、ばかのイワンの三兄弟と、口のきけない妹が住んでいました。
セミョーンは王様に仕え、タラースは商人となって、家を出ていきましたが、ばかなイワンは家に残って骨身を惜しまずに貧しい親を養っていました。ばかのイワンは、お金に困って家へと戻った二人の兄弟に財産をせがまれても、惜しまずに分けてあげるような人でした。
そこへ、三人の悪魔の兄弟とその親方の悪魔が、イワンたち三人の兄弟の間に争いを起こそうと企てます。悪魔はセミョーンを戦争で惨敗させて、タラースを一文なしにし、イワンにもちょっかいを出しました。しかし、イワンはばかなので、悪魔になにかをされても気にせずに、むしろ悪魔たちをやっつけてしまいます。
イワンがやっつけた悪魔たちは、お詫びとして、わらを兵士に変える力と、木の葉を金貨に変える力をイワンに授けました。その力を使って、兄のセミョーンとタラス、そしてイワン自身も、それぞれが国を治める国王になりました。
思い通りにいかなかったことに腹を立てた悪魔の親方は、今度は自分自身が人間に化けて、この三兄弟に直接罠を仕掛けようとします。その策略が原因で、セミョーンは戦争で惨敗し、タラースは財産を巻き上げられてふたたび無一文になってしまいました。
しかし、イワンの国の国民たちは、イワンと同じくばかで、純粋な働き者たちだったので、悪魔の思い通りには罠にかかってくれません。物を奪い取ろうとすればすべてを快く譲り、金貨をばら撒いてみても金貨に価値さえ感じてくれません。
しまいには、悪魔は「手で働くよりも、頭を使って働けば楽をして儲けられる」と演説をしますが、イワンの国民は誰も真剣に話を聞いてくれませんでした。高い物見台の上で演説をしていた悪魔でしたが、数日間話し続けたせいで、ついには疲れ果てて落下し、地面の裂け目へと吸い込まれていってしまいます。
その後、イワンの国は繁栄し、イワンは自国へと助けを求めてやってきた二人の兄を快く受け入れ養いました。ただひとつ、この国には約束事があって、それは「手にまめができるような働き者は食事の席につかせてもらえるが、まめのない者は人の残り物を食べなければならない」というものでした。
簡単にまとめると…
むかしむかし、ある国に、軍人のセミョーン、たいこ腹のタラース、ばかのイワンの三兄弟が住んでいました。悪魔はこの三兄弟を陥れようとしますが、ばかのイワンは「ばか」と言われるほど、欲がなく働き者でした。
二人の兄は悪魔の誘惑や罠にかかってしまいますが、それらをもろともせずひたむきに働きつづけるイワンに、ついには悪魔さえ降伏してしまいました。
物語から学ぶ教訓と名言集
ここからは『イワンのばか』から得られる教訓や、本作の名言をご紹介していきます。
教訓
イワンの欲深い二人の兄は、イワンの力を使って、楽をしてお金や兵士を手に入れます。さらに、悪魔たちが数度にわたって仕掛けてくる誘惑にも、度々引っかかってしまいます。それに対して「ばか」と呼ばれてしまうほど、欲がなく働き者のイワンはその誘惑にも乗らないため、悪魔の罠ももろともしませんでした。
この物語から得られる教訓としては、「楽をして手に入れられるものはないこと」や「自分の欲しいものは人に頼ったりせずに、自分で働いて手に入れること」などが挙げられるのではないでしょうか。
作者が伝えたいことは
先にも述べたように、セミョーンとタラースの描かれ方には、この両者がミリタリズム的かつ資本主義的な思想の象徴であることがわかります。対して、戦争にも加担せず、金貨にも価値を感じないイワンは、無政府主義・平和主義的です。
このようなキャラクターの配置のされ方から、作者は、ミリタリズム・資本主義を批判しつつ、無政府・平和主義的な考え方への敬意を示そうとしていたと読むことができるはずです。
『イワンのばか』の名言といえば?
本作の名言といえば、やはり、以下のフレーズ。
手にまめのある者は食事の席につかせてもらえるが、まめのない者は、人の残りものを食べなければならない
(出典:レフ・トルストイ作・金子幸彦訳『イワンのばか』1955年、岩波文庫)
日本のことわざ「働かざるもの食うべからず」とほぼ同義と言えそうな言葉ですね。どんな誘惑にも乗らずに、地道に働き続けたイワンの国の掟として、物語の最後に強調されています。
しかしながら、無一文になるたびに頼ってくるお兄さんを快く養ってきたイワンの行いを振り返ると、少々矛盾を感じる一節でもあるかもしれません。
「イワンのばか」を読むなら
最後に、本作『イワンのばか』を読むのにおすすめの書籍をご紹介します。
イワンのばか (岩波少年文庫)
『イワンのばか』のほか、ロシアの文豪・トルストイの民話のなかから『人は何で生きるか』『人には多くの土地がいるか』など、子どもの読み物としてふさわしい物語が収録された一冊です。翻訳も読みやすく、小学校中学年以上のお子さんにおすすめ。
イワンの馬鹿(アノニマ・スタジオ)
絵本作家ハンス・フィッシャーの挿絵と、翻訳家・小宮由氏の新訳でよみがえった『イワンの馬鹿』。魅力的な挿絵と、現代にも馴染みのある文章表現で、子どもも大人も親しみやすい一冊です。
イワンは「ばか」? 親子で読んで、意見を交換してみましょう
今回は、トルストイの名作『イワンのばか』の背景やあらすじ、教訓についてをお伝えしてきました。
タイトルの「ばか」の二文字から強烈な印象を受けますが、作品を読んでみると、イワンは本当に「ばか」といえるのか、深く考えさせられます。イワンって本当に「ばか」なのかな?と、ぜひ親子で読んで意見を交わしてみてくださいね。
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文・構成/羽吹理美