なぜハマスはイスラエルへの攻撃に出たのか
近年の国際情勢の関心がウクライナや台湾に注がれる中、中東で再び緊張が高まっています。地中海に面し、イスラエルと隣接するパレスチナ自治区・ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスと呼ばれる武装集団が10月7 日、突然イスラエル領内にむけて数千発のロケット弾を発射して以降、イスラエルとの間で軍事的衝突がエスカレートしています。
野外コンサート場では罪のない一般人260人以上が犠牲に
空爆だけでなく、ハマスの戦闘員たちはパラシュートなどに乗って境界線の壁を超えてイスラエル領内に着地し、境界付近で開催されていた野外コンサート会場を襲撃し、260人あまりを殺害しました。また、外国人やイスラエル軍高官など130人以上を人質としてガザ地区へ連行し、イスラエルが攻撃を継続すれば人質たちを殺害していくと警告しました。人質には米国人や英国人、フランス人、タイ人やネパール人など多くの外国人が含まれます。
イスラエル側もハマスによるテロ行為だと強硬姿勢を貫き、ガザ地区の800カ所以上を空爆するなどしています。ガザ地区への電気や食料、水や燃料の供給を停止するなどガザ包囲を徹底し、地上部隊の侵攻を示唆しています。これまでの犠牲者は双方で4000人を超え、今後さらに事態が悪化することが懸念されています。
なぜ今回ハマスはイスラエルへの大規模な攻撃に出たのか?
パレスチナを忘れ去られるという危機感
ハマスとは1987年12月に台頭したイスラム原理主義組織で、簡単に説明するとイスラエルの打倒を掲げ、現在の国家としてのイスラエルを地図上から消し、奪われたパレスチナ人の土地を奪還し、パレスチナ人による国家の建設を目指しています。そのためには暴力も厭わない武装勢力で、これまでもイスラエルに対する攻撃、テロを繰り返していきました。
しかし、今回の攻撃はこれまでとは明らかに規模が異なります。イスラエルは核を保有し、ハマスとは軍事力で圧倒的に優勢にあり、ハマスも大規模攻撃に出ればそれ以上の報復が返ってくることは分かっていたはずです。それにも関わらず、あのような攻撃を実行した背景には、“忘れ去られるパレスチナ”というハマスの危機感があります。
ハマスと、サウジアラビアやエジプトなどアラブ諸国との関係が鍵
イスラエルと対立するハマスは、長年サウジアラビアやエジプトなどアラブ諸国との関係を重視してきました。しかし、その頼りだったアラブ諸国が近年経済や貿易を重視するようになり、イスラエルとの関係を深めているのです。UAEやバーレーン、エジプトなどのアラブ諸国は2020年にイスラエルと国交を正常化しました。イスラエルはテクノロジー分野で世界の先端を走り、中東のシリコンバレーとも呼ばれ、それに魅力を感じるアラブ諸国はイスラエルを重視するようになっています。
同じアラブ民族としての立ち位置 パレスチナ国家実現への不安が大きな要因に
ハマスは近年、“同じアラブ民族であるアラブ諸国が、我々の敵であるイスラエルに関係を強化することは何事だ”、“我々パレスチナを見捨てるのか、我々の味方ではないのか”などと、強い危機感を抱いてきました。
そして、アラブ諸国のリーダー的存在であるサウジアラビアまでもがイスラエルとの国交正常化に意欲を示していることに、ハマスの怒りは沸点に達しました。
サウジアラビアは石油を輸出して儲ける経済から脱出し、テクノロジーや先端技術を駆使した経済に移行する政策を強化していますが、それを進めるにあたってイスラエルを重視し始めました。サウジアラビアとしては、“パレスチナの国家樹立を目指すハマスの気持ちも分かるが、我々も利益拡大で現実路線を必要とする”との本音があったと思われます。
しかし、パレスチナ国家の実現を目指し、これまで武装闘争を継続してきたハマスからすれば、最大の味方であるサウジアラビアがイスラエルと仲良くすることは我慢できません。サウジアラビアとイスラエルが仲良くすれば、パレスチナ国家の建設は夢のまた夢となり、返ってハマスという組織自体の存続が危ぶまれることから、今回ハマスは前代未聞の攻撃に打って出たと考えられます。
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ポイント解説 アラブ民族/ハマスとは?
アラブ民族:サウジアラビア エジプトなど 近年は経済発展のためにイスラエルとの関係性を深めている。
ハマス:1987年12月に台頭したイスラム原理主義組織。イスラエルの打倒を掲げ、現在の国家としてのイスラエルを地図上から消し、奪われたパレスチナ人の土地を奪還し、パレスチナ人による国家の建設を目指している。パレスチナ人もアラブ民族である。
記事執筆:国際政治先生
国際政治学者として米中対立やグローバスサウスの研究に取り組む。大学で教鞭に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。