「暑熱」は夏の暑さ。聞きなれない「順化」は生物学用語
今年も熱中症が気になる季節になりました。この頃、天気予報やニュースで「暑熱順化(しょねつじゅんか)」という語をよく聞きませんか?
どういう意味なのでしょうか?
『デジタル大辞泉』(小学館)によれば、
夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。
ということです。「暑熱」はわかりますが、「順化」とはどういう意味なのでしょうか?
「順化」はあまり聞きなれない語かもしれませんが、主に生物学などで使われる用語です。やはり『大辞泉』では、
生物が、異なった環境、特に気候の異なった土地に移された場合、しだいにその環境に適応するような体質に変わること。
と説明しています。
「順化」は「なれる」こと。かつては「馴化」が使われていた
この説明にもある、気候の異なった土地で体質がその土地の気候に適応することを、特に「気候順化」といいます。また登山のときいわゆる高山病の状態はしばらく高地にとどまっていると消失しますが、それを「高地順化」といいます。
ほかにも様々な「順化」がありますが、最近になって「暑熱順化」がさかんに使われるようになりました。やはり熱中症になる人が増えているからでしょう。
「順化」は以前「馴化」と書かれることもありました。「馴」は「なれる」という意味です。「順」は「したがう」という意味で、「馴」「順」は「ジュン」で同音ですが、環境に慣れるということですから「馴」の方が本来の意味に近い気がします。でも「馴」は常用漢字ではないため、最近は「順化」と書かれることが多くなりました。新聞なども「順化」と書くようにしています。
ところで、国語辞典の中で「暑熱順化」を見出し語として立項しているのは、私が調べた限りでは『大辞泉』だけのようです。ただ、この語を載せる辞典はこれから増えていくだろうと思います。
その『大辞泉』の解説には、国語辞典としてあまり見ない内容の「補説」が添えられています。
近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっているため、軽い運動などで発汗をうながし、意図的に順化を行うことで、夏季の熱中症予防に効果があるとされる
というものです。「補説」とはいえ、国語辞典の中で熱中症の予防法について言及するなんて、かなり異例といえます。でも、『大辞泉』の編集担当者は、「熱中症」がそれだけ深刻な問題だと考えたのかもしれません。
今年の夏も昨年同様、いやむしろ昨年以上に猛暑になりそうだという予報も出ているようです。この「補説」のように、私も夏に向けて少しでも運動をして、汗をかくようにしたいと思いました。
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記事監修
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。