2024年の絵本はこれだ!日本絵本大賞受賞『ゆうやけにとけていく』は身近な人の死がきっかけで生まれた作品。ザ・キャビンカンパニーが語る制作秘話

ザ・キャビンカンパニーは、阿部健太朗さんと吉岡紗希さんご夫婦による二人組のアーティスト。 2009年にユニットを結成して以来、40冊以上の絵本を発表し、2024年には絵本『ゆうやけにとけていく』で日本絵本賞大賞を受賞、他にも歌手あいみょんさんのツアーパンフレットや、ポケモンとのコラボレーション絵本を手掛けるなど、幅広く活動する二人は現在、神奈川県・平塚市美術館で美術展を開催中! 

『ゆうやけにとけていく』は、いままでの自分たちの作風とは違う作品

ザ・キャビンカンパニーさんの絵本はこれまでのものもそうですが、『ゆうやけにとけていく』は特にどの見開きも1枚の作品という感じを受けます。

吉岡さん:そうですね。絵本ではありますが、一枚でもその絵が成立するようにと思って描いています。

阿部さん:文字を入れる位置に捉われず、思いっきり絵を描けるように、文章は絵の中に入れず全て画面下にまとめています。

『ゆうやけにとけていく』は、これまでの作品とは少し違いますよね。

吉岡さん:サイン会に来てくれた何人かの方にも、これまでの絵本と違って驚きましたが、この本がすごく大好きですって言っていただきました。今まではどこだかわからない、異国的な世界観の絵本を描くことが多かったのですが、今作は地に足がついた、自分たちの日常の風景をベースに描いたものです。

阿部さん:これまでは「何かが起こる」話で、ハレとケで言えばハレの話です。でも『ゆうやけにとけていく』はケの話。何も起こらない日常を描いた作品なので、(絵本として)大丈夫かなあとも思ったこともありました。

ですが、何かが起こる話だと、心が弱っている人や、辛い絶望の淵にいる人にとっては、強すぎる気がして。何も起こらない絵本だからこそ、どんな状況の人にも受け入れてもらえる、心落ち着く作品になるのではないかと思って描きました。

吉岡さん:今までこういった絵本を出したことがなかったので…。そっと寄り添ってくれる静かな絵本を描きたいと思いました。

これまでの絵本の厳選した原画が現在展示されている、平塚市美術館。

阿部さん:いつもの賑やかなキャビンカンパニー作品ではないということで、出版しづらいかなと思いましたが、(『ゆうやけにとけていく』担当編集の)村松さんなら、このコンセプトを分かってくれるかなと相談してみました。

挑戦的な試みでしたので、読者の皆さんにどう受け入れられるのだろうと、少し気がかりだったのですが、好意的な感想をいただくことが多く、賞も受賞させていただき、ありがたいかぎりです。

日常こそが面白いから受け入れられた

『ゆうやけにとけていく』のどんなところが受け入れられていると思いますか。

吉岡さん:絵本の中に登場する誰かに感情移入ができるんだと思います。この子が何を考えているんだろう、どんな状況なんだろうとか。

阿部さん:起承転結はないのですが、だからこそ読者がどこかに入り込める余地がある本なのかもしれないと思います。

吉岡さん:普段の暮らしや景色こそが面白いと思うので、日常を描いたこの絵本を読者の方がこんなに見てくれているんだと思います。

阿部さん:あとはよく懐かしいっていわれます。

ノスタルジーを感じる中に、ゲーム機があったりするリアルさも盛り込まれています。

阿部さん:様々な世代の方が懐かしさを感じているようです。それはつまりどこかで見たような気がするということ。どこかで見た風景、どこかで体験したできごとを感じていただいているのではないかと思います。日常を丁寧に描きたいという僕らの思いが読者に届いているようで、嬉しく思います。

絵本をめくりながら解説してくれるおふたり。

おふたりに何か変化があって、この絵本を描いたのでしょうか?

吉岡さん:2020年ぐらいから考えてたんですが…。

阿部さん:コロナ禍を経て、僕たちも30歳を超えてだんだん「死」に向き合うこと多くなってきました。身近な友人が亡くなるという体験もしました。辛い経験の最中にいる人に寄り添える絵本を描きたかったんです。自分たちの絵本をプレゼントしたいと思ったんですけど、これまでの絵本ではその状況にそぐうものが無かったんです。

吉岡さん:そういった身近な人たちの存在があって思いついたのがきっかけですね。この本は生と死に向き合って描いたお話なんです。

『ゆうやけにとけていく』には様々な時間を入れ込んでいます。一生であったり、一日であったり、一年であったり、読む時期によって見方が変わるというか。そのような感覚を読んだ人になんとなく感じてもらたらいいかなと思っています。

様々な感情を抱きながら一日を生きている、すべての人々への励ましと慰めとなるようにと思いながら描きました。

毎日観察してわかった、ゆうやけの色は赤だけではない

そうすると描いている時の感情も、これまでの絵本とはかなり違いましたか?

吉岡さん:違いますね。

阿部さん:けっこう明確にこういう人に読んでもらいたい、届けたいっていうのがあったので、思いがきちんと伝わる内容になっているかということは、何度も考えました。

吉岡さん:自分の日常を描くっていうのは楽しかったですね。ゆうやけのシーンは大分市美術館のある丘から見た景色です。夕日に染まる大分の町をスケッチをして、絵本の景色に落とし込みました。

阿部さん:この絵本を描いている時は毎日ゆうやけをチェックしていました。描く前は赤とかオレンジとかばかりの本になるんじゃないかって、編集の村松さんも懸念していましたが、実際のゆうやけ空を見てみると、全然違っていろんな色があるんです。

吉岡さん:紫とか水色とか。青い時もあるし、台風の前の空は真っ赤でした。雲も違うんですよね、うね雲とか積乱雲とか毎日違って、雲の展覧会を見るような感じでした。

阿部さん:ゆうやけを描くってことは、雲を描くってことなんだなって思いました。もとから雲を描くのが好きなんですけど、この本は特に雲の表現に力を入れました。

紫色に染まるゆうやけのワンシーン。

今回のためにゆうやけを観察して、あらためて感じたり知った部分も多かったということですね。

吉岡さん:そうですね、ゆうやけの時間帯に聞こえてくる音も聞いていましたね。

阿部さん:どこからともなく、お祭りの音とか聞こえてくるんですよ。

吉岡さん:鳥の声とかも、昼間とは違うように聞こえるしね。

この本の制作にはどのくらいかかったんですか?

阿部さん:はじめは「ゆうやけ」がテーマではなかったんです。2020年頃から、そっと寄り添うような静かな本に挑戦したいなって思ったんですが、何をテーマに描けばいいのか1年くらい迷っていたんです。

吉岡さん:朝や夜が舞台の絵本はよく見ていたのですが、夕方がメインのものは少ないかと思って。詩はゆうやけがテーマのものがけっこう多いんですけどね。それで夕方を描きたいと思いました。絵は一気に描き上げ、編集の村松さんに見せました。

最初は日本だけではなく、外国の風景も入っていたのですが、村松さんが日本だけのほうが面白いんじゃないかと提案してくれまして、それでもっと身近な風景に近づけてみようって考えた結果、この作品になりました。

阿部さん今は「あの子」という言葉の軸で、子どもにスポットを当てていますが、当初主役は子どもだけではなかったんですよね。老若男女、様々な人でした。そこにたどり着くまでにも、けっこう時間がかかったんですよ。

展示されている絵コンテを拝見しましたが、絵コンテとそのあとに描くラフが同じくらい細かく描き込まれていますね。

吉岡さん:そうですね、最初の段階から細かく描いちゃいますね。

阿部さん:カラーラフも展示していますが、ふたりの中で色を共有するためのものです。

『ゆうやけにとけていく』は、特に色が重要な絵本だったので、色構成はずいぶん考えました。

『ゆうやけにとけていく』に寄せられた感想を聞かせてください。

吉岡さん:「一日が浄化されました」とか、「あの子は自分だ」「自分の息子だ」とかよく言われますね。

阿部さん:懐かしいっていう声がやっぱり多いですね。

『がっこうにまにあわない』(’22)くらいから、日本の風景をしっかり描きたいと思うようになりました。あの作品も、懐かしいって言われます。

『ゆうやけにとけていく』で特に気に入っていたり、大変だったページはありますか?

吉岡さん:(はじめの方の)プールとか縁側のページでしょうか。

阿部さん:絵本の世界観をつかむまでの、最初の2,3画面が大変で。

吉岡さん:序盤、毎回喧嘩するんです。

阿部さん:なかなか絵本のテンションがつかめないんですよね。

吉岡さん:ふたりでいろいろ話し合い、徐々にノってくるという感じです。

現在平塚市美術館で展示中の『ゆうやけにとけていく』原画。プールと縁側のシーンもあります。

『ゆうやけにとけていく』を読み聞かせるポイントはありますか?

阿部さん:この本は順番に読まなくてもいいと思います。戻ったり、飛ばしたり、1見開きごとにじっくり止まって「この猫あくびしてるね」とか「こんなこと○○ちゃんもしたことあるね」とか、絵を読むような気持ちでめくってもらってもいいんじゃないかなと思います。好きなように楽しんでください。

『ゆうやけにとけていく』ザ・キャビンカンパニー

 

1870円(税込)/小学館

だんだんと沈みゆく太陽を背景に、ジャングルジムで遊ぶ男の子、悔しくて石を蹴る女の子、買い物帰りの親子などが描き出されます。それぞれのシーンのいろいろな感情を、夕焼けがやさしく包み込み、誰にでも静かな夜がやってきます。

ザ・キャビンカンパニー『童堂賛歌』展覧会開催中!

■展覧会  ザ・キャビンカンパニー大絵本美術展〈童堂賛歌〉
■主  催 平塚市美術館
■特別協賛 株式会社海地獄、株式会社タバタホールディングス、株式会社明治、生活協同組合コープおおいた
■協  賛 神奈川中央交通株式会社
■助  成 一般財団法人 地域創造
■開催期間 開催中~2024年9月1日(日)
■開館時間 9:30~17:00(入場は16:30まで)
■休 館 日 月曜日
■観覧料金 一般800(640)円、高大生500(400)円、中学生以下無料

※( )内は20名以上の団体料金
※毎週土曜日は高校生無料
※各種障がい者手帳の交付を受けた方と付添1名は無料
※65歳以上で平塚市民の方は無料、市外在住の方は団体料金(年齢・住所を確認できるものをご提示ください)

交通:JR東京駅から東海道線または新宿駅から湘南新宿ライン(直通)で約1時間。JR平塚駅東改札口を出て北口よりバス4番乗り場乗車「美術館入口」(徒歩1分)または「コンフォール平塚前」(徒歩5分)下車。または平塚駅より徒歩20分。駐車場67台(美術館御利用の場合 90分間無料、要認証)。

平塚市美術館 公式サイトは>>こちら
平塚市美術館 公式Xは>>こちら
平塚市美術館 公式Instaglamは>>こちら

今後の巡回予定

9月14日~11月4日 足利市立美術館(栃木)
11月16日~1月13日 千葉市美術館
2025年2月7日~4月13日 大分県立美術館

あなたにはこちらもおすすめ

大人気絵本ユニット「ザ・キャビンカンパニー」に聞く、夫婦ユニット誕生までの道のり。2人で分担する際の苦労は? 15年間の集大成である展覧会の見どころも
これまでの絵本の制作秘話、ザ・キャビンカンパニーとして15年間の集大成となる展示<童堂賛歌>の見どころや裏話まで、阿部さんと吉岡さんのお二人...

取材・文/苗代みほ 撮影/五十嵐美弥(小学館)  協力/平塚市美術館

編集部おすすめ

関連記事