大人気絵本ユニット「ザ・キャビンカンパニー」に聞く、夫婦ユニット誕生までの道のり。2人で分担する際の苦労は? 15年間の集大成である展覧会の見どころも

ザ・キャビンカンパニーは、阿部健太朗さんと吉岡紗希さんご夫婦による二人組のアーティスト。 2009年にユニットを結成して以来、40冊以上の絵本を発表し、2024年には絵本『ゆうやけにとけていく』で日本絵本賞大賞を受賞しています。他にも歌手・あいみょんさんのツアーパンフレットや、キャラクター・ポケモンとのコラボレーション絵本を手掛けるなど幅広く活動する二人は現在、神奈川県・平塚市美術館で美術展を開催中! 

これまでの絵本の制作秘話、ザ・キャビンカンパニーとして15年間の集大成となる展示<童堂賛歌>の見どころや裏話まで、阿部さんと吉岡さんのお二人にたっぷり聞いてきました!

ザ・キャビンカンパニーに聞く、絵本制作の裏側

絵を描く際、お二人の分担はどのようにしているのでしょうか。

阿部さん:命のある自然物は吉岡、命のない人工物は阿部というふうに分担しています。最近の絵本『ゆうやけにとけていく』なら例えばプールは僕で、人間は吉岡が描いてという形です。

描き分けがはっきりしたのは、意外に思われるかもしれませんが、わりと最近なんです。『だいおういかのいかたろう』(’14)とか『ひげらっぱ』(’16)の時とかは、よくわかってないですね。

吉岡さん:自分たちがそれぞれ何を描いていると気持ちがいいのか、しっくりくるのかがやっているうちにだんだんわかってきたんですね。

平塚市美術館の絵本原画の展示室でお話を伺いました。

では、それまでは、お二人で分けずに描いていたんですね。

阿部さん:とは言っても、顔は1人の人間が描かないとブレてしまうので、吉岡が描くということにはしていたんですね。

吉岡さん:しっかり描き分けを意識しはじめたのは『しんごうきピコリ』くらいからです。ピコリに出てくる車には”命”をもたせたくて、私が描くって言いました。

生き物や子どもテーマにされることが多いと思いますが、その中で特に大切にしていることはありますか?

吉岡紗希さん

吉岡さん:「絵本だからこうでなきゃ」という概念は無く、私たちの作品が見る人にどれだけ受け入れられるのか、ということを意識して描いています。

阿部さん:吉岡が描く生き物や人間はザ・キャビンカンパニーの根幹であり、強みです。骨格の捉え方とデフォルメが絶妙で、一体どんな感覚で描いてるのだろうと、隣で見ていていつも感心しています。

吉岡さん:意識しているのは、その生き物の魅力的なところを特に強調することです。例えば、現実の子どもを見て「いいな」って思うところを強調して描くと、こうなっていきます。

逆に生き物以外のもの描くときに、重きを置いてる部分はどんなところですか?

阿部健太朗さん

阿部さん:僕は自分の手で描く線が好きじゃないんです。綺麗に描きすぎてしまうので。あまり自分の手を信用してないんですよね。

だから定規を使います。定規で制限したり、左手で描いたり、ある程度制約して自分の意図通りに手が動かないようにしています。そうすると良い感じに仕上がるんですね。

定規を使ったほうが綺麗にならない、っていうのはちょっと不思議ですね。

吉岡さん:阿部は定規を使ったほうが逆に不器用な感じになるんです。定規を使うことで線があっちに飛んでっちゃう、こっちに飛んでっちゃうみたいな。自分の意識を外れることができるんですよ。

阿部さん:自分で引いてたらこうはならないだろって言う方向に手が動くんですよね。

アトリエは地元・大分県の廃校を再利用

アトリエ

廃校をアトリエに使われていますが、はじめから学校にしようと考えていたのですか?

吉岡さん:最初から廃校を探していました。大学を卒業するときに4メートルを超えた巨大な立体作品などがあったので「これどうしよう?」 って、置く場所がとにかく必要になりました。それまでは大学に置いていたのですが、大学の一角をかなり占領していましたから(笑)。

阿部さん:大分県は過疎化が深刻で、廃校が増えているということを知って。

吉岡さん:いろんな学校を見て回ったんですよ。鉄筋コンクリートの三階建ての大きい校舎など4~5校くらい。でもその中で今のアトリエは、2人で使うのに丁度良い大きさで、赤い屋根で、抜けるような青空と緑がたくさんあって、「ここに自分たちの作品を置いたらいいだろうなあ」って思ったんです。それでまずは市役所に電話をしました。

阿部さん:そうしたら、地区の寄り合いで話し合ってくださいって言われまして! 60~80代の方が多い寄り合いに出て、自分たちが何者なのかというところから説明しました。まだ絵本も何も出してない大学卒業したばっかりの状態です。

吉岡さん:これまでの自分たちの作品を見せて、自分たちは絵本を作っていきたいんだっていうことをお伝えしました。その後、貸す貸さないの議論がありまして、無事許可をいただきました。

今は地域の皆さんと仲良しで、とても応援してくれています。絵本『ゆうやけにとけていく』が賞をとった時には、お祝いにネギ農家の組合からネギをいただいて、みんなでネギパーティーをしました(笑)。

ふたりの転機となった、大学時代のグループ展

おふたりが絵を仕事にしようと思ったのは、いつごろですか?

阿部さん:大学2年からふたりで作家活動を始めました。授業が終わると毎日、市街の路上に出向き、自分たちで描いた絵やポストカードを販売していました。

吉岡さん:美術の先生になるつもりで大学に入り美術科を専攻したのですが、大学生の時は自分の絵を人に見せるのが恥ずかしくて、見せられなかったんです。

でも大学2年の時に授業で、4人のグループ展をしなければならなくなり、その時はもう、描くしかなかったんです。でも他の子は美術系の高校から来ている子たちでした。自分は何を描いたらいいかわからなくて。

作品を作るって、自分の脳みそをさらけ出すような行為ですよ。でもその時に初めて渾身の絵を描いて人に見せたんですね。そこで吹っ切れたというか。

私が作ったものを見せた時に、みんなが自分の絵を見てくれて「いいね」って言ってもらえて。その時に作るのっていいなと思って絵を描き始めたんです。そこから教師ではなく、作家になることを決めました。

となると、そのグループ展は、吉岡さんの人生の中では大きな転機だったのですね。

阿部さん:僕も含めて4人しかいない美術科だったんですけど、当時3人は、吉岡に対してあまり真剣に美術をしている人ではないという認識だったと思うんです。吉岡はすぐ帰っちゃうので。

吉岡さん:阿部は朝から晩まで住んでるみたいに学校にいて、ずっと絵を描いていたんです。だから最初は自分の絵をそんな人に見せられないって思ったんですよね。

阿部さん:僕は大学に入って「一日中図工の時間だ!」って嬉しくて、ずっと描いてましたから。それで吉岡以外の3人はわりと一緒にいたので、グループ展の時も「みんなA4サイズで4~5点ずつ作ろうか」ってなんとなくルールを決めたんですけど、吉岡はそれを知らなくて(笑)  すごい大きな作品を何枚も描いてきたんです。結果、グループ展でダントツ目立っていました。

吉岡さん:その時、必死だったんです!

阿部さん:だから意外だったんですよ、僕たちも先生も。吉岡さんこんな絵を描くんだって。本当に転機だったと思いますね。僕は吉岡の作品を見て「なんでルールなんか決めたんだろう」って後悔しました。本当は何を描いても良かったのに。ルールをはみ出してこそ面白い作品はできあがるんだということを、まざまざと見せつけられました。

ではみなさん初めてその時、吉岡さんの絵をちゃんと見た感じだったのですね。

阿部さん:そうですね。他の学生や教授たちも感心していました。そのグループ展で吉岡の絵だけ、買ってくれた人がいましたし。

吉岡さん:初めて社会と繋がれたっていう瞬間というか、自分の中で描いていたものが社会と繋がった瞬間でした。

大学の時に描いた絵がきっかけでユニット「CABIN」が誕生

そこからどうやって、ふたりで一緒にやることになったのでしょうか?

初めてふたり共同で制作した「大ウツボ戦闘記」(2010年作)

阿部さん:僕たちふたりの絵の方向性が似ていたこともあり、そのグループ展を見てくれた大学の先輩が僕と吉岡に「文化祭で絵を売ってみない?」と声を掛けてくださって、それがきっかけで路上での作品販売を始めたんですね。その時は今のように合作ではなく、それぞれで描いていました。

それまでは学校の課題に対して絵を描いていたので、評価の基準が教授からの言葉しかありませんでした。路上販売を始めたことで、不特定多数のお客さんという存在ができて、どんな作品が手に取ってもらえるのか、作品と社会との繋がりを意識するようになりました。

吉岡さん:見る人がどうしたら心が震えるか、どういった感情を想起させるか、そういったことを熟考しました。この絵で何がその人に伝わるのか。それまでそんなこと考えたこともなかったんです。

合作でやっていこうと決めたのは、何かきっかけがあったのですか?

吉岡さん:今回の展示にもある50号の「大ウツボ戦闘記」という、大学の時に描いた絵がふたりで描いた初めての絵です。それまでバラバラに描いていたものを、自分たちの得意な部分を合わせてひとつの絵にしてみようっていうことで描いてみたところ、おもしろい作品ができあがり、周りからも好評でした。

阿部さん:この絵を描いた頃から「CABIN」というユニット名にしたんですよ。そうするとどっちが描いてもCABINなので、あんまり分ける必要も無くなったというか。

ここまで一緒にやってきて、変わったことはありますか?

吉岡さん:随分変わってきたと思います。『だいおういかのいかたろう』(’14)と『ゆうやけにとけていく』(’23)では画風も変わったし、考え方も変わったし。日々変化しますね。

特に娘の成長は大きく関わります。娘が赤ちゃんの時は0歳絵本を描いて、娘が小学生になったら学校の話を描いて。

阿部さん:子どもの描き方もだいぶ変わったと思います。最初の頃はキャラクターとしての子ども像だったのですが、今は頭身が伸びて、現実の子どもに近づいています。

8歳の娘はいつも最初の読者。アドバイスも参考に

娘さんに自分たちの本は見せているのですか?

阿部さん:よく見せますね。新しい絵本を描く時は、最初の読者です。

吉岡さん:娘の意見は参考になります。「これ、どういうこと?」とか言われたりすると、「ああ言葉をもっとわかりやすくしよう」ってなったりします。

それはどの段階で見せるんですか?

吉岡さん:ラフです。早く見せたくてしょうがない(笑)。気になってしまって。

阿部さん:もう娘も見せられ慣れているので「ここがわかりにくい」とか、しっかりと感想を教えてくれます。

〈童堂賛歌〉でも展示されている、絵本の原寸ラフ。

娘さんの意見を採用することもあるんですか?

吉岡さん:ありますよ。

阿部さん:「わからない」ことを本を通じて知ってもらいたいという気持ちもあるので、あえて少し難解な表現を使うこともあります。娘の意見はその基準になるので、ありがたいです。

現在開催中!15年間の集大成、〈童堂賛歌〉について

素晴らしい展覧会ですね。展示のコンセプトや、「ぜひここは見てほしい!」というポイントを教えてください。

吉岡さん:15年間作ってきた作品を丸ごと持ってきたっていう感じです。1つ1つの絵本それぞれ伝えたいことはあるのですが、それをひっくるめた全体の自分たちの制作に対する態度を示そうという気持ちで作り上げました。

阿部さん:絵本原画展というと、一般的には整然と絵本の原画が横一列に並んでいるっていうものが多いと思うんです。ですが〈童堂賛歌〉は入ってみると、ほとんどが空間を目一杯使ったインスタレーションになっています。

原画も作品ごとでなくランダムに並べていますが、このあたりのアイデアははじめから考えていたんですか?

板に書かれた原画約300点を並べた壁面。大きさがそれぞれ違うので、並べ方がパズルのように大変だったと言います。

吉岡さん:そうですね、オファーをいただいた三年前から決めていました。

阿部さん:これまで見たことのない絵本原画の展示方法をやってみたくて。原画の額縁はこれまでやってきた原画展で毎回自作で作っていたので、それをそのまま使いランダムに飾りました。

吉岡さん:展示室のテーブルなんかにしてもそうですが、展示物のほぼすべてが私たちによる手作りです。人間が作っているというエネルギーを感じてほしかったんです。

阿部さん:ふだんお届けしている絵本は印刷物なので、展覧会ではなるべく印刷物を使わないでやりたかったんです。

立体作品の部屋は、至近距離で見られるのも魅力ですよね。

立体作品は主にダンボールや新聞紙などで作られています。突起物「黄金草原」は、自立させるのに苦労したのだそう。

吉岡さん:立体作品の部屋に、たくさん並べている突起物「黄金草原」は作品であり、鑑賞者との一定の距離を作るための結界でもあります。

阿部さん:「黄金草原」は、これまで別個に作ってきた立体作品をひとつの世界に繋げるための美術装置です。1万本作ったんです(笑) 。アシスタントや、ボランティアの方にもずいぶん手伝ってねじってもらいました。大変な作業でしたが、良い展示になったと思います。

展示初日からだいぶ売り切れも出ていた人気のグッズですが、特におすすめはありますか?

吉岡さん:全部おすすめなのですが、『ゆうやけにとけていく』の入浴剤があります。色と香りもたくさんの種類の中から私たちが調合しました。みかんの香りなんですよ。他には『ゆうやけにとけていく』のグラスもきれいです。

図録は最後のページに絵の具のかけらがはってあるのですよね。

阿部さん:本展のための新作「童堂賛歌」という巨大画を描くときに滴り落ちた絵の具のかけらです。

図録は初版4000部で、手ばりなんですよね!

展覧会図録は、詩絵本と写真集の2冊セット、作品のカケラ付。カバーは2色から選べます。

吉岡さん:一点一点ちがうかけらが貼られているので、一点物の限定品です。

阿部さん:図録は持ち帰ることができる作品として制作しました。図録をデザインしてくださった祖父江慎さんと、展覧会をちぎって持ち帰る感じにしたいね、と話していて。それを実際に形にしてみました。

図録を先に見るか、展示を回ってから見るかはどちらがおすすめですか?

吉岡さん:どちらでもいいですよ。ただ、鑑賞後か前かで、かなり感覚は変わると思います。どちらにしても面白いと思える作りにしていますので、読者にお任せします。

この図録のために全ての作品を採寸したんですが、展示が始まる直前になって運ぶトラックが足りないことが発覚したんです。4トントラック3台の予定が、実は6台必要だったということでとても焦りました。

え、倍になってますよね…?

吉岡さん:3台でも平塚市美術館的には前代未聞の物量だったそうなんです。予算も足りなくて慌てて支援を募って、無事協力いただき作品を運ぶことができました。もう本当に皆さんのおかげです!

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■展覧会名 ザ・キャビンカンパニー大絵本美術展〈童堂賛歌〉
■主  催 平塚市美術館
■特別協賛 株式会社海地獄、株式会社タバタホールディングス、株式会社明治、生活協同組合コープおおいた
■協  賛 神奈川中央交通株式会社
■助  成 一般財団法人 地域創造
■開催期間 開催中~2024年9月1日(日)
■開館時間 9:30~17:00(入場は16:30まで)
■休 館 日 月曜日
■観覧料金 一般800(640)円、高大生500(400)円、中学生以下無料

※( )内は20名以上の団体料金
※毎週土曜日は高校生無料
※各種障がい者手帳の交付を受けた方と付添1名は無料
※65歳以上で平塚市民の方は無料、市外在住の方は団体料金(年齢・住所を確認できるものをご提示ください)

交通:JR東京駅から東海道線または新宿駅から湘南新宿ライン(直通)で約1時間。JR平塚駅東改札口を出て北口よりバス4番乗り場乗車「美術館入口」(徒歩1分)または「コンフォール平塚前」(徒歩5分)下車。または平塚駅より徒歩20分。駐車場67台(美術館御利用の場合 90分間無料、要認証)。

平塚市美術館 公式サイトは>>こちら
平塚市美術館 公式Xは>>こちら
平塚市美術館 公式Instaglamは>>こちら

今後の巡回予定

9月14日~11月4日 足利市立美術館(栃木)
11月16日~1月13日 千葉市美術館
2025年2月7日~4月13日 大分県立美術館

取材・文/苗代みほ 撮影/五十嵐美弥(小学館)  協力/平塚市美術館

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