前編では草潤中学校の「学校らしくない」コンセプトについて伺いました
まずは学校を安心していられる場所に
――先生が子どもたちとの関わりで気をつけているのはどんなことですか?
鷲見校長:不登校だった子どもたちは疲弊した状態で入学してくることが多いです。ですから、まずは何かやるということより前に、ここで安心してゆっくり過ごすせるようにしてあげたいと思っています。校内に子どもたちがほっとできるようなスペースというのもいくつか用意してあるのですが、それよりも、自分のことを理解して、「大丈夫だよ」「ここにいてもいいよ」って言ってくれる先生がいるかかどうかということの方が大事だと思っています。
――安心感がベースになっているんですね。
鷲見校長:安心感はキーワードですね。そして、安心できるようになると、勉強しようかな、遊びたいなというように子どもたちに少しずつやりたいことが出てくるんです。そして仲間が欲しくなるんです。一般の学校のように「みんなで同じ目標に向かっていこう!」という感じではなく、同じ趣味のアニメが好きだとか、同じゲームをやってるねと言いながら繋がっていく。 いつも子どもたちの中に芽生えた気持ちを満たしてあげられる体制を作っていきたいと思っています。
草潤中学校には、まだまだ休息が必要な子から、授業に出たり出なかったりの子、少しずつ色々なことに挑戦できるようになった子、一般の学校の元気な子と変わらない子までさまざまな子がいます。ですから、それぞれの子の手に届くような学びをちゃんと用意してあげあげられることが、まさに 学びの多様化だと思っています。
「振り返り」や「学び直し」を通して、個別の学びが可能
――一般の中学校とは異なる授業もありますね
鷲見校長:音楽、美術、技術家庭科は「セルフデザイン」という科目で週に1度、2時間枠を取っています。それぞれの教科の最初の5時間を受けた後は、子ども自身が好きな科目を選んで授業を受けることができます。例えば音楽の授業ばかりでもいいですし、バラバラの科目を受けてもOKです。
あとは「ウォームアップ」と「クールダウン」という時間もあります。これは個別担任とマンツーマンで「今日1日どんなふうに頑張ろうか」とか、「今日1日どうだったか」と確認したり、振り返ったりする時間です。月曜日と金曜日には1週間の見通しや振り返りをする「マナビプラン」という時間も設けています。こういった時間を通して「この授業は出席するけれど、この授業は図書館で休憩しよう」「この時間はオンラインにする」などと自分なりに調整するようなプランを立てています。
また、不登校などによって学べていない期間がある子が多いので、今年度からは学び直しのために「マイスタディ」という授業を始めました。特に英語や数学は1度つまづいてしまうと、なかなか先に進めません。ですから、フローチャートを元に自分がどこからわかっていないのかをチェックして、自分に合った学びを進めています。中学校はもちろん、小学校のドリルも多種多様に用意しています。
基本的には個別で進めていますが、例えば数学の方程式や、理科の濃度の計算など皆がつまづきやすい単元をやってみようという特別講座を開催することもありますし、英語のアニメや映画を皆で見たりすることもあります。
学校らしくない校内で、自分のペースで過ごせる
――校内も一般の学校とはちょっと違いますね。
鷲見校長:子どもたちは登校すると、まず鍵つきのロッカールームに荷物を置き、自分の過ごす場所へと移動します。タブレット端末に自分の体調や気分、朝食を食べたかどうかなどを入力してもらうので、こちらでもすぐに確認できます。
教室は「○年○組」ではなく、学年ごとに森・川・海と表記したり、校長室をマネジメントオフィスといったりしています。人気なのはやっぱり図書室ですね。テントで寝転がったり、外を見られるソファに座って休憩することができます。漫画もたくさん用意しているので「卒業までにワンピースを全巻読むんだ!」と意気込んでいる子もいます(笑)。
ギフティッドルームでは個別の学習ができますが、「先生に声をかけてほしくない」「声をかけてOK」「助けてほしい」をマークで示せるようにしています。最近は自分で伝えられる子も増えてきたので登場回数は減っていますね。
また、学校で一番お金をかけたのがデパートのようなトイレ。繊細な子どもでも使えるようにとの配慮から、子どもたちの意見も取り入れて作られました。
――部活動などもあるのでしょうか?
鷲見校長:部活動はありませんが、放課後に好きなことに自由に取り組む「マイタイム」という時間があります。バドミントンやバレーボールなどの運動をする子もいれば、最近は麻雀がブームになっていたり、バンドを組んだり、手芸や陶芸をしたり、なんでも好きなことをやる時間です。陶芸は人気で、電動のろくろも用意しているんですよ。
また、バイオリンの先生やボクシングのコーチなど専門家の方に教えていただくこともあり、子どもたちに好評です。初めてのことに挑戦することが苦手な子も多いのですが、マイタイムを通して「やったらできた!」という経験をしてほしいと思っています。
――卒業後はどのような進路がありますか?
鷲見校長:卒業後は通信制に行く子が多いですね。とはいえ完全な通信制ではなく、毎日登校するコースのある学校や、週2、3回登校するコースを選ぶ子がほとんどです。
また、音楽コースのある高校に行きたいとか、やってみたい部活のある高校に行きたいとか、自分がどういう生活や人生を送りたいかというイメージを持って選べるようになってきていると思いますね。 草潤中に通う中で「自分にはどんな生活スタイルが合うのか」とか、「これくらいなら頑張れそう」いうことがわかり、それに基づいた進路選択ができていると思います。
――自分に合った進路を選択できるのは素晴らしいですね。今回はお話を聞かせていただきありがとうございました!
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取材の合間のお昼時間。校長室(マネジメントオフィス)でお弁当を食べにくる子がいるのも、草潤中学校ならでは。
「私はここで食べることが多いですが、他の教室や、屋外で食べてる子もいます」
「この学校は、学年を超えて仲良くなれることが楽しい。先生との距離も近くて、授業に出たくない時は先生を誘って運動したりしています」
「小学校の頃は、クラスにたくさん人がいるのが苦手でした。今はイラストを描いたり、本を読むのが楽しい。将来の理想像もぼんやりとあって、そこに向かって進んでいけたらいいな」などと、話してくれました。
誰もが自分のペースで学べて、自分の選択を受け入れてもらえる。そんな草潤中学校の環境が子どもたちを元気にしているのだと感じました。安心感を与え、自分に合った、そして必要だと思う授業を受ける。まさに「学びの多様化」学校。草潤中学校をお手本に、各地に少しずつ増えていきそうです。
草潤中学校とは
平成28年度末に閉校した徹明小学校の校舎を利用し、令和3年4月に岐阜市立草潤中学校として開校。中部地方で初となる公立の学びの多様化学校(旧:不登校特例校)です。
コンセプトは「学校らしくない学校」。生徒が学校の仕組みに合わせるのではなく、学校が一人一人の生徒に合わせることを目指し、「ありのままの君を受け入れる新たな形」というキャッチフレーズを掲げている。
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取材・文/平丸真梨子 写真/五十嵐美弥 構成/HugKum編集部