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みんなが恐竜発掘・調査チームの一員に
――絵本『ほるんだ、恐竜化石! モンゴル恐竜発掘記』は、モンゴルの都市から草原を抜け、広大な砂漠を突き進んでいくところから冒険が始まるのですね。
今回の絵本は、発掘を疑似体験できるというおもしろさがあります。モンゴルのウランバートルの街並みから始まり、ゴビ砂漠を走り続けて調査をスタート、その調査の風景、生活、発掘まで、読んでいる子が現場にいるような体験ができるように構成されています。
僕ら調査チームの一員として、絵本を見ながら一緒にこの調査に向かう体験ができるっていうのは、ちょっと他の絵本にはないところかもしれません。
発掘は、ただ化石を割って見つけるだけが楽しいのではなくて、行く前からちゃんと準備して、そこまでの長い道のりを車に乗って進んでいくとか、日本だったら山の中をずっと歩いていく、そういう辿り着く醍醐味があるんです。骨を発掘するのが一番の楽しみだと思われがちなんですが、実はその前後がおもしろいんですよ。

トラブルへの対処法は「なんとかやり過ごす」
――海外での発掘で、1番大変だったのはどんなことですか?
大変なことは特にないですよ。厳しい気候もひとつの楽しみですし。
去年は台風が来て天候が悪かったし、本当に寒かった。でも、僕らはちゃんと準備をしてるんで、寒くても大丈夫なんです。
絵本ではモンゴルでの調査の様子を描いているんですが、このときは、みんながお腹を壊しましたね。メンバーの1人が、まだ焼けてないサムギョプサルをみんなに食わせちゃって(笑)。でも僕、慣れてるんです。お腹を壊したら、こういう症状が何日ぐらい出て、こうなったら治るってわかっていますから。やっぱり経験がない学生や院生は、パニックでしたね。病院に行って入院していました。

調査では熱中症も経験しましたし、アラスカでは骨折もしました。モンゴルなら車で3時間走れば病院に行けますが、アラスカなんて行けないんですよ。だから、ぷらーんとなってもごまかしながら調査を続けてました。骨折しても我慢するしかないっていう生活をずっとやってきているので、何かトラブルがあってもなんとかやり過ごす技は身に付けましたね。

砂漠で恐竜のいた風景が見えてくる
――砂漠についてからは、どのように化石を探すのですか?
僕らは何もない平らな砂漠でも、地層の様子を観察しながら、恐竜時代の風景を見ているんですよ。どういう植物が生えているかとか、どういう場所に川が流れていたかとか、風景を思い浮かべながらとにかく歩きます。「もしかすると、ここだったら恐竜の化石があるかも」と考えながら歩くんです。
そしてちょっとずつ化石が見つかると、ヒントがどんどん出てくるんですよ。この辺だったら、例えば骨がバラバラの状態だったらあるかもしれないけど、丸ごと一体はちょっと難しいだろうなとか、経験でわかってきます。

――今回の発掘では、絵本にすることを意識して撮影されたのですか?
撮影したのは、フォトグラファーの平田貴章さんです。こちらからこれを撮ってほしいというような希望を伝えることはなく、自由に撮影してもらったんです。すると、空からドローン撮影したり、夜中も撮っていたり、平田さんの写真の腕がすごいんですよ。みんな「いつのまにこんないい写真撮っていたんですか?」って気づかないぐらいでした。僕らは全然気にせず発掘していました。

恐竜研究者になりたいからではなく、そこに山があったから登ってきた人生
――幼少期から恐竜のことだけをやりたいと思ってこの道に進んでこられたのですか。
小さい頃は恐竜が好きだったわけじゃないんですよ。いたずらばかりしている幼稚園児で、小学校高学年ぐらいで仏像とかお城が好きになって、中学生になってから、化石を集め始めたんです。アンモナイトが大好きでした。恐竜好きの子はよく恐竜名を全部覚えてしまいますが、そういう名前を覚えるのも苦手でした。
高校生になってから、石川県で化石が見つかって調査があるというので参加しました。2年生のときは福井での発掘にも参加しました。でも最初のうちはうまく化石が見つけられないんですよ。
そのとき有名な先生が、「これ割っていいよ」って岩を渡してくれたんです。パリンと割ったら、骨のようなものが出ている。「先生、これ骨っぽいんですけど」と言ったら、「あ、すごいね!」って。
でも、後から考えると、あれ、最初から骨が露出してたなと思ってね。僕があまりにも見つけられないから、渡してくれたんだと思います。でもその後から、どんどん見つけられるようになりました。

改めて自分の意志で向かったアメリカの大学
大学に行って、それからアメリカへ留学するまでは、わりとまわりの大人に言われるがままでしたね。一回目の留学は、先生に誘われてアメリカへ留学に行きました。ほぼ遊んでいた僕ですが、帰ってきてからはじめて「本当に自分の足で歩きたい」っていう欲望がすごく強くなったんです。
言われたことしかしなかったから、自分の責任から逃げていたんです。子どもの頃は成績が悪くても、「みんなは塾に行っていて、僕は行ってないんだから」って言い訳ばっかりしていました。
そして、学歴とか先生のツテを一切捨てて、もう一度、自分の意志でアメリカの大学に行くことに決めました。そうすると、本当に自分でやりたいことっていうのがだんだん見つかってくるんです。いや、やりたいことじゃなくて、やるべきことかな。今やるべきことを、とにかくやってみることにして、言い訳をやめたんですよ。
そこからは全力でやりました。バックアップがなくなったので、大学に行くにはとにかく奨学金が必要でした。向こうの大学って、日本の大学と違って、成績トップ10パーセントの人にしか奨学金がもらえないんです。
成績でオールAを取らないといけない、そして奨学金を取り続けるためには、そのままAを取り続けなきゃいけない。
そのために、僕がやったことは、全部の授業を録音することでした。それを全部書き起こして、丸暗記して、先生に質問に行って、テストで×がつくと、「先生、授業ではこう言ってたから、点数ください」って録音を持っていくという、めちゃくちゃ嫌な学生でした(笑)。そうやってみんなの倍の単位を、首席で取りました。
僕は今まで足元しか見ない人生を歩いてきたんで、知らないうちに恐竜という山に登っていた、という感じがします。他の人は、恐竜の研究者になるっていう山はすごく高いな、あんなの登れないからって諦めちゃうでしょう。
僕は今もその山を登っている感覚です。やりたいことっていうのは、先を見すぎちゃうと多分できなくなるのかなと思います。
「研究」は情報を作り出す作業、いわゆる「勉強」とは違う
学ぶことって楽しいんですよ。大人になると結構それがわかってきて、おもしろい。
そしてまた、勉強が研究に変わる瞬間があるんです。大学までは良い成績を取るゲームに近いんですが、いざ大学に入ったときに、頭がいい人ほど研究というものが苦手という人は多いですよ。
勉強は、教科書があってそれを覚える。研究っていうのは、教科書的な情報を作り出す作業。全く違うんですよ。それには苦しみました。そこでまた結構山がありましたが、それを越えたらもう研究が楽しくて。
学生なんかもそうなんですけど、勉強ができる子ほど研究は難しいようですね。頭が凝り固まってしまうのが原因かもしれません。
研究者になりたければ「大人の言うことは聞くな」
――恐竜の研究者になりたい! と思う子どもたちに、何かアドバイスするとしたら?
こういう絵本を読んで、恐竜研究者になりたいって思った段階で、もう半分以上恐竜研究者に近づいてるとは思っています。研究は、興味を持った瞬間にスタートしていますから。
研究者になりたいという子へ最近言っているのは、「とにかく勉強するな」ということと、「大人の言うことを聞くな」、この2つです。
まず、勉強するなっていうのは、いわゆる学校の勉強。
学ぶっていうことは、どの世代でも楽しいことなんです。それなのに学校で急に勉強して、はいテストしてとなる。先生や教科書で正しいと思われるところに答えを合わせて、正解する勉強をするんですよ。こんなつまんないことないじゃないですか。
教科書って、今どんなに正しくても、10年後には全然違う情報だったりすることもありますよね。一生懸命覚えたところで、それで点数とったところで、勉強はつまらないっていうのを植えつけられたら意味がないですよね。
テストに繋がらなくても、やっぱり学ぶことは楽しい。点数が悪いせいで、その教科が苦手で嫌いってなっちゃうと最悪なんです。もちろん、学校の勉強も学んで楽しいならやるなとは言いません(笑)。学ぶことを嫌いにならないでほしいということです。

やりたいことは3日坊主でもいいからやってみる
それから、大人の言うこと聞くなっていうのはね、「好きなことやりたい!」って言っている小学生の頃ぐらいまでは、大人ってみんな温かいんですよ。
でも、恐竜なんか勉強したって飯食えないでしょ。職もなかなかない。本当はやりたいと思っていたのに今度はやるなって、実は大人が邪魔し始めるんです。いい大学入って、いい仕事に就いてねって。
やりたいことをやらせないで、子どもに押し付けるのは、フェアじゃないなと僕は思います。
とにかく3日坊主でもいいから、とにかく色々なことをやってみて、それが興味に繋がって、それが夢に繋がっていくんじゃないですか。何にもやってないのに、夢をもちなさいというのは無理ですよ。大人ってすごい理不尽なことを言っているんだなと思います。
大人が言ったことを、そのまま言われたとおりにする必要はない
本当に恐竜好きの子どもたちは、めちゃくちゃすごい記憶力だったり、理解力だったりを育んでいます。学会に小学生も来ているんですよ。そして一番先に、研究者に質問しているんですよ、鋭い質問を。それを見ると、子どもの能力って無限なのに、大人が潰していると感じるときがあります。
大人の言うこと聞くなと言っても、厳密に言えば「聞く」のはいいんです。
ただ、言われた通りにする必要はないですよ。その先は、自分の判断で考えた方がいいんじゃないかと思います。
――これから発掘に参加したいっていう小林研究室を目指す子たちに、メッセージをいただけますか。
やっぱり見て、触って、五感を使って、体験することをいとわないでほしいですね。いろんなことがバーチャルでできちゃう時代なのですが、やっぱり本物が持っている情報ってすごく大きいと思います。今のうちに、とにかくいろんな経験をしてほしいですね。
博物館の恐竜は、どこからやってきたんだろう? そのヒミツをさぐるため、どデカい砂漠へ出発だ!
恐竜発掘隊の大冒険に密着し、数々の困難を乗りこえていく、迫力たっぷりの写真絵本がついに誕生。さあ、ゴビ砂漠にねむる恐竜をさがしに行こう! ほるんだ、恐竜化石!
小林快次 (こばやし・よしつぐ)
北海道大学総合博物館教授
1971(昭和46)年、福井県生まれ。1995(平成7)年、ワイオミング大学地質学地球物理学科を首席で卒業し、2004年、サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。ゴビ砂漠やアラスカ、カナダなどで発掘調査を行いつつ、恐竜の分類や生理・生態の研究を行う。近年、カムイサウルス、ヤマトサウルス、パラリテリジノサウルスなど日本の恐竜を命名。監修に『小学館の図鑑NEO まどあけずかん きょうりゅう』、著書に『恐竜は滅んでいない』『僕は恐竜探険家!』『化石ハンター 恐竜少年じゃなかった僕はなぜ恐竜学者になったのか?』『恐竜まみれ:発掘現場は今日も命がけ』などがある。
取材・文/日下淳子 撮影/五十嵐美弥