【体験格差】海外旅行に行かなくても、習い事をしていなくても大丈夫? 家でもできる「体験」について、専門家に聞いてみた

「体験格差」という言葉を聞いたことはありますか?「お友達は海外旅行に行っているのに、うちはどこにも連れて行っていない」「周りの子はいくつも習い事をしているのにうちはさせてあげられない」といったように、家庭の経済状況や居住地域などによって、旅行や習い事など、子どもの体験の質・機会に差が生じることをいいます。

現代はSNSで他人の家庭状況が見えやすい分、体験格差について気になっている人も多いのではないでしょうか。しかし、子どもにさせるべき体験とは身近な日常の中にこそあり、大人にとっては当たり前のことが、子どもには貴重な体験になりえると、子どもの生活習慣について研究している大学教員(博士、准教授)の泉秀生先生は話します。親子の関わりや日常でできる体験について伺いました。

長期休みは「体験格差」が顕著になるタイミング

とくに「体験格差」が顕著になりやすいのが長期休みですが、今年のお盆休みの真っ最中に、Xで体験格差にまつわるこんな投稿が。

投稿主は、東京都市大学人間科学部准教授の泉秀生先生。2人のお子さんを子育て中のパパでもある泉先生は、日々、子どもたちや社会にまつわる思いや考えを投稿されています。泉先生によると、体験とは「非日常」がポイントであり、“家でフルーツポンチを作ること”も親子にとって大切な体験になるといいます。

泉先生は、「家の周りを散歩する、近所の公園に行く、トランプをする、親子体操する、テレビを見る、川の字で寝る等でもよいと思う。他にもたくさんある。要は、親と子で普段していないことを共有すること。お金をかけることがすべてではない」と続けています。

――泉先生が夏休みの「体験格差」に注目されたきっかけは何だったのでしょうか?

泉先生:SNSなどでは、海外旅行やテーマパークに行くといった、キラキラした生活が注目を集めがちです。しかし、その一方で「わが子にはそのような体験をさせられない」「かわいそう」と悲観的になっている家庭が多いのではないかと考え、このような発信をしました。

子どもと買い物をして、フルーツポンチを作ってみることも「体験」

でも、本来の「体験」とは、お金を使ってどこかへ行ったり、何か特別なことをしたりすることばかりではありません。

私は子どもの生活習慣や生活リズムを専門としていますが、最近の子どもたちは夜更かしで短時間睡眠、朝食をあまり食べず、外遊びをしない(できない)という生活を送りがちです。そのため、まずは規則正しい生活を優先し、身近な場所で家族のコミュニケーションを図ってほしいと考えています。

フルーツポンチを作る、銀行に行く…親子の体験は日常の中にある

――身近にできる体験の中でとくに、子どもによい影響を与えられるものはありますか?

泉先生:「家族で一緒に行動する」というのがキーワードではないかと思います。共働き世帯が7割を超え、テクノロジーの発達した現代では、銀行に行く、郵便ポストに手紙を投かんするなど、昔は普通に行われていたことすらも貴重な体験になっています。

もちろん親子で一緒に料理を作る、買い物に行く、散歩する、公園で遊ぶ、テレビを見るなどもよいでしょう。家族の体験のベースとなるのは、やはり日常の関わりです。

それだけでいいの? と思われるかもしれませんが、朝起きたら「おはよう」とあいさつして、太陽光を浴びる、食事の配膳や片付けをするなど、1日の暮らしの中に実はいろいろな体験や学びが凝縮しています

あとは人間が進化する前から感じていたような「原体験」をすること。例えば落ち葉に触れる、雪山で遊ぶという自然の中での経験も子どもにとって欠かせないものです。

――特別な体験をさせてあげたいけれど、時間もお金も余裕がないと悩んでいる保護者も多いと思います。

泉先生:例えば近くの銭湯に行くのを「旅行」にしてしまえばいいんです。市民プールだって、自分の住む市と隣の市では施設が違って面白い発見がありますよ。公園巡りもいいですね。「この公園は遊具が大きいな」「ここは砂場が充実しているな」と、少し遠征するだけで、お金をかけなくても非日常になります。

親が疲れない程度に、子どもと向き合ってできるものがあればいいんです。何でも体験になりますから、気負わないでほしいなと思います。

親子で日常の体験を共有することが大切

――泉先生は、お子さんとどのような触れ合いの時間をとっていらっしゃいますか。

泉先生:Xでも触れたとおり、生活の中で「非日常」を大切にしています。現代の「非日常」は昭和時代の「日常」と似ている部分があるのではないかと思います。

平日は朝食と夕食を一家団らんで食べ、起床と就寝は家族全員で顔を合わせます。休みの日は家族で過ごし、家族で勉強をしたり、買い物や公園に行ったり、たまには外食をしたり遠出をしたりしています。

乳幼児期や児童期前半は肌や手、目を離さない程度に一緒に過ごし、児童期後半は心を離さないようにしています。

――なかなか子どもとの時間が取れないという保護者にアドバイスはありますか?

泉先生:大人がスマートフォンを置いて、少しでも子どものための時間を作ることができれば、クリアかなと思います。

日本人は完璧主義な方が多いので、子育ても家事も仕事も一生懸命ですよね。でもやっぱりそれには無理があるんだと思います。幼児期は5〜6年で、気づけば子どもは巣立っていくものです。だからこの時期、仕事が調整できる方はしていただくとして、難しければ家事は手を抜いてもいいと思うんです。

ただ、絵本の読み聞かせとか、子どもを抱っこする、ハグするというようなことは忘れないでほしいです。「乳幼児期のわが子は今だけ」ということを、親も周りの大人も許容できる世の中になってほしいですね。

SNSで他人の体験と比べなくていい! わが子とのやり取りに自信を持って

――SNSを通して体験格差を感じている保護者も少なくないと思います。ほかの家庭と比べないための心構えのようなものはありますか。

泉先生:子どもは案外、ほかの家やYouTuberのことは、「自分とは別のこと」と割り切っていることも多いです。でも、親の方が過剰にくみ取ってしまいがちなんですよね。

最も大切なのは、他の家庭やメディアからの情報を気にせず、わが子との毎日のやり取りに自信をもって笑顔で過ごすことです。もちろん、親も世の中の流れを知ることや、子育てについて学ぶことも大切だと思います。そのためには書籍や勉強会、また保育士さんや先生の話を通して、情報をアップデートしていくのがよいでしょう。

SNSやYouTubeの中には、派手な内容で、注目を集める情報を過度に伝える内容もあります。そういった、「アテンションエコノミー」に注意を払う姿勢は持っておくべきかと思います。また、自分と同じ考えをもつ方で囲まれる「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」にも気を付ける、つまり、メディアリテラシーを親の方も身につけないといけないと思います。

――異常気象で外に出られなかったり、親が忙しかったりと、子どもがデジタルデバイスに触れる時間も多くなっています。体験の機会を減らさないためにも、これらとどのような付き合い方をするのがよいでしょうか。

泉先生:インターネットを介した動画視聴は、子ども向けのコンテンツもたくさんあるので、楽しいですよね。とはいえ、テレビと同様に長時間の視聴は気をつけた方がよいでしょう。また、夜更かしの原因となってしまうほど、夜遅くまで没頭するのも注意が必要です。

スマートフォンやタブレットの長時間視聴には注意を

スマートフォンやタブレットは画面と目との距離が著しく近いため、視力低下や脳への過度な刺激が気になるところです。インターネットの動画を見るのはテレビでも可能ですので、幼児期や児童期はテレビで視聴することを強くおすすめします。まずは、スマートフォンやタブレットは子どもが使用しないで済む方法を探るのが良いかと思います。

退屈を感じたときには、パズルや粘土、塗り絵やお絵描きといった昔ながらにある集中できる玩具で遊ぶ、風船でバレーボールをする、柔らかいスポンジボールで野球をするなど、家の中でできる運動遊びをするのがおすすめです。親子体操や相撲などを一緒にするのも楽しいですよ。

夏場は熱中症を警戒するアラートが出て、保育園でも外遊びができないということになっています。でも個人的には買い物に行ったり、草花に水をやったり、階段を上り下りしたり、工夫次第では短い時間でも外に出られると思っています。無理のない範囲で工夫して体験ができるといいですね。

――これからの時代、どんな体験が子どもたちにとってとくに大事になると思われますか?

泉先生:子どもの健康的な発育・発達を基本に考えて、それらを阻害しないのであれば、あらゆる体験が子どもにとって大事になると思います。

子ども一人ひとり異なりますので、どの内容がそれぞれの子どもにハマるかは分かりません。同じ子どもでも発育・発達によって変化するので、親子でいろいろ試すのがよいかと思います。

個人的には、やはり親子が一緒に過ごす時間を共有したり、子どもの規則正しい生活時間を大切にしたりするなど、人間味のあふれる関わりを大事にしてほしいと考えています。

また、子ども同士で自然の中で、汗をかきながら息を弾ませながらダイナミックに活動できる環境を用意してほしいですし、大人の方も余裕をもって子育てに向き合えるのが良いと思います。

どうしても、経済優先になってしまっている現代ですが、子どもを第一に考えるように国にも求めたいところです。

お話を伺って、「体験」は身近なところにあり、親子で時間をともに過ごすことが子どもにとっては思い出になるということに気づかされました。よその家庭の一部分だけを見て惑わされず、忙しい毎日の中でも、親子でできる体験を大切にしていきたいですね。

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お話をうかがったのは…

泉 秀生 大学教員・博士(人間科学)

東京都市大学 人間科学部 准教授。専門は子どもの健康的な生活習慣について。小5娘と5歳息子を妻と協力して子育てしているパパ。保育士・社会福祉士。

取材・文/平丸真梨子

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